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    西縞りす汰

    @Valais_Tear

    短い小説と漫画やテンプレのまとめを置いています。

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    西縞りす汰

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    残業中にネタが降ってきたのでしたためました。

    『破壊王の補い方』 友達である彼は、幼い頃から『破壊王』と呼ばれている。
     一番最初に彼が壊したのは、僕のお気に入りのミニカーだった。それは僕らが幼稚園から帰ってきて、彼の家で一緒に遊んでいた時のこと。僕が折角持ってきたのに電池が切れてしまったので、彼のお母さんに交換して貰おうとしたら、彼が手のひらでそれをうっかり粉砕してしまったのだ。
     その時泣いて怒った僕に対し、彼は家にあったラジコンを譲ってくれた。青くていかつくて、かっこいいやつ。これならミニカーよりもずっと早く、もっと遠くまで走らせるってさ。それ以来、大人になったらこのラジコンみたいにかっこいい車に乗るのが夢になった。

     次に彼が壊したのは、僕が発表会で使う予定だったリコーダー。小学校の音楽の授業は、正直かなり苦手だった。だからじゃんけんに負けて、発表会でリコーダー担当になった僕は、かなりやさぐれてたなぁ。そんなある時、発表会の練習中に彼と遭遇した。
     しばらく練習していると、彼はうっかり僕のリコーダーを踏み潰してしまった。「なんてことしてくれたんだ」と叫んだ僕に対し、彼は申し訳無さそうに自分のカスタネットを貸してくれた。しかも彼は元々カスタネットの担当だったのに、お詫びとして担当楽器まで変わってくれた。
     お陰で発表会は予想以上に上手くいったので一安心。あと、彼のリコーダー演奏はかなり上手かった。それはちょっと悔しい。カスタネット楽しかったから良いけど。

     中学生の頃に告白に失敗した僕を、クラスメイトが一斉にからかった。そんな時、場の空気を壊したのも彼だった。職員室に寄った時に何かを知った彼は、クラスメイト達に「そんなことより明日から、美人の教育実習生が来るってよ」と告げたのだ。
     お陰で僕の失敗談は瞬く間に薄まり、僕のクラスは美人教育実習生の話題で持ちきりになった。話題が沸騰する中、呆然としていた僕に向かって彼は不器用にウインクしてみせた。「次は上手く告白しろよ」ってことなのかもしれない。そうならお望み通りにやってやるしかない。
     翌日やって来た教育実習生は確かに美人だったが、筋肉自慢の男の人だった。そんなことってある? 確かに性別までは言ってなかったけども……。

     また彼が何か壊した。高校生の頃、修学旅行でホテルの鍵を壊したのだ。こればかりは困った。この後有名な施設を見学するのに、鍵が壊れてしまえば外に出られない。
    同じ部屋の僕は途方にくれていた。先生にも怒られ、見学に行けなくなった僕らは、二人でトランプをして過ごすことに。トランプ自体は楽しかった。
     けれども見学から帰ってきた皆は、何故か塩らしい顔をしていた。何とか外に出してもらった僕らは、皆の口から「見学先にあった銅像が盗まれていた」と聞いた。その施設の名物であるものが見られないだなんて、無駄足だったと皆言う。それを聞いた僕らはお互いの顔を見合せ、鍵が壊れていて良かったなと思ってしまった。

     僕は大学に行ったが、彼は高校卒業後に就職した。就職先で物を壊していないか心配だったが、どうやら彼の仕事ぶりはなかなかに良いらしい。ほっと胸を撫で下ろしながら、ある時大学の帰りに彼の勤務先に遊びに行った。運転免許証をとったばかりなので、自慢してやろうと思ったのだ。
     するとそこには、誰もいない綺麗な職場で、自分を壊している彼の姿があった。周りの先輩や上司は、皆帰ってしまったらしい。訳を聞くと、彼は隈が刻まれてる目元を擦りながら呟いた。
    「先輩も上司も養わないといけない家族がいるけど、俺にはそういうのがいないから、皆の代わりに仕事を引き受けたのさ」
     そんな生活を、彼はここ二ヶ月も続けているらしい。へにゃりと笑う彼を見て、僕はふと思った。
     彼はよく物を壊すけど、周りを見るのが上手かった。壊した物を別の形で補える男だった。ラジコンも、カスタネットも、美人教育実習生の話も、トランプも。

    「だけど『壊れた自分』を、他の何かで補うことは出来ないよ」

     そのことを告げた僕は、抵抗する彼を連れて焼肉屋に行った。貧乏大学生のなけなしの金で、彼にたらふくカルビを食わせた。初めて破産したし、仕事が残ってる彼に初めて仕事をサボらせた。それでも壊れた彼を直すために、僕は懸命に肉を焼く。焦げないように、生焼けにならないように、腹にたまる肉を沢山。

     後日金が無い僕のもとに、彼がやって来た。彼はその日有給を潰したらしい。そして、僕に「好きなものをご馳走する」と言ってきたのだ。
     あの時僕の財布の中身を潰してしまったと思っていた彼は、僕に何か奢らないと気がすまないといってきかない。
    「じゃあ、うなぎが良いな」
     そう言って僕は、彼を車の助手席に乗せた。金が無いのでマイカーはないけど、レンタカーくらいなら借りれる。色は青くて、いかつくて、かっこいいやつを選んだ。
     君に補って貰うなら、これくらいはしないとね。
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