一年後は遠すぎるから玄武さんはやっぱり綺麗だ。
オレなら服に着られてしまいそうな紺のジャケットをさらりと着こなしているし、ネックレスと時計はシルバーで統一されていてジャケットとも相性はバッチリだ。あと、近付くと凄く良い香りがして店に着くまでオレはガチガチに緊張してしまっていた。今は少し落ち着いたが、メニューを覗き込むその目の長い睫毛にオレはまたドキリとした。
緊張とドキドキの連続だからビールが来る頃にはすっかり喉が渇いていて、乾杯するなりオレは思い切りあおってしまった。職場の飲み会ではないとは分かっていたし、玄武さんの手前だから大人の男らしい落ち着いた飲み方をするはずだった。
さすがに引かれたかもな、と思って彼をチラリと見ると、玄武さんは静かに一口だけ飲んだ。そして、目が合い微笑んだ。
笑うと可愛いんだよなぁ…そうぼんやりと思った瞬間強く心臓が脈打って、反省したばかりというのに半分ほど残っていたジョッキの中身を飲み干してしまった。
「喉渇いてたんですか?つまみ頼むついでにもう一つ注文しましょう」
そう言って玄武さんは店員に声をかけて、オレのための生ビールと美味しそうなつまみを注文してくれた。注文を受けた店員の女性が玄武さんを見て頬を赤くしたのを見逃さなかったオレは少しやきもきした。恋人じゃないけど、今日玄武さんはオレとここにいるんだ、と主張したくなった自分がみっともない。
料理も酒も美味しく俺たちは話が弾んで、気が付いたら敬称も忘れて、それこそ学生時代からの友人のように親しくなっていた。親しくなれば自ずとプライベートの話になり、朱雀は申し訳なさと隠しきれない興味とあと何故か少し恐れのようなものを滲ませて俺に聞いてきた。その表情は学校が休めるのならば風邪であっても良いかもしれないと思う小学生にも似ていた。
「げ、玄武は付き合ってる人とかいるのか?」
「結構前に別れたきりだ」
「彼」とは別れたのはもうすっかり過去の話だ。医者と看護師でお互い忙しい者同士だったが、疲れた顔ばかりの彼に何かしてあげようと自分なりに頑張ったが距離が開いていくのを止められなかった。その内彼は家に帰って来なくなり、病院でも事務的な用件以外では話しかけて来なくなった。別れ方は自然消滅に近いが、彼には何の未練もない。
「そういう朱雀はいないのか?」
こういう質問が来たからには少し期待しても良いのだろうかと浮かれつつ朱雀に聞き返すと朱雀は目を泳がせた。
「オレは、彼女とかは、その忙しくて…もう大分前にいたなって感じだ」
歯切れの悪い言い方を不思議に思いつつも、俺は少しだけ「ああ、やっぱりそうだよな」と落胆した。俺がいくら朱雀のことを好いているとしても、朱雀も都合良く同性愛者な訳がない。肩を落としそうになった俺を見計らっていたかのように、店員がラストオーダーを聞いてきた。時計を確認するとそろそろ終電の時間だ。オチも着いたところで今日は終わりだろうなと思い俺は朱雀と一緒に店を出た。外は不幸にも雨が降っていた。
「今日は楽しかった。また、機会があったら飲みに行こう」
思えばこんな良い男と恋仲になりたいだなんて贅沢すぎる。交友関係が広い彼の友人の1人になることに決めて、俺は朱雀と別れようとした。
「げ、玄武!」
傘は持っていなかったが彼に背を向けて駅へ歩を進めかけたとき、驚くほどよく通る声と腕を掴まれたことで俺は思わず前につんのめった。
何事かと思って振り返ると朱雀は赤い顔をして何度か口を開きかけやめてを繰り返してようやく声を発した。
「あの、もし良ければだけどよ、雨降ってるしもう少しだけ飲まねえ?」
俺の腕をしっかりと掴む手はアルコールで体温が上昇しているからか温かい。それが俺は朱雀に帰るのを止められているという事実を鮮明に教えてくれている。
これは何かの奇跡だろうか。