匂い⑤ 完「なんか、かっこいい…」
事を終えて一息ついていた時、先生に改めて香水について聞くと、その香水瓶を持ってきてくれた。
やはり香水店で見つけた物と一緒だと、自分の嗅覚を誇らしくなる。
お店で見た物と何ら変わりはないのに、先生の物はかっこいい気がした。
「これはもういいでしょ。もう付けないよ。」
先生は俺の手から瓶を取り上げ、ナイトテーブルへと移動させた。
「え?付けないの?」
「だって、人から貰ったもの使ってるの嫌でしょ?今度あの人にも『大事な恋人がいるから♡』って伝えるし、もう口出してこないでしょ。てか、悠仁を紹介する〜」
五条先生は、やけに嬉しそうにして、俺の頬に自分の頬を擦り合わせる。
実家が嫌いだと言っていた先生だけど、そんな先生にお節介妬いてくれる人がいると分かって、俺は嬉しくなった。
「なんか、先生、甘えただね。」
「当たり前でしょ。悠仁の気持ちやっと知れたんだもん!」
「だもん」って可愛い語尾になっている先生は、いつもの様な大人の余裕よりも、親に甘えている子供のようだった。
「僕、悠仁のこと好きでちょっかい出したんだけど、悠仁の気持ちがこっちに向いてないの知ってたからさ。」
「え?!そうなん?!」
「でも、やっと悠仁が僕を"好き"って気づいたみたいだから、もう嬉しくて。」
ぎゅ〜うなんて言って、先生は俺を強く抱きしめる。
俺はずっと先生に試されてたのかなと、自分の鈍さに気づいた。
だが、先生には(そんな回りくどいことしなくても) と思った。
「でも、この匂い好きだな。先生のことすぐ思い出すし。」
「え、またそんな可愛い事を…今日は何、何のご褒美?僕、死ぬの?僕は何の徳を積んだの?!」
急にはしゃぎ始める先生を見ると、すごく幸福感に満たされる。
「先生、ちょっと落ち着いてよ。この匂い、最初は『本命に貰ったんだ』って思って嫌だったんだけど、本当は違ったって分かったからさ。それに、この匂いですぐ先生を思い出すから、好きだな。」
「ゆうじ…」
「だから、また付けてよ!」
「付ける〜」と言われて抱きしめられながら、押し倒される。
そして、耳に先生の唇が触れ、それが下へと下がっていき、首に来た時にチュッと音を立てて止まる。
「んっ…」
「ゆうじ、」
「ん?」
「悠仁の匂いは、洗剤の香りだよ。」
「え??」
せっかく盛り上がってきた気持ちが一度落ち着く。
俺だって先生みたいに大人っぽい付けたいよ。それなのに洗剤か…と少し寂しくなった。
「使っている人が多いから、どこにいても思い出しちゃうんだよ。」
先生は目を細めて、俺に言う。
そして唇を重ねてくれる。
欲望に満ちた物とは違って、温かくて柔らかくて、胸の奥にまでその温かさが広がる。
五条先生も、俺を思い出してくれる時があると知って嬉しくなった。
深くなる重なりの最中、先生の香水の匂いを何度も思い出した。
嗅覚には先生の匂いが刻まれ、
耳の奥には先生の低い声が刻まれた。
『愛してるよ、悠仁』