カオの話"人間、顔で決まる“
「って、納得いかないと思いません?」
『その突拍子のなさで、君が言葉に対して漠然とした不満を抱いているのは把握したよ』
顔/貌/面 の話
「稲辺さんは"印象は見た目八割で決まる"って聞いたことあります?」
『うん、就活を控えた学生時代によく聞かされたものだね』
「なら、残りの二割の可能性を残しておく必要、無いと思いませんか?」
『成る程。二割の必要性』
「そう。外見的特徴以外となれば、言葉遣いや性格なんかが該当する部分。言葉が威圧的とか、喋り方が気弱そうとか…」
『…尼波先生』
『気にされてるんですか?ご自身の周りの評価』
「えっ」
「いや、そっそんなわけないじゃないですか‼︎」
「周りからどう見られてるかとか⁉︎き、気にするような人間じゃないですし⁈」
『尼波先生は分かりやすいですねぇ』
『大丈夫ですよ、私は人のコンプレックスを笑う趣味はありませんから。素直になった方が精神的な負担も少なくて楽ですよ?』
「あー……」
「そう、そうですか?あはは…は…」
「はぁ…」
『話を戻しましょうか、外見以外の…残った二割の印象についてでしたね』
『先生はそれらが不要な端数である、と』
「はい、まぁ」
「二割考える余地を残すくせに、八割の顔で殆ど決まるって…随分と勝手だなぁって」
『尼波先生は、割と0か1かでハッキリさせないと気が済まないタイプなんですか?』
「いや、そんな事は…」
「むしろ、決まり切らずに曖昧な方が…僕は気分的に楽な方なんです」
「けど…」
『けど、一般論においてその二割に必要価値が見出せない』
「…!」
『何故なら、"顔で決まる"とふれている以上、内面的特徴に解釈の余地を残す理由がない』
『故に、その言葉を社会的一般常識に据える場合、外見八割などと言わずに、外見十割で人間の全てを占めきってしまえば良いのでは、』
『……って、ところですかね?』
「ははは…全部言ってくれた。エスパーですか?」
『いやいや、ただの精神科医ですよ』
「すごいな、精神科医」
「でも、」
「……極論な話、過ぎますよね。自分でも分かってますけど」
『…』
『今のはあくまで、私が軽く君の話を聞いて噛み砕いた言葉だよ。尼波さんの中にある言葉を聞いたワケじゃ無いから』
「…」
「稲辺さん、」
『うん』
「僕はさ、自分の顔に塵ほどの誇りも持てない人間は、顔で決まるって言われるような社会じゃあそのステージに立つ権利すら持てないんだって」
「そう思うんですよ」
『……』
「人は顔を見て八割を決定するって言いましたよね?」
「裏を返せば、ソイツらは自分都合で残った二割を見ずともその人の全てを知った気で居るんです」
「酷い話じゃないですか」
「ステージに立つ為に重ねた努力も時間も苦しみも、他人のエゴイズムを孕んだ自分の面の皮に押し潰されて無かったものになる」
「お前らが見てる顔は決して僕じゃないのに、分かった素振りで僕の事を分かったように言葉にして」
「その癖に、勝手に決めた僕のキャラクターを腫物みたいに扱う。自分勝手で、陰湿で、群れて中途半端な力を作って大きい顔をしてる。どうせ他の人間にも同じように小言をつつくしかないような、」
『はいストップ』
「んぐ、……ッ⁉︎」
『それ飴ちゃん、詰まらせないようにね』
『スーッとする奴。苦手だったかな?』
「…、…」
『そう、なら良かった』
「………」
『君は、考えるのがとことん好きな人みたいだね。考えすぎて心の底が蟠っているようだけど』
『自分を守る為に、自分の傷が傷として表に出てこないように、理由をかき集めて鎧を作ってるみたいな…そんな感じかな』
「…」
『お、怖い顔してるよ〜尼波さん。尼波さんは怖い人じゃないって私は知ってるよ〜?』
『要はこれって"僕の努力を見て!僕の内面を無視しないで!"って事だろう』
『少なくとも、今この瞬間の私は、君を見ているよ』
『だからそんなに怯えないで欲しいね』
「……怯えてるワケ、無いですけど」
『おや、そうかい?それなら良かった良かった』
『尼波さんは、顔について深いコンプレックスを抱いた上で、これまでに経験してきた苦難を君なりに、かなり無理をしながら乗り越えてきたんだろうね』
『それを悪い事だと糾弾するワケじゃ無いけれど、結果的に君の中には世論と乖離した意見が生まれてしまった』
『それが新しく心の傷を作るキッカケになりそうなのを、君は自分自身にそうじゃ無いと言い聞かせながら傷を隠して、延命している』
『そうだね…ここは心のお医者さんとして、尼波さんに聞こうじゃないか』
『君が自分の顔を持ちたい、ステージにまっすぐ立ちたいという意志があるのなら、私は喜んでその手伝いをします』
『勿論、自分の顔にこれ以上泥を塗るなと言われれば君も私も、大人しく他人に戻ることも出来ます』
『君は、どうありたいですか?』
「……………」
「僕は、」
『…』
「…………あの」
『はい、どうしましたか?』
「…0か1じゃなきゃ、ダメだったりしますか…?」
『 』
『あっはっはっは‼︎‼︎』
「えっ⁉︎何、今笑うところありました⁉︎」
『いや、ふふふ、そうだった。うん、そうだ。君はそういう人だったね』
『何も君が気にすることは無いよ。ふふ、私が勝手に笑ってるだけさ』
「いや、どう考えても気にするでしょう⁉︎何がそんなに可笑しいんですか‼︎」
『あー、そうだなぁ…』
『尼波さん、私が笑い出した理由、知りたいですか?』
「えっ…………まあ、そりゃあ、」
『尼波さんの意思が、ちゃんと十割出てたって話ですよ』