さっきの逆バージョンみたいな 榊原千藤は、大石夜光について自分に尋ねないでほしいと強く思っている。
あの男に恋人がいるかいないかとかどうでもいい。
ましてや千藤の友人に対する脈があるかなんてあにはからんや。
夜光のプライバシーと友人に対する情けを両立させて「あの男はやめたほうがいいんじゃない」とやんわり丸め込むのも面倒になってきて、最近は「アイツ十年以上前の元カレのことまだ引きずってるような男だよ」といつ口に出してもおかしくなくなってきている。いまならおまけで「家の観葉植物に元カレの名前つけてるよ」もついてくる。
たしかに捜査の一環でカップルのフリをすることはある。だが所詮仕事で、フリなのだ。アレを彼氏にしたいかといえば、千藤は断じてノーなのである。きっと夜光も同意見だろう。なにせ正面切って「千藤の顔は断じて好みではない」発言をかっ飛ばした前科もある男である。
だというのに、周囲は千藤によく夜光のことで話しかけてくる。
書類を渡しておいてくれとか、来週の飲み会の参加意思とか、それぐらいならまだいいが。夜光にいま恋人がいるかとか、彼の好みのタイプとか、それについて千藤はどう思うかとか、本当に尋ねないでほしいのだった。
……そういう経緯もあって、千藤自身の意に関わらず、なんとなく大石夜光に男としてそれなりの人気があるらしいことを把握している。本当にどうでもいいし、なんなら知りたくなかったが。
しかし思い返してみると、たびたび男女問わず好意を向けられていた男であるように思う。たまに恋人らしい影を感じることもあったが、どれも長続きしていないみたいだった。だろうな、と千藤は納得している。未だに元カレの影を追いかけている女々しさが分かれば、誰だって百年の恋も冷めるというものだろう。
「……じゃあ本当に、大石さんと付き合ってないんですか?」
普段の居酒屋とは違う、女子会でだけ使うイタリアンの個室。
生活安全課の同期の友人の後輩、というなかなか微妙な間柄の相手に「そうです」と頷く千藤。
彼女の目に、みるみるうちに生気が満ちる。いまにも「やったー!」とか喜び出しそうだ。勢いそのまま自分を追い出して一人酒とか始めてくれないかな、と千藤は有り得ない期待を抱いてみたりする。
「よ、よ、よ……よかった~……! 榊原さん相手だったら絶対勝てないし、私、今回お話するの、ほんとに死ぬ気で先輩に頼んだんですよぉ……!」
「そう。頑張って」できれば私に関係ないところで。
「あ、あの! 大石さんの好みのタイプとかってご存知ですか?」
「……さあ。そういう話はしないし」さすがに元カレとは言えない。
「え~……甘崎くんなら聞いたことないかな……」
「甘崎くんと知り合いなの?」
目を瞬かせた千藤に、彼女は「はい!」と元気よく返事をした。
「一応同期です!」
「なら先輩を挟まずに、甘崎くんからでもよかったんじゃ……」
「いやいや、いくら同期でも恋愛相談に男の子を巻き込めないっていうか~」
気恥ずかしそうな様子で手を振る彼女に、そういうものなのか、と千藤は腑に落ちないまま吞み込んだ。そういう機微は、効率を重視しがちな千藤にはあんまり分からない。
「で! えーと、大石さんの好きなものとかは?」
「も……」元カレと言いかけた。
「も?」
「……もう好き嫌いとかあんまりない年だと思うよ」
「それじゃアピールできないじゃないですか~!」
何かないですか、と藁にも縋る彼女には悪いが、さすがに元カレは用意できる品ではないと思う。
「じゃ、逆にこれはダメ! みたいなのはありますか?」
「肉がついてないから、服はワンサイズ小さめでちょうどいいとか……?」
「……服のサイズ、知ってるんですか?」
きょとん、と質問されて千藤は己の失態を悟った。
しまった。普通の同僚は互いの服のサイズまで把握していない。
「こ、このまえ捜査で見たから」
「あぁ! 榊原さん、よくカップル役してますもんね!」
彼女は素直に納得してくれたようだった。千藤は胸を撫で下ろす。
「いいな~! 私も大石さんに彼氏してほし~! 顔は良いし背は高いし最高じゃないですか!」
性格が最悪だぞ。
千藤は無言で微笑んだ。諦念の微笑だった。
「絶対夜もうまいし! 優しく頭を撫でてくれたりしそ~……!」
「え」
ひとりで盛り上がる彼女を放っておけばいいのに、つい千藤は口を挟んでしまった。
「いや、アイツめちゃくちゃ噛むよ」
沈黙。
千藤はせめて何事もなかったように振舞おうと表情筋を維持した。
「いまの忘れて」