たまには、甘いものでも。 街の喧騒と穏やかな波音が聞こえる、座のとある港。それぞれ、別の海域を巡っていた黒髭とバーソロミューは、前後してここに着き、久しぶりに夜を共にした。
『俺んとこ見てくるわ……あと用事』
朝日が昇り、そう言ってバーソロミューの船を後にしていた黒髭が、昼過ぎに戻ってきた。船長室のソファで紅茶を楽しんでいる主の隣へ座り、手にしていた袋を目の前に置く。
「これは?」
「美味そうなのあったんで。甘いモン好きな誰かさんが、食べっかなーと」
バーソロミューの碧い目が見開かれ、袋を、次いで黒髭を見る。背凭れに体を預け、天井を見上げる黒髭の横顔にふと目を細めた。
「ありがたく頂こう。少し待っていろ」
肩を軽く叩いて、バーソロミューが立つ。軽く手を挙げ、その背を見る黒髭の口元は、満足げに緩んでいた。
程なくして、コーヒーの香りが漂ってきた。
「どーも」
船長手ずから淹れられたコーヒーを、黒髭が一口飲む。カップの大きさは、バーソロミューのものと変わらないのに、黒髭が手にすると妙に小さく見える。
「さて、いただこうか」
「オクチニアエバ、イーンデスガ」
黒髭の口調に笑いながら、袋の中身を手に取る。カラフルな紙に包まれたそれは、一口サイズのチョコレートだった。一つを黒髭に渡し、バーソロミューが包みを剥がして口にする。
「……美味いな」
甘味を抑えたチョコの中には、ドライフルーツが入っていた。オレンジの爽やかな風味が、口の中に広がる。
「そりゃぁ、良かった」
黒髭もチョコを口に入れ、嬉しさを隠しきれていないバーソロミューの表情にニヤリと笑う。
座の世界には、古今東西様々な文化が入り、多くの人や物が行き交っている。地上には残っていないような、自分達が生きていた時代より前のものから、数百年後の現代のものまで。菓子もその一つだ。
「酒入ったのや、ナッツのもあったな」
「私も見たい。後で行こう」
上機嫌なバーソロミューの様子に、黒髭の頬が緩む。二つ目を食べている彼は気づいていないようだが、カップに口をつけて誤魔化す。
「おう。他にも面白そうな店あったから、見に行こうぜ」
この港に着いたのは、黒髭が先だった。別の海域に行っていたバーソロミューが陽の傾く頃に到着し、それを知った黒髭は消灯時間後にそっと訪れた。久しぶりに抱き合い、互いの熱が落ち着いた頃。黒髭は昼間歩いた通りに菓子を扱う店があったのを思い出し、先程、用事のついでに買ってきたのだった。
チョコを二つ食べて一旦、満足したのか、バーソロミューが息をついて背凭れに体を預ける。しかしすぐ、黒髭に向き直った。
「……んお前からも、何か良い匂いがするな……」
「あお前じゃねーの今それ喰ってたし」
バーソロミューが黒髭の肩口に顔を寄せて、息を吸い込む。火薬と煙草以外、思い当たるものの無い黒髭は、首を傾げた。
「いや。お前からもする……店にいたからじゃないのか」
「……えー。確かに店ん中、いい匂いだったがなぁ」
腕を抱いて鼻を押し当てているバーソロミューの言葉に、黒髭も自分で袖の匂いを嗅いでみるが、やはり、そのような匂いはしなかった。そうしているうちに、バーソロミューが黒髭の首に腕を回した。首筋へ顔を埋めて、また匂いを確認している。
「……する。良い匂いだよ」
「ふーん。そういうもんかね」
靴を消して、黒髭の腿を跨ぐ形で抱きついているバーソロミューの腰に腕を回すと、小さく『ありがとう』という声が聞こえた。短く返事をし、髪を撫でる。少し熱を持ったうなじを撫でて軽く襟を引き、バーソロミューが顔を上げたところへ唇を重ねた。もう一度抱きしめ、互いに相手へ見せずに浮かべた笑みは、何とも嬉しそうなものだった。
「……なぁ……」
「ダメだ」
するりと尻を撫でて声をかけるが、間を置かず断られる。しかし。
「……もう少し、こうしていろ」
「アイアイ」
ほんの少しだけ、甘さの滲んだ声に黒髭も柔らかい声で返す。
気まぐれに買った菓子は、甘く穏やかな午後のひと時を二人に齎した。