視線③ 見ていたよ悠仁達が卒業して2年が経った。
今日もまた医務室で仕事をする硝子の後ろで、スツールチェアをぐるぐると回していた。
「もう三十路かー」
「そうだな。お前はいつまで、そうしているんだか」
「はぁ?どういう意味」
「お前がここに来るのは、虎杖の話をする為だろ」
硝子に悠仁のことが好きだと話したのは、もう5年くらい前になるのだろうか。
あれから医務室を訪れるたびに、つい悠仁の話をしてしまう。その所為で、医務室に来る時は悠仁の話をしたい時という認識になっているらしい。
「別にー。たまに、恵から連絡くるんだよね。呪霊のこと以外にさ、律儀に悠仁の近況伝えてくるの」
「そうか」
「もう、どうでも良いのにさ。『昨日会いました』とか『好きな歌手がいるみたいです』とか、何でわざわざ教えてくるかな。どうでも良いのに」
「ふっ…そうは言っていても、嬉しそうだな」
回していた椅子を止めた。図星だ。
彼らが卒業した後も、僕は悠仁を好きでいる。
『卒業したからといって会えなくなるわけではない』そう言ったのは僕だった。
『さよなら』と手を振った悠仁とは、あの日から一度も会っていない。
恵からはたまに連絡がくるし、野薔薇からは年賀状がくる。しかし、悠仁だけは音信不通だ。
それでも悠仁の話題が尽きないのは、二人が連絡や年賀状に悠仁の話題を出すからだろう。
「お前が誰かに執着するとは思わなかったよ。虎杖は凄いやつだな」
「どうだろうね。じゃあ、僕はそろそろ行くよ」
「意固地になっていないで、自分から連絡したらどうだ。協力者もいるんだし」
「協力者ね…」
医務室だけに灯が灯る暗い廊下を歩いているとき、ずっと考えていた。
何故、恵や野薔薇は逐一悠仁の近況を教えてくるのだろう。悠仁を好きなことを知っていたからなのか。だからと言って、連絡しろとは言ってこない。
「僕にどうしろっていうの。どうしたらいいんだよ」
昔も今も、悠仁への気持ちは分からないままだ。
◻︎◻︎◻︎
最近は、暇だ。
宿儺関連の呪いは特別な動きをしてしていない。それに加えて、僕の教え子達が優秀なお陰で僕の暇は増えた。
休日の出張も減り、ひとりで過ごす時間が増えた。ひとりでいると、たまに過去のことを思い出す。それはいつだって悠仁との事ばかり。
映画を見て、鍋食べて、稽古して。
悠仁が東京観光したいと言った時は、浅草とか六本木とかに行ったな。食べ歩きでシェアしたり、顔ハメパネルで写真撮ったり、悠仁が地図読み間違えて迷ったこともあったな。
どんな時でも笑顔の悠仁といると、自然と笑えた。
外を見ればまだ日は落ちていない。
夕暮れ時、部屋を出た。
向かった先は、悠仁とよく来た公園。
中央に噴水があり、決まった時間に高く上がる。
噴水が見えるベンチに座って、クレープ食べたり、アイス食べたり。『先生、これ好きっしょ!』と笑って食べ物を買って戻ってくる悠仁が本当に可愛かった。
色々思い出せば、よく悠仁と2人で出かけていた。好きな気持ちを伝えないようにと意識していた所為か、気づいていなかった。
(僕、悠仁とデートしてたんじゃん)
思い出は美化されている。それでも、彼と過ごした休日は今でも特別だ。
懐かしいベンチに座り、瞼を閉じて太陽の様な悠仁の顔を浮かべた。
悠仁が両手にスイーツを持って笑顔で駆けてくる。
『五条先生!』と嬉しそうに呼んでくれる。
あの時の悠仁が蘇ってくる。
「…五条先生?」
心地よい、聞き覚えのある声…ずっと求めていた声が側で僕を呼んだ。
瞼を持ち上げれば、目の前にはずっと会いたかった相手が現れた。
「ゆう…じ…」
「やっぱ、先生じゃん!久しぶり!」
あの時と変わらない笑顔で、笑いかけてくれる。
考えるよりも先に体が動いていた。夢かと思った目の前の彼に手を伸ばして、抱きしめる。
「ゆうじ!本物?!」
「わっ!どったの?」
「もっと顔見せて…!」
彼から離れ、顔をまじまじと見る。
本当に悠仁だ。本物の悠仁だ。
数年前から告げないと決めた言葉が、気持ちが、溢れそうになり、飲み込んだ。
「え、どったの、本当に?!」
「…っ。久しぶり。会いたかったよ」
「本当に?俺も会いたかったよ!でも、こんなタイミングで会うとは思わなかったわ!」
カラカラと笑っている悠仁の笑顔。ずっと求めていた笑顔だ。
「せっかくだし、少し話そうか」
2人並んでベンチに腰を下ろせば、数年前と何も変わらない落ち着く空間になる。
積もる話をすれば、すぐに辺りはオレンジ色に変わっていた。
「でも、本当久しぶりだよね」
「そうだね、卒業式ぶりじゃない?」
「そんな前か!でも、五条先生は何も変わってないね。なんか安心する」
"安心する"と言った悠仁の顔が少し赤らんだ気がした。それが夕日のせいかなのかは分からない。
「悠仁は、少し変わったかな。大人っぽくなった」
「本当?!先生みたいにかっこよくなった?」
「それはどうかな〜」
髪も以前より短い。背も卒業した時よりも伸びた気がする。だけど、そんな質問をして笑う彼は、何も変わっていない。僕の見守ってきた悠仁だった。
数年ぶりにも関わらず悠仁との時間は相も変わらないものだった。たわいない会話でもずっと笑っていられて、心の奥が温まる。
一番落ち着く居場所。
不意に、ここへ来た真意を告げたくなった。
「今日さ、久しぶりにここに来たんだよ。悠仁のこと考えていたら、ここに来たくなった」
もっと悠仁との思い出を思い出したい、そんな理由だったかもしれない。それが、まさか本人に会えるとは思ってもみなかった。
「それ、本当?実は俺も先生のこと考えてた…」
「…っ?!」
嬉しくて声が出なかった。
卒業してから、音信不通だった彼からそんな事を言われるとは予想外だ。
「実はさ、恵や野薔薇から、悠仁がどうしているかは聞いていたよ。会っていなくても、ずっと悠仁のこと考えてたし、見ていたよ」
素直な彼を見ていたら、僕も素直になれた。
そう伝えれば、悠仁は目を丸くして赤面する。
あの時伝えられなかった言葉を、今なら告げても良いのかもしれない。
彼の幸せを最優先に願っていたのに、その度に苦しくなっていた。彼の為にと思っていたはずの行動に、耐えられない自分がずっといる。
解放したい。例え想いが通じなくても、隠し続けた言葉を伝えたい。
「悠仁。僕ずっと君が好きだったよ。昔も今も変わらない」
真っ直ぐ見つめ返す悠仁の瞳が潤っていく。そして、雫が流れた。
「先生…俺も…俺も、ずっと好きだった…!」
目の前のライトアップされた噴水が勢いよく天へと延びた。
彼のから溢れた涙は、ライトでキラキラと輝いていた。