ポリス×プリンセス(髭バソ) 新月の夜。人々が眠りに就き、暗く静まり返った街の中、道を急ぐ影があった。
「……そこの、お嬢さん」
「ッ‼︎……ああ、驚いた……お巡りさん、でしたか」
狭い路地から現れた大柄な男に声をかけられ、びくりと震えたその人は、相手が警察官だと分かると明らかにホッとした様子だった。
「驚いたのはこっちですよ。何だって、こんな暗い夜に一人で。危ないでしょう」
「……すみません。少し、夜風に当たりたくなって……遅くなってしまいました」
そう言い、被っていた布をずらして顔を見せると、警察官は息を飲んだ。緩くウェーブのかかったブルネットに、褐色の滑らかな肌。夜目にも分かる海色の瞳は、月のない夜でも輝いているように思えた。唇は、しっとりと淡く色づいている。質素な服を着ているが、街で暮らす普通の娘とは思えない美しさだった。自分に見惚れている警察官の表情に、そういった反応は慣れているのか微笑んで瞳を細める。
「……どちらまで、お帰りですかな?ああ、本官はティーチと申します。お送りしましょう」
「……ありがとう。でも、心配はありませんよ。私は」
バン!とすぐ傍の路地から音がして、微笑んでいたその人の肩が跳ねる。反射的にティーチがその人を胸に抱き、あたりを警戒した。しかし、路地から飛び出してきたのは黒猫で、後から出てきた白猫と唸り声を上げて走り去っていった。猫の喧嘩で、物が倒れたのだろう。二人同時に安堵の息をつくが、美しい顔のその人は、制服に包まれたティーチの逞しい胸板に頬を寄せたままだ。
「ああ、失礼……ッ」
「離さないで……ください」
離れようとしたティーチの制服の胸元を掴み、僅かに上気した顔を上げる。
「私は大丈夫、ですが……その、私、貴方のような逞しい殿方が……」
眉を下げ、うっとりとした表情で、そろりと手を伸ばす。髭に覆われた輪郭をなぞり、硬直しているティーチの首を引き寄せようと動いていく。魅了されたように、ティーチの背が丸まり、背伸びをしたその人は口付けるにしては大きめに開いた唇を、首筋へ寄せた。
「美味しそうで」
がぶり、と噛み付くつもりだった。しかし、固まっていた筈のティーチの掌が、僅かに早かった。後頭部を鷲掴みされて、目を見開く。
「やっぱり、そうか……同類だよ。お姫さん。バーソロミュー姫?だっけか」
ニヤリと笑うティーチには、牙があった。
「離せ」
「離さねーよ。オレ美味そうなんだろ。一口いってみたら?」
バーソロミューが一転して低い声で凄んだが、ティーチは物怖じせずに笑う。頭からは手は離れたが、ティーチは眉根を寄せるバーソロミューを抱きしめている。
バーソロミューは魔界の〝姫〟だった。趣味と実益を兼ねて、新月の夜に地上へ出ては、ティーチのように声をかけてきた人間を男女問わず狩っている。ティーチもまた、魔物である。獲物を求めて地上に出た際、動きやすいだろうと警察官の姿になったのだ。
「人間の匂いしかしなかった……上手く化けたものだ」
「そうでしょう?姫さんは、流石ですな」
ティーチは、地上に出てから数日が経っている。その間、人間に混ざって、なるべく匂いをつけるようにしていた。バーソロミューの方も、完璧に匂いを消している。
「……しかし……男、だったんですなぁ」
「っ……触るな」
尻を撫でる手に、バーソロミューが身を捩る。二人は人型の魔物の中でも長身に入り、地上に出た際は体格をやや調整している。それにバーソロミューの姿を近くで直に見る者は、限られた一部の者だ。ティーチは名や顔を知るとはいえ、一般的なものでしかない。〝姫〟として在るバーソロミューの秘密を知る者も、ごく僅かだ。
「……この状態の方が、狩りも楽だからな」
「ふふ〜ん?ま、いいや。顔見せて」
顎を掴まれたバーソロミューの眉間に、皺が寄る。それでも、ティーチはニヤけたまま、バーソロミューの顔を見つめた。
「……綺麗な色の目ぇしてんな、アンタ。天界から堕ちてきたって噂も、当然ってーか……」
「ンッ……んン——ッ」
ぱくり、といった動きでバーソロミューの唇を塞ぐ。ティーチの、夜の海のような瞳を見つめていたバーソロミューは、慌てて抵抗をする。しかし弱い。魔力を使って吹き飛ばせばいいだけの筈だが、単純な話、ティーチがバーソロミューの好みだったのだ。バーソロミューは獲物が好みに合えば、その精気を枯れるまで吸い取ってから食す。ティーチは、男性の条件にピッタリ当て嵌まっていた。
「おっ。おまぁりさ、んあぃ引きい?へへ」
呂律の回らない声にティーチが唇を離し、バーソロミューを胸に抱いて愛想良く手を振る。幸運にも二人の獲物としては対象外だった酔っ払いは、陽気に千鳥足で離れていく。
「美味ぇ……お嬢さん。やはり夜道は危険ですし、まだでしたら、本官と〝お食事〟でもいかが?」
「……はい……楽しい夜になりそうですね」
抱き合い再び口付ける様は、まさに逢引き。しかし互いの目はギラつき、唇から牙が覗く。
二人の姿は、新月の闇へ溶けて消えた。
「……それは、私がお前を気に入って、所謂お持ち帰りをする流れか」
「そうそう。城で暮すか外で暮らすか……」
深い青のドレスに身を包んだバーソロミューが、制服姿の黒髭の腕の中に収まる。話の中では簡素な服に身を包んでいるが、今の衣装は魔界でのものという設定だ。スカート部分は裾に向かって明るい青になり、縁には白いフリルも付いて波のようになっている。一方、黒髭の制服は青いシャツに紺色のズボンという、映画やドラマで観るアメリカの警察官に近い。
『ハロウィンの仮装は、モンスターか魔女だからね。ポリスとプリンセスといっても、そこは守らないと』
という理由でその設定になったため、二人とも小さな牙やツノ、背中には可愛らしい大きさの黒いコウモリのような翼を着けている。
「どちらにしろ、らぶらぶ〜♡えちえち〜♡な生活が待っていますぞー」
「ふむ。まぁ、仕事はするだろうな」
微笑んで、バーソロミューの指が黒髭の胸元に触れる。その手は、ドレスに合わせた色の薄手の手袋に包まれている。
「そうね。あと、その街には、空き家から何か軋む音と、謎の声が一晩中聞こえるっていう怪談が残る」
「んぐっ……」
吹き出すのを堪えつつ、黒髭のシャツの襟とネクタイを、バーソロミューの指先が整えた。
「ではでは、ひと狩り行きますか」
「ああ。その後は、いっぱい食べていいよ」
『マジ〜?』と黒髭がバーソロミューを抱きしめ、髪に軽く口付ける。
少々、悪魔的な要素もあるデザインの制帽とティアラをそれぞれ身につけ、二人は部屋を後にした。
手に手を取り廊下を進む2人の姿は、仲睦まじく穏やかだ。
イベントを一通り楽しんだ後の食堂で、マタ・ハリの大胆な衣装に目をハートにした黒髭が突撃、終日出禁となるまでは。
イベントの後半。プリンセスが銃を持ってポリスの襟首を掴んで引きずっているのを、数人のサーヴァントが目撃したという。