話を聞け「お願いだよ荒ちゃん、機嫌直して」
「なんで俺が機嫌悪いことになってんだよ。どっかいけよ」
「・・・」
ズカズカと大股で歩いていく荒仁を見送るしかない真宝。
言い方がまずかったのか、それとも本当に嫌だったのか。
***
廊下。売店で買ったパンを抱えてあるく駒男の向かいから大股で荒仁が歩いてきた。
「荒ぴょんどったの~めっちゃご機嫌斜めじゃん」
「俺はいっつもこうだろ。なんだよ」
「どう見てもいつもより眉間にシワ寄ってんぜ~~真宝となんかあった?」
「なんでそこで真宝が出てくんだよ…!!」
機嫌の悪さが目に見えてあがる。駒男はおっと、と空気を察して荒仁から離れる。
待ってよ、と少し遅れて真宝が追いかけていく。
「ほっとけ。クソキモい理由だ」
「え~座布知ってんの?なになに何があったん」
「喋るのも気が引けるわ…真宝が…」
「荒ちゃんの全力、俺に受け止めさせてほしい」
頬を赤らめながら荒仁の片手を握って言う真宝。
目が点になる荒仁。真宝のこの表情でその言葉はどう考えてもセッ。
「お、お前、なに、何を???」
荒仁が飲んでいたお茶はすべて噴射された。空いた手で口を拭いながら真宝を見ると意を決した顔だ。
答えを知りたくないようなちゃんと聞かなきゃならないような際どいライン。なんだこいつ。
てかここどこだと思う?教室のど真ん中。そんなところでいうセリフじゃあない。
ただでさえ最近やっとコイツに対して後ろめたさがなくなったところだってのに。
荒仁は冷や汗が止まらない。この幼馴染の発言をちゃんと聞き取らねばならない恐怖に。
「だって久々に会ってから一度もないし、俺荒ちゃんと試したいんだ」
「いやいやいやいや生まれてこの方一度もお前とヤッてないし女の子とがいいに決まってんだろ!!」
「えっ、荒ちゃんの相手になんて女の子には無理じゃ…」
「お前それはどういう意味だ!!いるだろ!!まほろちゃん今日休みで良かった!!」
座布は傍観者の位置で気付いている。純粋かつ性欲に無頓着な真宝の言葉が足りないことを。
(でもなんでその言い方にした?なんで顔を赤らめる??見ろ灯の顔を、顔面蒼白だ)
「荒ちゃんのを受け止められるのはせめて摩利人さんくらいじゃ…いや拳さんも…」
「なぁなぁなぁなんでそんな事言うのお前?もっかい聞くけど何の話してんだよ怖ぇよ俺!!」
半泣きの荒仁に大真面目顔の真宝。
一度深呼吸して、真宝はまっすぐに荒仁を見て言った。
「だから、一回俺とタイマン張ってほしいんだ」
一気に気の抜けた顔になる荒仁。真宝がそんな性的なことを言うはずがない。
それをわかっていてソレ以外の選択肢が頭に出てこなかったことに顔に熱が昇る。
「………はっ、あぁ~タイマンねタイマン…なるほどね誰がヤるかよお前なんかと!!!」
怒鳴り声をあげて教室から出ていく灯。それを「待ってよ!」と追いかける真宝。
「…つーわけ、普段から女のケツ追っかけ回しすぎて焼きが回ったんだろ」
「やべーな荒ぴょん、よりによって真宝にそんなこと考えちまったのか」
「ああいうときの真宝の考えることなんて、お前でも理解できるくらいわかりやすいのにな」
教室に戻った駒男と座布は、そのうち戻ってくんだろ、と二人について考えるのを辞めた。
***
「あ~あ真宝が可哀想じゃねえか。一回ぐらいヤッてやりゃいいだろう」
「千夜まで紛らわしい言い方するんじゃねえよ!泣くぞ…」
わざとらしい口調で、しかし真宝とのタイマンを惜しむように千夜は荒仁をじとりと睨む。
大股歩きで教室を出て、向かった先はいつもの屋上。ドアを勢いよく開けてズカズカと進む。
ドアから一定距離離れたところで大きなため息を付きながらしゃがみ込み、頭を抱える荒仁。
「そもそも男同士でそういうことする考えをするようなやつか?真宝は。お前ちょっと頭のなかピンクすぎるぞ」
「わかってんだっつの!!あいつがそういうこと言うわけねえってことも!!」
「じゃなんでそんなキレてんだお前。…まさかお前がそういうこと考えてんのか」
「うるせぇ~~~~~!!!!そんなわけねえだろうがアイツの顔がおかしくさせたんだよ!!」
頬を赤らめて目を伏し目がちにして、それでいて手を掴んでいうことか?
今までそんなこと考えたことねえのにお前のその表情のせいで駆け巡った妄想が最悪だ。
てか何でオレのアタマン中でおれが突っ込む方なんだよ童貞捨てれりゃなんでもいいのか?
そもそも何でそんな想像が出来ちまうんだよ俺!あいつにそんな気を起こしたなんて信じたくねえ!
早口でまくしたてるように独りマシンガンを放つ荒仁。それを見て千夜はあきれてため息がでる。
「…あ~、一人だからって何でもかんでも声にしないほうがいいぞ荒仁」
千夜が荒仁の肩に手を置いて、後ろを指す。
荒仁は千夜の言葉にハッとし、千夜の指の先を見た。追いかけてきた真宝が立っている。
荒仁が勢いよくあけたせいで屋上のドアは開きっぱなしで、そのまま屋上に踏み入れたのだろう。
「えぇっと…その、ごめん、紛らわしい言い方して。い、いまのもきっ、聞くつもりもなくて」
荒仁の顔は再び蒼白。真宝の顔は先程と比べ物にならないほど紅潮していた。
それはそう。
「ど、どっから、どっから聞いてた」
「おかしくさせた…ぐらいから?」
「全部じゃねえか!!」
荒仁が真宝に向かって吠えたが、目が合った瞬間に視線をそらした。
気まずいに決まっている。勝手に勘違いして勝手に機嫌悪くした理由がそういう理由だから。
なんならちょっと言葉が足りなかっただけで真宝はほとんど悪くない。
「あの、俺、荒ちゃんのこと好きだけどさ…そういう、ほうはちょっと…」
「フるなよ!!触れるなよ!!スルーしろよ!!」
「…『フるなよ』は流石に難しいな」
「ち、ちがっ返事しねえでスルーしろって意味だよォ!!!」
どんどん自分が惨めに感じていく荒仁。親友をそういう目で見たことを後ろめたく感じることはよくある。
だが無遠慮に叫んだそれをその当人に聞かれて、その上でフラれてりゃもう泣きたくもなるだろう。
…そこからお互いに、数秒間の間が空いた。
「…わかった。真宝、一回タイマンはろうぜ」
「えっ、いいの?荒ちゃんいやなんじゃ…」
意を決したように荒仁は言った。たしかに自分が悪い、そういうやつではないとわかっていながらそっちに思考を持ってった。
だがこれを0:10で自分のせいと簡単に言えるほど潔くもない。だから最後の抵抗と言っても過言じゃない。
一発殴って殴られ(蹴られ?)れば邪な気持ちも吹っ飛ぶだろう。それに、真宝のことだ、手加減するだろうし、と。
「千夜!!合体して真宝に一発いれさせる!!それで今までの流れ全部無かったことにする!いいな!」
「うん!ありがとう荒ちゃん!本気人<マジン>の一発、受けてみたかったんだ!」
「おぉっ!真宝とタイマン張れんのか!!手加減無用のブッチギリぃーー!!」
二人の言葉に唖然とする。
なんでここまできて俺は男二人の間に挟まれにゃならんのか、荒仁は泣いた。
「やっぱ無ぁぁあぁぁぁし!!!!!!」
「ええ!?」