匂い④休日
今日も、映画を観るために五条先生の家を訪れていた。
「先生、おはよう。」
「いらっしゃい、ゆうじ〜」
「お邪魔します。」
部屋に入ると、リビングのテーブルにはポテチとコーラが用意してある。
ソファーには、呪力操作の特訓の時に使っていた呪骸替わりの、くまのぬいぐるみがちょんと座っている。
先生は意外とマメで、いつもこういう風に用意してくれている。
荷物を置いて、ソファーに腰を下ろした。
先生も並んで腰を下ろし、リモコンを操作しながら「そう言えば新作あったよ〜今日はこれね」と映画を選択してくれる。
俺はそれをぼうっと見ていた。
「ねぇ、悠仁。何かあった?」
ただ画面を観ていただけなのに、先生は何かを察したようだった。
「え?特にないけど、なんで?」
「…嘘だね。悠仁って嘘つけないでしょ。」
「そんなこと、ないよ…」
「最近、ずっと浮かない顔してるの気づいてる?」
「え…」
自分では上手く隠せていると思っていた。
そう言えば、伏黒にも「最近、静かだな」と言われた気がする。あのとき、誤魔化したけれど、俺はそんなにも隠せていないのだろうか。
「そんな分かるもん?」
思わず先生に聞いてしまった。
先生は持っていたリモコンの電源ボタンを押してTV画面を黒くしてから、俺の方へ向き直した。
「分かるよ。今も上の空だったでしょ。」
「そんなことないけど…」
つい視線を逸らすと、先生に顎を掴まれ、無理にでも視線を合わせられる。
「逃げてもダメ。ちゃんと言いなさい。」
「ん〜、でもな〜」
「さっさと吐いちゃいなよ。隠しても、この後良いことはないよ。」
煮え切らない態度でいると、だんだんと先生の声色に重さが増す。
これ以上隠していても、俺も先生も悪い方向にしかいない。仕方なく俺は白状した。
「あのさ…五条先生、たまに香水つけてるじゃん。それって、本命なの…?」
「香水って…」
先生は少し考えたと思うと、すぐ明るい顔になった。
「あれね!違う違う!あれは、腐れ縁みたいなもん。」
「腐れ縁?」
「そうそう、本命とかじゃないよ。」
先生の話によると、香水を送った女の人は、実家の近くに住んでいる幼馴染で、歳が近いせいか幼い頃からよく関わることがあったらしい。そんな縁で今でも先生のことを気に掛けてくれているみたいだ。「女というより、口うるさい姉貴って感じ」と話してくれた。
「『良い歳して、相手がいないのは身だしなみのせいよ!』とか言われて、貰ったんだよね。付けてないと、『何で付けてないのよ!』って一々煩くてね。」
先生は、その女の人の口調を真似ながら、少しふざけて、香水の経緯を話してくれた。
それを聞いて安心したからか、胸にあった錘がスッと軽くなるのが分かる。
「あははは、先生、それモノマネ?酷すぎん?」
先生のモノマネは誇張しすぎて面白かった。
心の底から笑えた。
すると、頭にぽんと先生の手が置かれ、撫でられる。
「やっと笑ったね。悠仁はやっぱり笑ってなきゃ。」
「…ごめん。俺、勘違いしちゃって。面倒臭いよね。」
「全然。むしろ嬉しいよ。ヤキモチ妬いてくれたんでしょ。」
頭に置かれた手が、頬に下がって来て、先生の唇が頬に触れた。
「それに悠仁を抱いてから、悠仁以外抱いてないよ。」
真っ直ぐ見つめられて、そんな事を言われたら逃れられるはずもなく。今度は唇が重なる。
先生とのキスに集中していても、頭の中が先生の言葉でいっぱいになる。
心臓の鼓動が増すばかり。
(嬉しくて、苦しい…)
「っん、はっ…すき…」
唇が離れた一瞬に、その言葉が漏れた。
すると先生は身体を離し、俺を抱えるように持ち上げた。
「ん?え、何?!」
「ベッド行くよ。」
「え?!ちょっと、何で?!」
俺を抱えた先生は、寝室へと足を向かわせる。
急な事で、頭で処理が追いついていない。
ぼふっとベッドに降ろされ、上の服を脱ぎ捨てた先生が俺に覆い被さる。
「あんな風に"すき"なんて言われて、耐えられるわけないでしょ。」
深い口付けで、息ができない。クラクラする。
「一旦止まって」と言っても、止まるはずもなく、先生の手は器用に脱がしていくし、直ぐにイイところを見つける。
「んっ、あっ…!」
ちょっと強引でも、心地よさがある。
俺は、これに幸福を感じている。
「先生、大好き…」
それの言葉が、頭の中なのか口から出たのかは、自分ではもう分からなかった。
快楽で朦朧とする意識の中で、確かに覚えているのは、先生からの強い刺激と、絶頂の感覚だけだった。