忙しいから仕方ない※拙宅せだごえ設定の十遊
十代は旅に出る。
一度出ていけば最低でも三ヶ月はその姿を現さない。その事を理解しているし、尊敬もしている遊星は今日も今日とて仕事に没頭していた。
新しくKCが開発したリアルソリッドビジョンの安定化を目指し、何度も試験をする。過程で何度かモンスターが暴れだし、研究所が痛手を受けたのはまだ記憶に新しい。
その時のバグは、たまたま学校が休みで試験の相手になってくれていた遊作が直した。謝る開発チームに遊作は適当に応え、早々にプログラミングを開始した。できたプログラムが高性能を誇った為、彼はこの開発に加入することになった。といっても遊作はまだ学生なので家で遊星の作業を手伝う、くらいのものだ。
それでも嫌な顔せず助けてくれる後輩に、遊星は思わず頭を撫でたくなる。遊我も興味津々な様子で二人の作業に入ってこようとするが、まだ安定化しておらず、危険なのでそれとなく断りをいれた。落胆する彼に「ならば今のお前の最高のロードを作って見せてくれないか」と言えば小さな後輩は瞳を輝かせた。それを可愛いと感じながら見送ったのは………どれくらい前だったか。
「遊星さん」
「ん…あぁ、遊作か」
うつらうつらしていた遊星は遊作の声で覚醒した。研究も大分佳境に入り、残すは不安材料を見つけ次第虱潰しに進んでいくだけとなった。
そうはいっても取り除いても取り除いても出てくるのが不安というものだ。
目を擦る遊星に遊作はコーヒーを入れたコップを隣に置いた。
「ありがとう」
礼を言いつつ口にしたコーヒーは砂糖が入っているのか、とても甘かった。
「」
普段ブラックでしか飲まないのを知っている筈の遊作が淹れた甘いコーヒー。不思議がる遊星に遊作は眉を寄せた。
「…疲れている時は、糖分を摂取した方が良いですよ」
「…すまない」
遊星の目にはくっきり隈が出来ている。それは睡眠不足を如実に現していて、遊星自身も気づいてはいた。しかし研究も順調に進んでいおり、終わらせてゆっくりしたい希望が出てきたのだ。休みの為に今を詰め込んでいるのが現状だった。
苦笑しつつ流した液体の甘さは遊星の五臓六腑に染み渡る。
椅子を取り出し、隣に座って作業をする遊作には隈がない。彼の相棒が良しとしないからだ。Aiは遊星にも声をかけるが、強制をしない。だからこそ遊星は無理をするのだ。いや、例えAiが遊星を強制的に休ませようとしても休まないどころか、隙をみて抜け出すまでしてしまうだろう。
遊星が素直に休みを受け入れるのは遊戯か、十代が関わらなければならない。その遊戯も似たようなプロジェクトに関わっており、家に帰れていない。つまり今の遊星を止められる人物がこの家に居ない状態が続いている。
遊馬と遊矢、そして遊我が毎日心配しているのを頭の片隅で理解はしているのだが、中々休もうとしない自分に呆れるしかなかった。遊作だって表には出さないがこうやって手伝ってくれるあたり、心配してくれているのだろう。
「もう少しで終わりそうだから早く終わらせたくてな」
「その話、実は3日前にしたのを覚えてますか?」
「…」
そうだったか?言外にそう訴える遊星に遊作は頷いて応えた。
「とりあえず代わります。遊星さんはそろそろお風呂に入った方が良いですよ」
「む…」
スン、と自分の着ているシャツの匂いを嗅ぐ。臭くはないと思うが、それは自分が麻痺しているからだろうか。他人に指摘されたということは、そういうことなんだろう。
昔は気にしなかったが、遊星も他の人との関わりが強くなってきた手前、身だしなみにも多少気にするようになっていた。そのせいか、流石に臭いを言われてしまえば動かざるをえなかった。
ゆっくりした動作で用意を終えた遊星が部屋から出ていくのを、横目で見ていた遊作は直ぐ視線を目の前のパソコンに向けた。
「~♪︎」
『ご機嫌だね』
「当たり前だろっ?何たって久しぶりに帰れるんだからなっ」
鼻歌を鳴らしながら遊城十代は浮かれた足取りで帰路についていた。精霊の厄介事に手を貸すのはいつものことなのだが、今回は十代にとって専門外のもので、大分骨を折ったのだ。半身ともいえるユベルは嬉々として協力しようとしていたが。専門外、つまり色恋沙汰の案件だったのだ。しかも様々ある精霊の国の内の一つを統一する女王の。相手は何度も女王の滑る迷宮を突破してきた女騎士。恋愛にも様々なものがあるのだと実感する。十代とて遊星という同性と付き合っているのだが、精霊達にも似たような感情があったのだ。十代がした行いは殆ど騎士と迷宮攻略といった感じで、ユベルは専ら女王の相談相手になっていた。その過程で何度家に帰りたいと思ったことか。
ユベルのかいもあってか、無事収まるべきところに収まった彼女達を見送り、やっと現世に戻れたのがつい先刻のことだった。
ともあれ、終わってしまえば後はこっちのものだ。さっさと退散してしまうのが、これまでの経験上良策だと理解している。
懐かしい町並みを見てこれほどまでに感動したことがあっただろうか。
時刻はまだ 8時をすぎたあたりで、まだ下の子達だって起きている時間だ。久しぶりに構ってやろうと十代は嬉しそうに家の鍵を開けた。
「たっだいまー!」
十代の声に、暫くしてからリビングから慌ただしい音と一緒に遊馬と遊矢が走ってきた。
「「お帰り(なさい)!」」
「おぅ、久しぶりだな」
可愛い後輩の頭を撫でながら懐かしい顔ぶれに破顔する十代。その中で遊矢が申し訳なさそうに口元を歪ませているのに十代は気づいた。
「ん?どうしたんだ?」
「実は…」
遊矢から聞いた話は簡単に言えば遊星が寝ていない件だった。今この家には遊戯が居らず、遊馬も何回もせがんだのだが遊星は相変わらず寝ず仕舞い。話している遊矢の顔も心配で彩られていて、十代は思わず呆れてしまう。
「解った。んで、その遊星は今…」
「今は風呂入ってるぜ」
話を聞き終え、遊星の場所を聞こうとした十代に被せてきたのはSOLtisに入ったAiだった。その手にはタオルと何故か十代の服があった。
「お帰りー」
「ただいま」
「それといってらっしゃい」
「りょーかい」
ぽすん、と服を渡したAiは変わりに十代の荷物を受け取り、彼を見送った。二人のやり取りにいまだに付いていけない中学生二人にAiはリビングに戻るよう言いつけた。
「なぁ、どういうことなんだ?」
「遊星はもう大丈夫ってことだ」
「??」
納得いかないように首を傾げる遊馬に笑いながら、Aiは遊星の部屋で作業をしている遊作の様子を見に行った。
冷水シャワーが頭を濡らす中、遊星はぼんやり立っていた。頭の片隅では風邪をひいてしまうから早く出なければ、と思ってはいるものの、身体がなかなか言うことをきいてくれそうになかった。目を覚ます為に水にしたのだが、あまり効果はないようだ。襲い来る眠気に何とか対抗しようとするが瞼が下がってきてしまう。このまま倒れてしまえば遊馬は勿論、遊我、遊矢や遊作だって驚くだろう。
「…?」
脱衣所で物音が聞こえたのを誰かが歯を磨きにきたのだろうと予測していた遊星は、その音に風呂場に入ってくる意図を感じて首を捻った。しかし体は後ろすら向いてくれない。もしかするとAiあたりが今の遊星のコンディションに気づいて様子を見に来てくれたのかもしれない。
疑問と予測を何となしに浮かべては切れる集中力に、大分参っているのだときづく。
「…ふ」
乾いた笑いが口から漏れた瞬間、背後の扉が開かれた。
「よー、生きてるか?」
「!?ぇ…」
騒がしい音を立てながら入ってきたのは旅にでていた十代だった。懐かしい声、気配に驚いた遊星は思わず身体を向けた。
「じゅ、だいさん…?」
「おう」
ニッカリ歯を見せて太陽のように笑う十代は確かに遊星が尊敬し、愛する恋人の姿だった。
「お前ちゃんと寝てねーんだって?遊矢達が心配してたぜ」
大股で距離を詰めた十代はシャワーが水だと気付き、顔を顰めた。
「…そんなんじゃ頭は冷えねぇよ」
遊星のしていたやり方に異を唱えるようにノズルを温かい方へ捻られる。すっかり冷えきってしまっている身体をどう思ったのか、険しい表情のままの十代が遊星を抱きしめた。密着した肌から伝わる温度に遊星の緊張した身体が和らいでいく。
「じゅうだいさん…」
安心する温もりに抱かれたまま、遊星の瞼は今度こそ重力に逆らわず閉じた。
「…。いや、まだ寝るなー!」
すやすやと寝息を立て始めた遊星を撫でていた十代だったが、遊星がまだ洗っていないのに気づいて無理矢理起こしたのは数分経ってからだった。
「…すみません…」
「いーって。そんなに謝んな」
数分後、身体を洗い終えた二人は、浴槽に浸かっていた。背中から腕を回し、遊星が寝てしまっても大丈夫なように支える十代に、遊星は顔を覆いながら謝った。それに笑いながら応える十代に頭が上がらない。一向に頭を上げない遊星をどう思ったのか、十代が肩口に額を擦りつけてきた。
「?十代さん一体何を」
「んー?何となく」
遊星が不思議がっていると十代の回された腕に力が籠められた。
「っ」
そこまで強くはない筈だが、十代の肉体は一般的なものとは違う。デュエルモンスターであるユベルと融合した為に常人より遥かに身体能力が高まっているのである。
普段ならば多少強くされても気にも止めない遊星だが、弱まっている今は痛みを感じる。強張った身体に気づいた十代は深い溜め息を吐いた。
「そろそろ出るか」
「…はい」
十代の合図を元に浴槽から出ようとする遊星だったが、それを十代により止められてしまう。
「?」
「全部俺がするから、遊星は大人しくしてろ」
驚く間もなく十代の腕が遊星の脚に回され、所謂『お姫様抱っこ』状態で持ち上げられた。
「!?!止めっ止めて下さいっ」
「うおっあっぶね!暴れんな!」
脚をバタつかせ抵抗する遊星を抑え込みながら十代は脱衣場に滑り込んだ。お湯に浸かったからか、一気に怠さがきた遊星は十代にされるがままに身体を拭かれた。
「もう寝ててもいいぜ」
わしゃわしゃと肌触りのいいタオルで髪の毛を拭かれる中、船を漕ぎ始めた遊星に気づいた十代が声をかける。粗方拭き終わった後はドライヤーの電源を着けてから軽く吹き、中から乾かしていく。その手つきが十代の性格に反して優しく、心地良い。遊星が寝てしまっても十代はきっちり仕上げて部屋に運んでくれるだろう。それが解るからこそこそばゆい気持ちになる。十代の優しさが素直に嬉しいと感じた。
「…そういえば」
「どうした?」
微睡む瞼をそのままに、まだ言っていなかった言葉を口にする。
「お帰りなさい」
「!…あぁ。ただいま」
十代の顔は背中側なので見えないが、なんとなく笑ってくれている気がした。
翌朝、を通り越して昼頃。起きた時間を見た遊星は慌てて作業部屋に走った。
思ったよりも寝てしまった事実に青ざめながら扉を開くと、既に作業をしている遊作が視界に入った。
「すまない、遅れた」
「おはようございます。お昼は食べましたか?」
遊星が言葉に詰まらせると、椅子ごと振り向いた遊作が傍らに置いていたらしい皿を遊星に渡してきた。皿の上には大ぶりなおにぎりと、卵焼き、そして沢庵が乗せられていた。
「これは?」
「どーせ遊星は飯も食わずにこっち来るだろうからって俺が作った」
すぐ後ろから聞こえた十代の声に遊星は驚いた。
「十代さん…!?」
ばくばく早鐘をうつ心臓を宥めつつ振り返ればそこに十代が立っていた。昨夜の出来事は夢ではなく、現実のものだった。
一向に動こうとしない遊星に痺れが切れたのか、十代が手を引いて椅子に座らせてくる。大人しくしていれば十代によって遊星の手にその皿を乗せられた。暗に食えと言われているようで、遊星は大きなおにぎりを口に含んだ。
「!」
中身は梅干しだった。しかも蜂蜜漬けの梅干しなのか、酸っぱいだけでなく甘みがあり、寝起きにも優しい味で遊星は夢中で胃袋に収める。ここ数日まともな食事を摂っていなかった遊星にお米という炭水化物は、得難いエネルギーだった。全て平らげれば、活動してくれる脳が厄介な行動をとっていた自分を教えてくれた。
「…」
いたたまれなくなった遊星はモニターを見つめる遊作に向き直り、頭を下げた。突然の遊星のお辞儀に驚いた遊作が彼にしては珍しく、狼狽える。
「っ、どうしたんですか」
「いや、すまないと思って」
言わんとすることが解らない、といった様子の遊作に十代は自分が言うべきかどうか考えた。だが、言わずとも遊星は自分で言うだろうと結論づけて口を挟まない。
「皆に気を使わせていた。解っていながら俺は無視し続けてしまった。…本当にすまない」
「あぁ…そんなことか」
何を言うやら、小さく嘆息した遊作は半眼になり、視線をモニターに向ける。タイピングする指の動きはそのままで、口だけを動かした。
「皆解ってますよ」
決して多くはない言葉の中には理由がある。時に言葉数が少なく、理解できず衝突されがちな遊作だが、それが彼の不器用な所だと遊星は感じている。皆解っているということは、皆心配しているということ。謝る対象を増やした遊星は十代を見上げた。
「十代さんもすみま」
「謝らなくていいから。早く終わらせちまおーぜ」
「は、はい」
急かされ仕事に集中し始めた遊星を見届けた後、こっそり部屋を出た十代は携帯を取り出してとある会社へ電話をかけた。
「終わった…」
「お疲れ様でした」
「嗚呼、遊作もお疲れ。助かった」
昼一から始めた作業が終わったのは夜だった。KCにデータを送信後、椅子の背凭れに身体を預けて伸びをした二人は、のろのろと部屋の扉を開けた。
「二人ともお疲れサマ~」
廊下の壁に背を着けて立っていたらしいAiが二人を迎える。
Aiが手伝えば作業が進むが、海馬がそれを許さなかった。何故ならAiは既にSOL社に勤務していると同義な程にSOL社に手を貸している。競争会社の一つである会社員に手伝って貰うのが海馬の逆鱗に触れたのだ。よってAiは手伝いたくても手伝えないポジションになり、サポートに徹するしかないのだった。
「Ai…むぐ」
見た目通りよろよろな遊作を見るやすぐに抱きしめるAiに遊星は謝った。
「遊作を取り込みすぎてしまったな」
「ぷは…別に遊星さんのせいじゃ」
「いいよ~。後でい~~~っぱい一緒に居るから~。なっ遊作♡」
「俺は寝たい」
「えっ!?嘘っ我慢してたAiちゃんにご褒美ないの?!」
「ない」
ぎゃんぎゃん騒ぐAiを眺めながら遊星の口から欠伸が出る。つられて遊作にも。
お風呂やご飯が頭につくも、昼や昨夜入ったのを思いだし、今日は寝ようと自室に向けて歩く遊星にAiが声をかけた。
「きっといい知らせがあるぜ」
「?そうか」
遊作はこのままAiによって全てして貰うのだろう。そう思えば昨夜の自分と十代が重なり、似た者同士だなと一人笑ってしまった。
「よっ」
遊星の部屋に入れば椅子に座ってカードの整理をしていた十代が迎えた。机の上に広がるカードを見やり、遊星はベッドに倒れた。遊星の体重がかかったベッドは軋んだ音を立てた。
「お疲れさん」
「ありがとうございます…」
手元のカードを真剣に見る十代の横顔を眺める遊星に睡魔が襲ってきた。
「そういやさ」
「はぃ?」
「明日から3日、連休貰ったぜ」
「…?」
半分寝ている頭では理解が遅くなる。緩くもたげる脳に浮かぶのは、はてなマークばかりだ。
「遊星に連休があるって話だ」
反応の鈍い遊星を察してか、言い直した十代がやっと遊星に顔を向けた。しかし遊星は既に夢の中に入りつつあった。
「遊星?寝たのか?…まぁ、いいか」
椅子から立ち上がり、遊星の髪を撫でた十代は微笑む。
「お休み」
「………な、さ…」
「ふはっ返事しなくていいぜ」
優しい手つきの恋人の掌に愛でられながら、浮いては消える思考の中で遊星は、連休中十代と少しでも長く居られたら嬉しい、そう想いながら意識を手放したのだった。
終