監督生たちの後日談 異世界から帰ってはや三ヶ月。共学の男女比や制服のスカートの感覚を思い出した私は、日本でも楽しい高校生活を送っていた。
今は暖房のついた部屋で物理の課題に勤しんでいる。えらい。正しくは綺麗な教科書と白いノートが机の場所を取っているだけなんだけども……。
公式が理解出来ないまま途方に暮れたので、諦めて窓の外に目をやった。ちょっとぐらい休憩しても未来の私は許してくれるはずだからね。
私の肌の水分を奪ったのかと思うほど潤う窓の奥に、薄い灰色の雲がぼんやりと広がっている。
空が晴れてたら、同じ青空を眺めてるとか考えたかもしれないな。グラウンドから見た青空は、いつだって晴天だったから。
あの世界に別れを告げたときの空も、遠くの方まで澄みきった、眩しいぐらいに綺麗な空色だったっけ。
懐かしいな。
「ちょっとアイさーん? シャーペン動いてないですよー。」
思い出に浸りかけた私を、向かい合って勉強しているユウの声が引き戻した。
「ほら、適度な休憩って必要じゃない?」
「……。」
カリカリとノートに文字を走らせる音だけが聞こえる。
この子聞き専みたいなところあるからな。いや、それは今は関係ないかな。集中してるのか呆れてるのか。
あ、公式教えてもらいたいな。ユウは勉強熱心だからきっとわかるはず。
そう思っていると、先にユウが口を開いた。
「アイこれ教えて。」
「どれどれ。」
「ここの。」
ずいっと体を乗り出してこちらに向けられたノートを見る。漢字してたんだ。
「せいれんけっぱく?」
読みがなの横が空白だった部分を指すと、ユウがこくりとうなずいた。
「そう。潔白はわかるんだけど、せいれんなのに洗練しか出てこなくて。」
「ああ読みしか惜しくない。清いに、えっと、屋根みたいなの書いて、兼。」
「あーわかった! ありがとう。」
「よかった。」
再び響くシャーペンの音を聞きながら、あの学校の生徒みたいな四字熟語だと思った。
清廉潔白。みんなびっくりするほど心が清らかだったな。どこぞのプリンスみたいな人もいたし。なんなら本物のプリンスもいたんだっけ。
はは。私に王族の知り合いがいるなんて、ユウは信じてくれるかな。
ユウが伸ばした手にチョコチップクッキーを乗せた。
「ユウってさ。」
私もバニラクッキーの袋を開ける。小さな欠片をこぼさないように口に入れた。
「なに?」
「異世界とか、どう思う?」
さくさくと音をたてて、優しい甘さが口に広がっていく。おいし。異世界のクッキーにも張り合うな。
「どう、って?」
「あると思う?」
「あるよ。」
軽く首を傾げてみせる私に、ユウ、即答。しかも断定だ。現実的なのに珍しいな。
『キーンコーンカーンコーン。』
ちょうどいいタイミングで、休憩時間の始まりを知らせるタイマーが鳴った。
「アラーム鳴ったね。」
「ふっ。」
学校で流れるようなチャイムの音と普通に止めた友人に思わず笑いがもれてしまう。
「やっと休憩だ。」
「アイはさっきから休んでたでしょ。」
「はは、バレてた?」
まあある程度は頑張っていたんだから、大目に見てほしい。理解まではいかなかったけども……。
そうだ、話の途中だった。
「そういや、なんであるって言い切れるの?」
「……信じられないかもしれないんだけど、言ってもいい?」
「信じるよ。ユウの話すことなら、なんだって。」
不安げにこちらを見るユウに、期待を抑えられなくなりそうだった。
だってこれは。もしかして、もしかしたら、もしかするんじゃないかな。
「私ね、異世界に行ったことがあるの。」
「それって、」
「「ツイステッドワンダーランド。」」
「え? アイ、え?」
うわあ。もしかしてしまった。
「なんで知ってるの……?」
「私も行ってた、から?」
「本当に?」
「ほんとに。」
お互いをまじまじと見つめあう。