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    mizmiz_ak

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    じろいち。しりたたき。
    いちろうくんがまだでてきません。

    「うるみー、これ、ここ置いとくぜ!
    ずっしりと重いビールケースをカウンター内へ置く。これで、アルコール類の搬入は終了だ。
    店内を掃除していた潤が、にっこりと微笑む。
    「ありがとー、ジロちゃん、そろそろお昼にしない?」
    「お、いいな、ゴチになるぜ!」
    「調子いいんだから。それじゃ、ご飯あっためるわね」
    「よっしゃぁ!潤、コーラもつけてくれよな」
    「はいはい。いつの間に、こんなにあつかましくなったのかしらねぇ」
    潤のため息に笑って、どっかりとカウンターに腰かける。むかしは兄貴のいいつけを守ってかわいい弟でいたが、遠慮がなくなったらこんなもんだろ。
    今日の俺の仕事は、潤のバーのヘルプだ。
    今夜店で貸切のイベントをするのだが、応援のスタッフが急遽体調を崩してしまい、その代打というわけだ。
    冷蔵庫から出てきたばかりのキンキンに冷えたコーラで喉をうるおし、肩にかけたタオルで汗をぬぐう。クーラーがきいているとはいえ、動いていると汗が噴きだしてくる。夏真っ盛りの肉体労働はきついこともあるが、もともと体を動かすのは大好きだ。ちっとも辛いとは思わなかった。
    「はい、どうぞ」
    潤が皿によそってくれたのは、野菜たっぷりのロールキャベツだった。コンソメベースらしきスープはすきとおっていて、兄貴の手作りとは見た目がちがって新鮮だ。食欲をそそるにおいに、腹の虫がぐう、と鳴く。
    「すげぇうまそーじゃん、いただきまーす!」
    「はいどうぞ。いっぱい召し上がれ」
    こんもりと白米が盛られた丼を手に取り、遠慮なくかっこむ。あつあつの肉汁が口のなかいっぱいにひろがって、かなりうまい。もちろん、兄貴のカレーには負けるけど。
    潤は、真昼だというのに氷で満たされたグラスにウイスキーをそそぎ、だまったまま、俺の食べるすがたを眺めていた。やがてこちらのペースが落ち着くと、タイミングを計ったように口をひらく。
    「ジロちゃん、お仕事どぉ?高校出て4月から働いてるから、社会人になって4ヶ月は経ったわよね」
    「んなに経ったのか。あっという間だな」
    「そうねぇ、本当にね」
    「潤、ごちそーさん。うまかったぜ」
    手をあわせて食事を終え、手渡してくれた麦茶をありがたくいただく。
    食欲が落ち着き、心地よい気だるさが全身にまとわりつく。
    カウンターに肘をつき、ぼんやりと、この半年を振りかえった。
    高校卒業後、俺は萬屋ヤマダに就職した。
    兄貴は卒業寸前まで、俺に大学や専門学校に行っていいんだぜって何度もやんわり言い聞かせて、最後まで浮かない顔をしていたけど、俺の意志は揺るがなかった。
    兄貴とふたり夜のダイニングでむかいあって、ほんとにそれでいいのかってしつこい兄貴に、「大学はぜってぇ行かねぇけど、専門行くなら自分で稼いだ金で行く」と宣言したときの兄貴の顔は、いま思い出しても、胸の奥がじんわり痛ぇ。めちゃくちゃ寂しそうで、それなのに嬉しさを噛み締めるような、うまく言葉にできねぇ顔をしていた。あのとき、俺は兄貴を傷つけたのかもしれない。だけどすこしも後悔はしてねぇ。
    (だって、しょうがねぇだろ)
    いつまでも子どものままじゃいられない。
    兄貴に庇護されたままの、かわいい弟のままじゃいられねぇんだ。
    「ジロちゃん?どうしたの?」
    「あ……悪ィ。なんだっけ」
    「もぉ。ジロちゃんのお仕事のハナシでしょ」
    くちびるを尖らせる潤に「ワリィ」と再度あやまって、頭のうしろを掻く。
    「つったって、高坊んときから兄貴の仕事手伝ってたからなぁ。学校がなくなったくらいであんま変わんねーけど、できる事が増えたのはすげーいいぜ。兄貴もいろいろ仕事任せてくれて、やりがいもあるしな」
    「けっきょく、実家に就職だものねえ。だぁいすきなお兄ちゃんをこえるんじゃなかったのかしら?」
    からかう潤の声に、むっとしてしまう。
    「おなじ仕事してたって、こえられねぇことはねぇだろ。それに、俺も兄貴なんだぜ?三郎を一人前にするまで、三郎にも兄貴にも俺が必要だろ」
    「ふぅん?」
    「兄貴も三郎もすぐひとりで抱えこんじまうし、無茶して突っ走るところあるしな。ふたりまとめて俺が支えて、守ってやらねぇと」
    トン、と右手で自分の左胸をたたく。これは、紛れもなく俺の本心だ。
    強くみえて兄貴も三郎も寂しがりやだし、すげぇ頑張り屋なんだよな。俺がそばにいてやりてぇし、その役目をだれにも譲るつもりはない。
    何より、兄貴はずっと、俺と三郎を守って養育してくれていた。三郎が高坊でいるのもあと数年だが、せめてその間だけでも三郎の学費を稼いでやりてぇし、俺だって兄貴らしいことをしてやりたかった。
    「二郎ちゃんらしいわね」
    笑って、潤がウイスキーを注ぐ。昼間からそんなに呑んで大丈夫なのか?つい、いらぬ心配をしてしまう。
    「三郎ちゃん、いま高校生だったかしら」
    「やっと高一。きいて驚け。あいつ、いま兄貴と同じ高校通ってんだぜ」
    「あら、そうなの?」
    「おう。偏差値だって、正直三郎じゃ不釣り合いすぎんだろ?めずらしく兄貴が青ざめてさ、もっとレベル高い高校行っていいんだぜってずいぶん説得したけど、三郎のヤツ、「僕の頭脳はどんな場所からであろうと遺憾無くその能力を発揮してみせます。いち兄の通われた高校に進学して、一兄の偉業を讃え、末永く語り継がれるよう尽力したいんです。それとも、いち兄は僕の優秀さが信じられないんですか?」ってさぁ!あんときの兄貴の顔、見ものだったぜ」
    なんともいえない顔つきで、潤が腕を組む。
    「三郎ちゃんも言うわねぇ」
    「まーな。成績は相変わらず全国トップだし、ま、好きにすりゃいいんじゃねぇの。よくわかんねぇアプリ開発バンバンやりまくって稼いでるし、兄貴もよろこんでるし。三郎いわく、萬屋ヤマダがベンチャーのキングになる日も近いってさ」
    手をたたいて潤が笑う。
    「最強のブラコン三兄弟ね。あいかわらずで安心したわ」
    「当たり前だろ。バスターブロスは永遠に最強だぜ」
    右手でハンドサインを掲げてみせると、潤も応じてくれる。機会は少なくなったが、バスターブロスは現役だ。数ヶ月に一度はライブを開催し、盛況を誇っている。何を隠そう、つい最近、兄貴と新作の作成にとりかかったところだ。今度はどんな曲をつくろうかと考えるだけでワクワクする。次は三郎の手もかりて、手の込んだPVもつくってみてぇ。
    「とりあえず今の目標は、兄貴と共同経営者になることかな。そのためにも、もっともっと仕事しねぇと」
    頭のうしろで腕をくみ、未来を思い描く。できる仕事の幅をふやして、もっと兄貴に頼られたい。俺の稼いだ金で、兄貴と三郎にいいものを食わせてやりたいし、家族旅行にだってたくさん行きてぇ。そのためには、今はただがむしゃらに働くだけだ。
    カウンターに頬杖をつき、潤がやわらかく微笑む。
    「頑張ってね、ジロちゃん。なんだか、ちょっとみないうちにイイ男になってきたわよ」
    「ホントかぁ?」
    「私がウソ言うと思う?」
    「言わねぇな」
    「でしょ」
    潤は俺の額をデコピンすると、グラス片手にカレンダーをみた。
    「学生は夏休みまっさかりなのに、ご苦労様。ジロちゃん、今年はお仕事ばっかりで夏が終わっちゃいそうね」
    「は?」
    「え?」
    ぱちん、と潤がまばたきをする。
    俺もパチパチと瞬き、潤の言葉を頭のなかで繰り返した。
    「夏が終わる?」
    「ええ。だって、もうそろそろ8月の半ばも過ぎるでしょ」
    ぽかん、とくちびるを開き、潤をみつめる。夏が終わるだって?んなモンやべぇだろ。最悪だ。
    兄貴とつきあってるのに、俺、なんもしてねぇ!

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