Halloween夏油が親指で眉間を掻きながら携帯を睨みつけている。
傍らにはビールの缶を呷る家入、後ろにはベッドに寝転び、赤ん坊と戯れる五条の姿があった。
肌寒くなってきた秋の夜長、3人は夏油の部屋に集まり赤ん坊を交えて酒盛りをしていた。
酒の飲めない五条がいるため何かあっても大丈夫かと夏油も家入に負けず劣らず酒を呷っていた。
「なに?新しい服買うの?」
左肩から顔を覗かせて携帯の画面を見た五条が問いかける。同じようにベッドに寝転んだ赤ん坊を腕に抱きしめて夏油を見ていると、五条の腕から腹這いにずり出た赤ん坊が夏油の首に抱きつく。温もりが消えた腕が寂しくて赤ん坊ごと夏油の頭を抱き込む。
「ちょ、悟やめて。もうすぐハロウィンだから折角だしおちびさんに楽しい思い出作ってあげたいなぁと思ってね。」
「カボチャのバケツ持たせて高専歩かせればいくらでも稼げるでしょ。」
仮装はオマケ。なんて言ってのけた家入はつまみのチータラを口に運んだ。
夏油は苦笑いを浮かべながら携帯をスクロールしてハロウィン特集の記事を読み進める。
確かにハロウィンと言えば子供がお菓子を貰うのが大本命で仮装は正装と言ったところだろうか。
可愛らしいおばけたちがカゴいっぱいのお菓子に目を輝かせている写真ばかり目に付く。
赤ん坊も夏油の肩越しに携帯を覗き込み、画面いっぱいに広がるお菓子の写真に目を輝かせた。
その様子に気付いた夏油は携帯を閉じて赤ん坊の頭を撫でる。
すると、今度は夏油の肩から落ちんばかりに身を乗り出して赤ん坊は携帯の画面を指差した。
夏油は慌てて赤ん坊を抱き上げてもう一度携帯を開いて同じページを開くと、ハロウィン限定!と書かれた文字の下に描かれていた可愛らしいカボチャのイラストをタップして詳細を開いた。
そして、それを赤ん坊に見せるように傾ける。
カボチャのイラストの下に並ぶ文字を読み上げていく。
「えーっと、『ジャック・オー・ランタン』…………あぁ、そういえばそんな名前だったかな。」
夏油の言葉に家入が反応する。
家入は携帯を手に取ると、検索欄に単語を打ち込んでいく。
「『ジャック・オー・ランタン』…………お、あった。」
「へぇ、こんなのあるんだ。」
家入が見せたサイトにはデカデカとジャック・オー・ランタンが描かれた表紙の絵本が表示されていた。1歳児向け。色々なオバケが出てくる内容のようだ。夏油は携帯をカチカチと操作すると絵本を注文し終えて胡座の膝の上に収まる赤ん坊を抱き締めた。
「この本読んでから自分で決めてもらおうかな。」
「なー、ハロウィンってそんなに楽しいもん?」
夏油の肩に顎を乗せて赤ん坊のふくふくしたお腹に手を回した五条が呟く。五条もハロウィンは初めてだった。季節のイベント事は赤ん坊と同じ経験値しかない。普通の子供と同じように生き始めた五条に何かと構いたがりの夏油と家入は顔を見合わせてまた携帯をカチカチ弄り始めた。
「これは?」
「いや、流石にアホっぽい。折角ならお揃いにしてやったら?」
「!硝子天才。」
大人向けの仮装衣装、オレンジ色のジャック・オー・ランタンを模した服を見た家入がぽつんと零した言葉に夏油が嬉しそうに笑った。てちてちと歩く赤ん坊と綺麗な顔をした五条。2人の愛しい存在がお揃いの格好で手を繋いで大好きなお菓子に目を輝かせている所を想像する。
2人ならどんな格好でも可愛い。
家入と話しながらも夏油は頭の中で色々な仮装を思い描いていた。
話に混ざることが出来なくてつまらなさそうにしている五条の腕に赤ん坊がしがみつきながら登ろうとするのでお腹からお尻に手を伸ばして抱き上げてやる。
ごろんとベッドに横になりお腹に乗せてやると赤ん坊がふぁと小さな欠伸を零した。
「おちびさんおねむかな。」
夏油が赤ん坊の頭を撫でようと手を伸ばしかけた時、徐に小さな手が五条のTシャツの裾を捲りあげ胸元に頭を突っ込んだかと思うとずりずりと這い上がり五条の乳首に吸い付いた。
驚いて変な声を上げる五条。夏油が慌てて赤ん坊を引き剥がすと、赤ん坊は不満げに頬を膨らませて五条の胸にしがみついた。
少し前、風呂上がりの五条にグズっているところを抱き上げられて乳首に吸い付いてから安心するのか寝る時に添い乳をねだるようになっていた。
「や!やーあー!」
「やじゃねーよ。この前からなんなの…。」
夏油と3人だけの時は赤ん坊の要求をのむこともあるが如何せん今日は家入もいる。
五条が身体を起こして、グズる赤ん坊を胸から引き剥がしほっぺたを指で挟み拒否する。なおも抵抗して乳首に吸い付こうと前進を試みる赤ん坊は小さなくちびるを尖らせて身体をばたつかせる。
「…ちびになにさせてんだお前ら。」
「前に偶然ね。気に入っちゃったみたい。」
呆れたように家入が言うと、夏油が苦笑いを浮かべて赤ん坊を抱き上げた。
五条の膝から下ろされた赤ん坊は夏油の肩に掴まって立とうとするが、すぐにバランスを崩して夏油の足の間に座り込む。
赤ん坊を抱え直すと、自分の胸に頬をくっつけてご機嫌斜めな様子の赤ん坊の背中をぽんぽんと優しく叩いた。
しばらくすると赤ん坊は眠くなったのかうつらうつらと船を漕ぎ始める。
夏油はそっとベッドに寝かせて布団をかけてやり、赤ん坊の額にキスをして、おやすみと囁く。
それから3人は少し話してすぐに解散となった。
翌朝、赤ん坊はベッドの上で目を覚ました。
抱き合って眠る夏油と五条の間だ。
いつだったか、2人が1週間強の長期遠征から帰ってくると毎日のように赤ん坊を間に挟んで夏油のベッドで寝るようになった。
夏油はいつも赤ん坊を真ん中に置いて、左右からぎゅうと抱きしめて眠る。
赤ん坊はそれが大好きだった。
「ん、おはよう。」
「おー…チビ助起きた?おはよ。」
先に起きていたらしい夏油が赤ん坊を抱き上げて、まだ半分夢の中といった様子の五条が背中から抱きつく。
2つのぬくもりを感じながら夏油は今日の予定を思い返す。
午前中に任務が1件。午後は珍しく任務も座学も体術も入っていない。オフだ。
午前中の任務は五条と2人、車で1時間程度の繁華街で発生した呪霊の祓除だ。
3人で朝食を摂った後、身支度を済ませると部屋を出た。夏油は腕の中に赤ん坊を抱き、その前を五条が歩く。向かった先は救護室だった。
「硝子いるー?」
ノックもせずにガラッと音を立ててドアを開ける五条。
中には家入がいて、煙草を片手に椅子に座っていた。
夏油の腕の中の赤ん坊を見て、家入は笑顔を浮かべた。
赤ん坊もしょーおちゃ!と一瞬笑顔を見せたもののハッとして眉をへにゃっと下げると夏油の首筋に顔を埋めてしまった。
その様子を見て家入は呆れた様に煙草を消すと机に向き直った。
夏油は苦笑いを浮かべて赤ん坊の頭を撫でてやった。
「おちびさん、硝子と遊んで待っててね。」
「えー、俺も遊ぶ。」
「君は任務があるだろう。」
「ちぇ。」
「ちーび。」
家入が赤ん坊を呼ぶ。
夏油たちが任務に行く時、恒例の赤ん坊の駄々が始まる。
夏油は赤ん坊を抱っこしたまま家入の前まで歩いていき家入の目の前にしゃがみ込んで赤ん坊の頬を突く。
赤ん坊はむずがって夏油の服をぎゅっと握る。
「ちぃかかといっちょいる。」
「だめ。危ないからちびは留守番。」
家入が赤ん坊の脇に手を入れて抱き上げるとくんっと夏油の服が一緒に引っ張られた。むっと眉根を寄せて離すものかと小さな手がぎゅーっと握られて自然と家入と夏油の距離が近くなる。
「夏油邪魔。早く行け。」
「邪魔ってひどいな。」
家入の手に胸を押されて拗ねたような口調に反して、夏油の赤ん坊を見る目は慈愛に満ちていた。
「いっつも飽きねぇよなぁ。」
夏油の背中に抱きつき、家入に抱えられた赤ん坊のほっぺたをつつくと五条がポケットに手を突っ込んで棒付きキャンディを取り出して見せた。
「しゃとうぱっぱ…ちぃもつえてって!」
「ダメって言われただろ。」
キャンディの包み紙を剥がし赤ん坊の目の前に見せつけるように振ると小さな手が伸びてくる。それを無下限で弾くとすっとしゃがんで赤ん坊と目線を合わせる。
「留守番。」
「や!」
「じゃーあげない。」
「やあー!!」
すいっと目の前から遠ざかるキャンディに赤ん坊が泣き出す。ぎゃーぎゃーと泣く赤ん坊に折れた夏油が抱き直すと五条からキャンディを取り上げる。
「ほら、おちびさん。今日はお昼ご飯食べたら帰ってくるから硝子といい子にしてて。いいね。」
小さな口にキャンディを入れてやると背中をぽんぽんと撫でる。ころころと口の中で飴を転がしながらむぅとまだ納得のいかない顔をする赤ん坊も仕方なしに夏油の服を掴み続ける手を離した。
すんすんと鼻をすする赤ん坊を家入に預けるとやっと2人は任務地に向けて旅立った。
「なー、チューしよー。」
「呪霊の真似やめな悟。」
寝支度を済ませたベッドで五条が唇を突き出し夏油に腕を伸ばす。
日中の任務で繁華街の寂れたビルの一室にいた呪霊。
キノコの原木かと思うような胴体にボコボコした顔。
元ホストクラブだったという場所柄か、不気味な声でキスを強請ってくる呪霊は夏油が調伏し呑み込んだ。
「ちゅー?」
「ほら、おちびさんが真似するから…悟、怒るよ。」
夏油と五条の間に寝かされた赤ん坊が小さな口を突き出して夏油に手を伸ばす。困ったように笑って人差し指でくちびるを押さえる。
ぶーと不機嫌丸出しの五条が任務中に届いた絵本をパラパラと流し見した後に夏油に投げる。
「おちびさんの見本になるように気をつけなよ。子供はよく見てるんだから。」
「オェー。いーじゃん別に。」
ごろんと寝返りを打って赤ん坊を抱き締める。
夏油も横になって左腕を五条に向けて投げ出すと赤ん坊を抱いたまま腕枕の姿勢になり夏油の首に擦り寄る。
2人に挟まれてふくふくのほっぺたを緩ませて赤ん坊がご機嫌そうに笑顔を見せる。
「ほら、悟も絵本読むよ。」
「かぼた!」
表紙にジャック・オー・ランタンがデカデカと描かれた絵本を夏油の手が捲る。
お菓子を貰いにドアをノックすると次々とオバケやドラキュラなどが出てくる。笑顔のモンスター達を赤ん坊が指差しながら楽しそうにページを捲る。
「菓子貰えるのはいーよなー。」
「悟もおちびさんと一緒に高専の中まわったらいいよ。」
「ちぃどあとんとんってすゆ!」
「ふふ、悟とお手手繋いでいこうね。」
本をローテーブルに置いて布団を引き寄せると照明を豆電球に変える。
赤ん坊のお腹をぽんぽんと叩きながら五条のふわふわの髪に指を絡ませる。
「おちびさんはどの子が好きかなぁ」
「んぅ…ちぃ、どあきゅあしゃんと、なかよちすう…」
「ドラキュラかー。」
白い髪を持ち上げてサラサラと落とす。
半分夢の中に旅立った赤ん坊に目線を落とすとさわさわと五条の胸元を弄っていた。
「…最近おっぱいねだるの多くなったね。」
「吸っても何も出ねーのにな。」
任務でいない2人に思いっきり甘えられる夜が赤ん坊は大好きだ。
まだ寝たくない。もっと遊んで。
そう思うのに一定のリズムで撫でる夏油の手が心地よい。
夏油が軽く身体を起こし、五条のTシャツの裾を捲り上げてピンク色の乳首を見せると赤ん坊が擦り寄りちゅうと吸い付いた。
「…そろそろ乳離れさせろよ。」
「まぁまぁ。悟がおっぱいあげてるの見るの結構好きなんだ。」
少し恥ずかしそうに身を捩りながら眉根を寄せた五条。
んっくんっくと何も出ない乳首に吸い付く赤ん坊に優しい眼差しを向けながら腕枕にされた左腕で宥めるように五条の頭を撫でる。
「悟と子育て出来て私は嬉しいよ。」
ちゅっとおでこに口付けた夏油が幸せそうに笑う顔を見て、誤魔化されたような気がしたがそれでもいいかなと思ってしまった。
夏油に教えられたように赤ん坊の背中をぽんぽんと撫でると五条もなんとなく幸せな気がした。
少し前までは夏油とこうやって抱き合って眠ることもないだろうと思っていたのに、お互いに同じ想いだったと分かってからというもの五条もこの添い乳をしながら夏油に抱き締められるのが嬉しくて幸せだった。
「うん。可愛いね。」
「ちぃかあいい?」
えへへと笑う赤ん坊。身につけた真っ黒なロンパースは両腕の下に布が垂れ下がり、腕を上げると翼を広げたように見える。ピンとたった耳が着いた帽子を被った赤ん坊は可愛らしいコウモリの仮装をしていた。
腕を上げて羽ばたくようにしてみせるその右手にはオレンジ色のかぼちゃのバケツが握られていた。
「とっても可愛いよ、コウモリさん。」
夏油が抱き寄せて頬にキスを送るとキャーと嬉しそうに首に抱きついた。
「なにいちゃついてんだよ。」
背中から聞こえた声に振り向くと着替えを終えた五条が顔を顰めて立っていた。
赤ん坊が目を輝かせて駆け寄った五条は、西洋貴族を思わせる様相で羽織った黒い外套を翻して裏地の赤を広げると惚けたように凝視してくる夏油に不敵な笑みを送る。
高貴さを彷彿とさせる上品な紫の紫のベストが五条の腰の細さを強調させる。
「…驚いたな。」
「あ」
「よく似合ってるね。ドラキュラ。」
熱の篭った視線を向ける夏油。赤ん坊を抱き上げて五条の細い腰を引き寄せる。急激に顔が近くなって五条は居心地悪そうに夏油と反対方向に顔を逸らす。
五条の様子を見た赤ん坊が不思議そうにしながら顔に手を伸ばす。
「ぱっぱ?」
「そんなに恥ずかしがらないでよ。」
ちゅっと耳元に口付けるとちぃも!ちぃも!とねだる赤ん坊のほっぺたにも口付けにっこりと微笑む。
「さあ、そろそろ行こうか。悟機嫌直して?」
「うっせ。」
赤ん坊をおろし五条と間に挟んでそれぞれ手を繋ぐと夏油の部屋を出て高専の中に繰り出した。
ぺちぺちと小さな手が救護室のドアを叩く。
まだノックするということを分かっていないのか、手のひらが何度もドアを叩き音を立てる。
中から返事が聞こえたのを確認し夏油がドアを開けてやると、事前に来ることを知らせていた家入がふっと笑い迎えてくれた。
「ちび可愛い格好してるじゃん。」
「えへへー。しょーおちゃー!」
駆け寄った赤ん坊を抱き上げて膝に乗せた家入の前に仮装した五条と普段着の夏油が足を進める。
「おちびさん。なんて言うんだっけ?」
「えっと…といっくおあといーと!」
「Trick or Treatな。」
満面の笑みでバケツを掲げて見せた赤ん坊。完璧な発音でお決まりのセリフを告げた五条も両手を差し出した。
くっくと笑った家入が引き出しからカボチャの形をしたロリポップキャンディを取り出してそれぞれの手に乗せる。
赤ん坊の手ほどの大きさの飴にぱあっと音がしそうな顔をして大きな目をキラキラと輝かせた赤ん坊。五条もやりぃ!と少し前までの不機嫌さを一瞬で忘れて赤ん坊と一緒になって喜んでいる。
「お前は仮装しないの?」
家入が喜ぶ2人を嬉しそうに見ている夏油に問いかけた。
視線を家入に向けた夏油は眉を下げて笑う。
「私はいいよ。2人が喜ぶところが見たかっただけだから。」
「ふーん。じゃあ尚更これやるよ。」
ニヤニヤと笑いながら茶色い紙袋が差し出された。
きょとんとした顔のまま受け取り中を確認すると真っ黒なポンチョのようなものが出てきた。
広げてみると、それは神父の仮装衣装だった。
ばっと家入を振り返るとしてやったりという顔で着ろよと念押しされてしまった。
「なんでこんなもの…。」
「ちびだって一緒に仮装した方が楽しいだろ。」
ねー。なんて笑いかけられて、よく分からずに同じようにねー。と笑う赤ん坊。五条も心做しかソワソワしているように見える。
赤ん坊がドラキュラと仲良くしたいと言っていたことを伝えて、五条にドラキュラの格好をさせることに2人で決めた。ドラキュラの子供用の仮装を探していてコウモリの可愛さに2人で即決した。
そんな家入だからこそ雰囲気を壊さない、見栄えのする仮装を用意していたのだった。
「私に仮装させたんだから硝子も一緒にしてくれるよね?」
「は?」
神父の格好に着替えた夏油がにっこりと笑って可愛くラッピングされた袋を差し出した。
嫌そうな顔をした家入だったが赤ん坊に硝子の可愛い格好見たいよね?としたり顔で言った夏油のせいで赤ん坊の見たい!と目を輝かせた顔に渋々着替えをして4人で救護室を後にしたのだった。
高専内では小さなコウモリと白銀の髪のドラキュラ、後ろを着いて歩く胡散臭い神父と可愛らしい黒いワンピースを着た黒猫によるお菓子のカツアゲ事件が多発したという。