海堂が乾を起こす話瞼のすき間から光が漏れ入ってくるのを感じて、海堂は目を開けた。
いつもと違う色の天井を見て、乾の家に泊まっていることを思い出す。
横を向けば、まだ意識は夢の中にある乾の姿。起こしてしまわないよう気をつけてベッドから抜け出した。
まず向かうのは洗面所。洗顔し歯を磨く。
次に台所で朝食の準備にとりかかる。
この台所を使わせてもらうのは何度目だろうか、と海堂は考えた。乾の両親の不在時に海堂が乾の家に泊まることは、最早恒例になりつつあった。寝汚い家主に代わって朝食の用意をするのもいつものことである。
ヤカンを火にかけ、冷蔵庫に有り合わせの野菜で簡易なサラダを作ると、部屋に乾を起こしに戻る。
夜も朝も強い海堂とは違い、乾は夜更かしにはカフェイン摂取が欠かせないし、朝はなかなかスッキリとは起きてこない。
「先輩、もう7時っスよ」
呼びかけても反応はない。
「起きてください」
肩を軽く叩いてみる。やはり反応はない。
鼻を摘まんでみた。一瞬眉間にシワが寄ったあと、口がパカリと小さく開いたけれど、起きる気配はない。
されるがままの無防備な様子を見て、海堂に悪戯心が湧いてきた。昨夜相手の思うがままに身体を弄ばれたことへの小さな復讐心とも言える。
海堂はベッドにそろりと片膝を乗せると、眠り続ける恋人に覆い被さってキスをした。唇を合わせても、起きない。おとぎ話のようにこれで目を覚まされても困るけれども、無反応だとそれはそれで腹立たしい。早く朝食にしたいし、今日は学校も部活も休みなので存分に自主トレをしたい。やることはたくさんあるのだ。乾には、早く起きてもらわなければならない。
「起きろっ!」
乾の身体に馬乗りになって、今度は大胆に唇を食む。少しかさつくそれをふやかすように、丹念に吸い付いては舐めた。
流石に重さを感じたのか、それとも吸い付かれる度にチュッと可愛らしい音が鳴るのが耳についたのか、乾がううん…と唸り目を開けた。
乾の大きな瞳が、日の出のように瞼の切れ間から現れ海堂を映す。海堂は何度でもこの太陽に心を奪われてしまうのだった。
「先輩、おはようございます。」
「かいどー、おはよ…」
寒いよ、と乾は言って海堂を布団のなかに引き込んだ。そのまま海堂を、ぬいぐるみのように抱きしめる。夜の行為とは全く違う抱きしめ方で、こうしているとまるで子どもだと海堂は思った。
目が覚めたなら起きろ、離せと海堂がじたばたすると、
「さっきまでじゃれついてたのに、構うと逃げようとする。」
猫みたいだね、と乾は言った。
猫だと思うならばこんなに強い力でホールドするのはいかがなものか。顔面を引っ掛かれても文句は言えねえぞと海堂は思う。
季節はもうじき夏だが、夜の間冷房をかけていたこの部屋はかなり涼しい。
乾の体温を分けられて海堂も心地よくなり、再びベッドに沈みそうになったところで、ピピピピ…と台所でキッチンタイマーが鳴った。もうすぐ湯が沸く合図。部屋へ来る前に設定しておいたのだ。
「名残惜しいけどそろそろ起きるか」
「朝飯だいたい出来てますよ」
「トーストとサラダの確率100%だ」
「アンタの家それくらいしか置いてねえからな…」
「ヨーグルトがある時もあるよ。今日はないけど」
「ヨーグルトは常備しとけ」
「ごめん。…コーヒー入れてくれる?」
「勿論ス」