匂い③今日は、釘崎の買い物に伏黒と付き合っていた。
行き交う人混みの中に、ふと先生の匂いがした。でもそれが何処からしたのかは、人混みに紛れて、もう分からなかった。
釘崎が新しい香水が欲しいと、入った香水店。
伏黒は匂いがキツいものは苦手らしく買い物が終わるまで他の店を回ると言って、行ってしまう。
釘崎の買い物が終わるまで、俺は『TEST』の香水を嗅いで回っていた。
色んなブランドの名前が並んでいる。
すると、一つ気になる匂いがあった。先生の匂いに近い。でもなんか違う。
(先生のは、もっとこう、大人っぽい感じ。癖があると言うか。)
その瓶の前でうーんと唸っていると、店員さんが声をかけてくれた。
「こちらが気になりますか?」
「あー、いや、知り合いが付けていたと思うんだけど、なんか違うんですよね」
「お探しの物お手伝いしますね。こちらの商品と似ている香りですと…」
と言って、店員さんは鍵の掛かったガラスケースから小瓶を出してくれた。
「こちらがよく似ていると思います。こちらの方が少しスパイシーな香りになりますね。」
店員さんはペーパーに、その香りを振りかけ、俺に渡してくれた。
鼻の前でペーパーを仰ぐと、その香りがふんわり鼻腔を抜ける。
甘くて花みたいだけど、ちょっと大人っぽい…
記憶に刻まれた、あの時の香りが、鮮明に蘇ってくる。
「これだ。これです!」
「こちら、男性への贈り物に大変人気の商品なんですよ。」
「そうなんですね…」
贈り物…やっぱり、この香水を先生は貰ったのかなと、見つけて嬉しかったはずの気持ちは、少し落ち着いてしまった。
「虎杖。それ買うの?」
釘崎の声に驚いてしまった。
「へぇ、それ男性人気だって。虎杖も香水付けるのね。男は汗の匂い!とか言ってるタイプだと思ったわ。」
「ひでぇ。さすがに汗の匂いは嫌だよ、俺」
「まぁ、どうでも良いから、買うなら早くして」と、釘崎は店舗の外へ向かってしまった。
俺もすぐにそれを追って店を出た。
◻︎◻︎◻︎
帰り道、ポケットに忍ばせていた、香水店でもらった香りのついたペーパーを、たまに取り出してひらひらと鼻先で仰いでる。
(たぶん、これだよな。五条先生のこと思い出すな。)
そんなことを思っていると、表に出ていたようで、伏黒に「なんだか、嬉しそうだな」と言われた。それを一緒に見ていた釘崎は眉を顰めている。
「ニヤニヤして気持ち悪い。そんなに良い匂いなの?嗅がせなさいよ。」
釘崎が手を出して来たので、ペーパーをその手の上に乗せる。
正直、どんな感想を言われるか不安だった。
「ふーん、たしかに良い匂いね。でも…虎杖にしては、趣味が良すぎるんじゃない?」
「なんだよ、それ」
「大人っぽすぎるわよ。こんな洒落た匂いつけてないで、ファブ○ーズ振りかけてなさいよ」
そう言って、釘崎は俺にペーパーを返した。
「なんか、五条先生みたいな匂いだな。たまにこんな様な匂いがしてた気がする。」
伏黒は勘がいい。びくりと心臓が跳ねた。
釘崎が匂いを確認した時に、伏黒にもそれが香ったらしい。
「へぇ、アイツこう言うの付けるのね。アイツなら似合いそうだわ。」
「大人っぽすぎる」その言葉が、頭の中で木霊している。
五条先生は似合っている言われた匂いは、俺には似合わないのかも。先生と同じ匂い、俺も欲しかったのに。そんなことを言われたら、やるせ無くなる。
先生は、子供っぽい悪戯とか発言するけど、最強だし、顔も良いしスタイルも良いから、黙っていたらやっぱりかっこいい。
(大人な先生と俺って、不釣り合いなんかな。)
この匂いを贈った女の人は、俺では気づけないない、先生の魅力を知っているのかも。
会う時に毎回付けてくれていたら、それは嬉しいだろうな。
『自分のもの』って感じがするんだろうな。
そんなことが、ぐるぐると巡り始める。
釘崎から返されたペーパーを上着のポケットの奥に仕舞い込み、それからはもう匂いを確認しなかった。