ささぐまとろしょぐまのクリスマス ささぐまとろしょぐまは、ちいさなくまのぬいぐるみです。とっても元気な男の子で、ふたりはいつもいっしょのなかよしでした。
ささぐまとろしょぐまは、飼い主のいないのらぬいでした。のらぬいたちは人間の目につかないように、こっそりとこの世界のどこかに住んでいます。ささぐまとろしょぐまもオオサカの小さな公園の隅で、ささやかなおうちを建てて暮らしていました。公園には人間の子どもたちが遊びに来ます。ささぐまとろしょぐまはときどき大人たちに見つからないように、人間の子どもたちといっしょに遊んでいました。ベビーカーに乗った人間の赤ちゃんに、あいさつすることもありました。ふたりは人間の子どもたちから、おやつをもらうこともありました。いつもは公園にはえている草や木のみを食べていたくまたちにとって、人間の世界のおやつはとびきりのごちそうでした。かわりにぴかぴかしたどんぐりやきれいな落ち葉をあげると、人間の子どもたちはとても喜びました。
そんなふうにして楽しくくらしていたある日のことです。いつものように食べられる草を集めていたろしょぐまは、公園の前の歩道にきらきら光るものが落ちているのに気がつきました。
「きれいやなあ、なんやろあれ」
ろしょぐまが公園の中から落とし物を眺めていると、むこうのほうから自転車が走ってくるのが見えました。このままではあの落とし物が、自転車にひかれてこなごなになってしまいそうです。ろしょぐまはあわてて公園から飛び出しました。落とし物を急いで拾いましたが、自転車がぐんぐん近づいてきます。
「ろしょぐま、あぶなーい!」
ろしょぐまが自転車にひかれそうになっているのに気がついて、ささぐまが公園の中から走ってきました。まるくてふわふわの体でろしょぐまにだきついて、歩道をころころと転がっていきます。ききいっぱつ、ふたりは自転車にひかれずにすみました。
「きをつけなあかんで、公園のそとはきけんがいっぱいなんや」
「うん、ごめんな。ありがとう、ささぐま」
ふたりは手をつないでおうちにもどりました。オオバコのスープとどんぐりのパンをつくってふたりで食べ終わると、ろしょぐまはさっきひろったきらきらの落とし物のことを思い出しました。
「そうや、さっきこれ道でひろてん。きらきらできれいやから、だれかのだいじのもんやとおもうねん。だから、こわれんようにひろったんや」
ろしょぐまは落とし物をテーブルの上に置きました。落とし物はとうめいな緑色の三角形で、白くて丸いものが乗っていて、きらきらした赤い石がそのてっぺんに飾られていました。
「これ、クリームソーダのかたちやで! メロンのあじの飲み物に、アイスクリームのっけたゆめのようなたべものや。いっぺん人間がのんでるの、みたことあるから知ってんねん」
ささぐまがとくいげに言いました。ささぐまは公園のそとにぼうけんに行くのがだいすきなので、ろしょぐまよりも人間の世界のことをよく知っているのです。
「ささぐまはようしってるなあ。そんなにゆめのようなたべものやったら、きっとだいじなものなんやろな」
ろしょぐまは落とした人間がかなしんでいるのではないかと考えて、悲しい気持ちになりました。なんとか持ち主に変えしてあげることはできないでしょうか。うーん、うーん、とうなりながらいっしょうけんめい考えました。
「そうや! だいじなものやったら、きっと公園に探しにくるで。おてがみつけて、公園の前においといたらええんちゃうかな」
「さすがろしょぐまや、それがええな」
さっそくふたりは公園の中でいちばん大きなヤツデの葉っぱをとってきて、ひろったえんぴつでおてがみを書きました。
『おとしものした
にんげんさんへ
ひろときました
もうおとさんように
きいつけや』
そして公園の看板にくろうしてのぼると、ヤツデの葉っぱのおてがみをのせて、その上にクリームソーダのかざりを置きました。
「落とした人間、ちゃんとみつけられるかなあ」
ささぐまとろしょぐまは、いけがきのうしろにかくれて落とした人がやってくるのを待ちました。まっているうちに太陽がかたむいて、あたりがうすぐらくなってきました。もうおうちにかえろうかな、とろしょぐまが思いはじめたその時です。
「ああ、こんなとこにあった! 誰かがひろてくれたんやろか」
頭の上の方から声がして、ささぐまとろしょぐまはいけがきの下からそっと顔をのぞかせました。背が高くてメガネをかけた人間が、クリームソーダのかざりを持っていました。そしてそれをたいせつにかばんの中にしまうと、ささぐまとろしょぐまの書いたヤツデの葉っぱのおてがみを読みました。
「もう落とさんように、か。せやな、気をつけるわ」
メガネをかけた人間はにっこり笑って言いました。ささぐまはその人間に見覚えがあるような気がして、いけがきからそっと出てきて近くに行ってみました。丸いメガネ、きりっとした夕焼け色の目、やさしいしゃべりかた。この人間はとてもろしょぐまににていました。ささぐまがろしょぐまにそっくりな人間をじーっとみつめていると、ろしょぐまがささぐまのふかふかした手をひっぱりました。
「ささぐま、あかん、大人の人間にみつかったらたいへんや!」
そうです、ぬいぐるみが生きていて動きまわるのは、人間の大人たちにはひみつにするのがぬいぐるみの世界のきまりなのです。ささぐまはハッとして、あわてていけがきのかげにもどろうとしました。ところがふたりがかくれるよりまえに、メガネをかけた人間があしもとにいる二匹の生き物に気がついてしまいました。
「なんや? ちっさい……くま、か?」
ささぐまとろしょぐまをじっと見て、メガネをかけた人間は首をかしげました。ささぐまとろしょぐまは、手をつないで急いで逃げることにしました。走ってにげるくまたちのせなかに、ありがとう、とやさしい声が聞こえました。
「あの人間、大人やのにおれらを見てもびっくりせえへんかったなあ」
おうちにもどったろしょぐまは言いました。
「せやなあ、あの人間は大人やけどええひとかもしれんなあ」
それに、だいすきなろしょぐまにそっくりやったし。心の中でそう言って、ささぐまは少し顔を赤くしました。けれど大人の人間とは仲良くなるわけにはいきません。あの優しそうなメガネの人間にも、もう会うことはないのでしょう。すこしさみしく思いながら、ささぐまとろしょぐまはふたりでベッドにもぐりこみました。
次の日はとても寒くて、朝から雪が降っていました。近くのようちえんからジングルベルの歌が聞こえてきて、あちこちで人間たちがメリークリスマスと声をかけあっています。
「きょうはクリスマスや。人間たちが集まって、ごちそう食べて、プレゼントこうかんする日やで」
「そうなんや、すてきな日やなあ」
けれど今日はクリスマスパーティーで忙しいのか、公園にはだれもやって来ませんでした。子どもたちのいない公園は、いつもよりがらんとして広く見えました。
「今日の公園は、おれたちのかしきりや! ふたりでクリスマスしよ、ろしょぐま!」
ささぐまはさみしいきもちをかくして、明るい声で言いました。ちらちらと降る雪はとてもきれいで、ろしょぐまも楽しい気持ちになってきました。ささぐまとろしょぐまが公園のベンチに座って雪を眺めていると、大人の人間がふたりこちらへ向かってくるのが見えました。ひとりは落とし物をひろいにやってきたメガネの大人の人間。そしてもうひとりはクリームソーダみたいな緑色の髪をした大人の人間でした。新しくやってきたほうの人間の顔を見て、ささぐまは綿がひっくり返るくらいおどろいてしまいました。
「あいつ、おれにそっくりや!」
その人間の細くてニコニコわらったみたいな目は、ささぐまにそっくりでした。メガネの人間はろしょぐま、クリームソーダ頭の人間はまるでささぐまとろしょぐまが、そのまま人間に変身してしまったみたいに見えました。ろしょぐまも人間たちが自分たちにそっくりなことに気が付いたのでしょう。びっくりした顔をして、もっとようく見ようと人間たちにそっと近づいていきます。本当は見つからないようにかくれていなければいけないのですが、ささぐまもいっしょになってベンチのかげから身をのりだして人間たちをかんさつすることにしました。
「なあ盧笙、ホンマにこんなとこに何かおるん?」
ささぐまにそっくりなクリームソーダ頭の人間がたずねました。
「ごめんな簓、寒いのに付き合わせてしもて。でもどうしてもお礼がしたくてな」
眼鏡の人間が答えました。どうやらこの人間たちは、簓と盧笙という名前のようでした。なんということでしょう、名前までささぐまとろしょぐまにそっくりです。
「たぶんまだここらにいると思うねん。簓とおそろいの大事なキーホルダー、拾てくれた恩人のちっさいクマたちがな」
盧笙という名前の人間は、ポケットからキラキラしたクリームソーダの飾りを出しました。昨日ろしょぐまが見つけた、あのクリームソーダです。
「それはお礼したらなあかんなあ。俺と盧笙のラブラブおそろいアイテムやもんな」
簓はポケットから別のきらきらしたものを出しました。盧笙の持っているのと同じくらいの大きさで、こちらは黄色とこげ茶色をしたかざりがついていました。てっぺんにはやっぱり光る赤い石が乗っています。
「あっぷりんや!」
ろしょぐまは声をひそめて言いました。公演に来た子どものうちのひとりが、一度だけろしょぐまに分けてくれたことがあるおかしでした。きいろいところはあまくてたまごの味がして、こげ茶色のところはちょっぴり苦くてひんやりした味がしたのをよくおぼえています。簓と盧笙はクリームソーダとプリンをならべて、にっこりとほほえみあいました。ささぐまとろしょぐまがなかよしなのと同じくらい、人間のふたりもなかよしのようでした。
「ちっさいクマくんたちにプレゼントや、あとでちゃんと取りにおいでや」
盧笙はベンチの上に小さな箱と包みをふたつずつ置きました。
「俺からもお礼言うとくわ。盧笙の大事なモン、拾ってくれてありがとうな」
簓はベンチの下のほうを見ながら言いました。まるでささぐまとろしょぐまが、そこにかくれているのに気がついているみたいなようすでした。
「ほな行こか、クリスマスケーキもチキンも買うてあるで! チキンだけにキチンと準備してます~!」
「クリスマスくらいつまらん駄洒落やめえ」
簓と盧笙はなかよく手をつないで公園から出ていきました。ふたりがいなくなったのを見はからって、ささぐまとろしょぐまはベンチのかげからひょこりと出てきました。
「プレゼントやって、ささぐま! なんやろう!」
「なんやろな! たのしみやな!」
ささぐまとろしょぐまはふたりで力をあわせてベンチの上によじのぼりました。するとそこには、リボンのついたかわいい箱が置かれていました。人間たちにはちいさな箱かもしれませんが、くまたちには両手でやっとかかえられるくらいのとても大きな箱に見えました。
「わあ! すごいすごい、クリスマスプレゼントや!」
つやつやしたししゅう糸でつくられたろしょぐまのひとみが、うれしくていつもよりもっとぴかぴかにかがやきました。箱を開けてみると中には金ぴかの紙に包まれたチョコレートと、ハートの形をしたクッキーが入っていました。
「やったあ、クリスマスのごちそうやー!」
ささぐまとろしょぐまは、とびあがってよろこびました。そしてもうひとつ、箱といっしょに置かれていた包みをあけてみることにしました。こちらにはちょうどくまにぴったりのサイズのセーターがはいっていました。ひとつは白くて雪の模様が刺繍されていて、もうひとつは赤と緑の糸でもようをあみこんでありました。
「しろいのは、ろしょぐまににあいそうやな」
「あかとみどりは、ささぐまににあいそうやな」
ふたりはうなずきあって、それぞれにおにあいのセーターを着ました。セーターはぽかぽかしてあったかくて、心のなかまでほかほかしてきました。
「こんなすてきなクリスマス、はじめてやわ」
ろしょぐまがうれしそうに言いました。
「ほんまや、とってもすてきなクリスマスやな」
ささぐまもうれしそうに言いました。クリスマスに人間たちが集まってプレゼントをわたすきもちが、すこしだけわかったようなきがしました。
「なあろしょぐま。そろそろおうちにかえって、あったかいスープつくろか」
「うん、いっしょにおうちでクリスマスしよ」
ささぐまとろしょぐまは、なかよく手をつないでひみつのおうちに帰っていきました。あの人間たちもすてきなクリスマスをすごせるといいな、と思いながら。