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    seasnow_huu

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    seasnow_huu

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    丑戌おにショタちあみどの初っ端。アクション無理なのにどうして書いてしまうのか……

    秋深く、色づいた葉たちの彩りが舞う日のことだった。赤く染まる紅葉や黄金の銀杏の中で目を引く鮮やかな紅色は、本来冬に咲く椿の花弁の色だと千秋は知っていた。現世と常世の境界であるこの道には、季節を問わずこの花が咲き乱れるのだ。
     そして千秋は、紅葉の道の真ん中に見慣れないものがあることに気付いた。亜麻色の毛玉に見えるそれは、犬か何かの動物のようだった。慌てて駆け寄り、丸まっているそれをよく観察しようとして──一瞬、手が止まる。毛玉の正体は、亜麻色の柔らかな髪を持つ六、七歳ほどの少年だったからだ。目を閉じているその少年の顔立ちは非常に整っていて、愛らしい人形のようだった。更には少年の頭には犬のような耳が生えており、体温と心臓の拍動がなければ人形と間違えてもおかしくない。
    「……もしもし、聞こえるか?」
     目を覚まさない少年の、犬耳に触れて軽く引っ張る。作り物ではない、生物としての温もりが通う耳だ。感覚があったのか、少年は眉間に皺を寄せ、ううん、とむずがった。長い睫毛に縁取られた瞼が薄く開かれ、千秋は現れた綺麗な空色の瞳に目を奪われた。ぱちぱちと目を瞬かせる少年に、千秋は笑いかけてみた。
    「安心していいぞ。俺はおまえを助けるからな」
     少年はぼんやりとした表情で、しかし千秋の言葉の意味は掴めたのか、うっすらと微笑んだ。花が綻ぶようなその笑みに、千秋は息を呑む。作り物のように整った顔が、ふにゃりと無邪気に崩れた瞬間に愛おしさが込み上げる。千秋が再三声を掛けようとしたその時、少年は瞼を閉じかくんと頭を垂れた。再び意識を失った少年を千秋は抱き抱え、常世へと向かった。
     

     翠、とその少年は名が付いた。彼の碧眼をカワセミの青い宝石のような羽根と見立てての命名だった。
     翠は頭に生えた犬の半立ち耳の他にふさふさとした尻尾を持っていた。人ならざるものなのは最初に出会った時にも分かっていたが、その正体はいずれ神となる子だ、と千秋の友人である未神《ひつじがみ》の奏汰は推測を立てていた。
     常世に住まう神々のなかには、十二神という枠がある。彼らはそれぞれ、十二の時、十二の年、十二の方角を司り、現世の人間たちを見守る役目を負う。翠はそのうちの戌神の幼体なのではないか、と奏汰は言った。現在の戌神は力が衰えつつあり、代替わりも間近な状況だという。千秋ら人ならざるものは誰かの願いを反映して生まれることもある。その「誰か」は必ずしも人間ではなく、翠はそういった状況から生まれ落ちた存在ではないか、と。
     翠自身は、自身の出自についての記憶を持っていないようだった。精巧な人形のような相貌を持つわりに、口を開けば悲観的な言葉を発するような消極的な性格で、自身の正体について知らされれば青くなって蹲り震えるほどだった。兎にも角にも保護と教育が必要だと判断され、千秋はその養育係を申し出た。翠がいずれ戌神となる存在であれば、より近しい存在である奏汰のほうが適任だろう、という意見が他の神々から出たが、奏汰は千秋を推薦した。後からその理由を訊ねたが、
    「きっとちあきには、みどりが『ひつよう』です。みどりにちあきが『ひつよう』なように」
    と返された。神としての能力なのか、時たまに神託めいた発言をする千秋の友人は、その言葉の意を明かさず、翠は千秋が暮らす屋敷へ預けられることになった。

     翠を拾った秋の日からほどなく、葉が落ち裸となった木々が寒そうに佇む晩秋の候となった。翠はぶつくさと文句を垂れながらも字の書取り帳に向かってくれている。対面に胡座をかきその様子を至近距離で見守ろうとした千秋だったが、ものの数秒で「集中できない」と睨まれたため、庭に面する障子を開け放して縁側に寝転がり書を読んでいた。
    「おれ、りっぱな神さまになんか、なれないよ……」
     不意にそんな呟きが聞こえて、千秋は翠に視線を向けた。翠は筆を投げ出しており、ぺたりと座布団に伏せてしまった。
    「そんなことを言うな! おまえには才能があるんだっ、絶対に戌神になれる……⭐︎」
     千秋は書を閉じると、笑いかけながら近寄り翠のふわふわな髪をガシガシと撫でた。翠の肩がびくっと跳ね、そして諦めたのか再び力を抜き、成すがままにされる。
    「……おれのこと、なんにも知らないくせに」
     翠の尻尾はしゅんと垂れ下がり、両足の間に挟まっている。色素の薄い髪色と同じ色の半立ち耳は後ろにしょんぼりと倒れており、これらが不安や警戒を抱いているときのしるしだと書物に記してあったのを思い出す。
    「……そろそろ、休憩しようか。おやつを持ってくるぞ」
     粗雑な手つきを改め、くるんと癖のついた髪を梳くようにして撫でつけてそう言うも、返事はない。一人肩をすくめて立ち上がると、千秋は台所へと向かった。
     この屋敷は、千秋が神使として仕える丑神から賜ったものだ。神々や妖が住む常世の中でも人間が暮らす現世に近い場所にあり、千秋は現世に悪さをする妖がいないか監視している。広い庭つきの屋敷は千秋と翠ふたりが暮らすには大きすぎるが、千秋が五人分ほどの元気をもって翠の周りを賑やかせばそれで良いと思っていた。
     しかし、翠の控えめな性格は千秋の思惑とは相性がかなり悪かった。翠は千秋の大声に怯え、触れ合おうとする度に逃げた。先ほどのように気軽に頭を撫でられるようになるまでにも数日を要した。現在でも、千秋が事あるごとに抱きしめようとすると「暑苦しい」とげんなりされる。屋敷にも千秋にも警戒を解かない様子は、見ていて心苦しい。初めて出会った時に心を奪われた綺麗な碧眼は常に曇っていて、晴れた場面を見たことがない。いまは千秋さえも信用しきれていない様子でも、いつか心の垣根を取り去ってくれればいい。──そう思って今日まで共に過ごしていたが、翠は相変わらず千秋に対して無愛想だ。
    「なんにも知らない、か……」
     台所に着いた千秋は、先程翠が呟いた言葉を反芻した。翠は、椿の道で倒れる以前に何かしらがあったのだろうか。てっきりそこで生まれ落ちたとばかり思っていたが、それにしては翠は他者に対しての壁が分厚い。その壁を打ち壊してやりたいと思う千秋だったが、力任せに壁を壊せばその破片が内側にいる翠を傷つけしまうだろう。翠自身が壁から顔を覗かせるまで、時間の許す限り待つことしかできないのだろうか。
     千秋はただ、翠に笑って欲しいのだ。棚に見つけた栗羊羹を小さく切り分け、皿に二本の楊枝と共に乗せる。これを食べて喜んでくれると良いのだが、と思いつつそれを片手に翠がいた部屋へ向かった。
    「翠、栗羊羹を持って来たぞ〜!」
     襖を勢いよく開けるも、翠の姿は無かった。厠にでも行ったのだろうか、と思いつつも胸騒ぎを覚え、手にした羊羹を机に置くと縁側へ出る。すると、小さな悲鳴が遠くから聞こえてきた。
     たすけて、と。
     翠の声だと確信した千秋は、すぐさま床を蹴った。妖力を使えば身体能力を強化し、対象を追跡することはたやすい。飛ぶようにして庭を横切り、跳び上がって屋敷を囲う塀に登る。声のした方角に目を凝らすと、竹林の合間に黒い影が蠢くのが見えた。地面に降り立つと、竹の合間を縫うように走り、その影へと迫る。視界に捉える影の姿が大きくなると、黒い腕らしきもので小脇に抱えられた翠の姿を確認することができた。千秋は地面を強く踏み込んで跳び上がると、大きなその影の腕の付け根あたりを目掛け手刀を振り下ろした。妖力で強化された千秋の手刀は黒い靄状の怪物を引き裂き、切り離された腕ごと翠は宙に放り出された。
    「わ、ぁっ……!?」
    「翠!」
     着地した千秋は、すぐさま群集している竹を足場にして空中へ垂直に駆け上がり、翠を抱き止める。
    「怪我はないか!?」
    「あ、ぅ……?」
     目をぱちくりとさせた翠に目立った外傷はない。着地した千秋の顔をぼんやりと見つめていた翠の顔が、ひ、と恐怖で歪んだ。視線の先、背後に敵がいることを知った千秋は、懐から札を取り出し振り向きざま影に向かって放つ。札を貼り付けられた蠢く影は一瞬動きを止め、悶え苦しむように体をうねらせる。地を這うような低い声が一帯に轟き、腕の中の翠がぎゅうっと守沢にしがみつくのが分かった。
    「──すまないな。せめて、次の輪廻では穏やかな生があるように祈っておこう」
     千秋が妖力を練って作り上げた札は、妖怪を消滅させることができるものだ。黒い靄が雲散霧消して小さくなっていくと共に、影が発する声はか細くなっていく。千秋は眉を顰めると目を伏せ小さく頭を下げた。苦しませた末に逝かせることへの謝罪であり、弔いだった。やがて、影は跡形もなく消え去った。
    「……改めて、無事か? 翠」
     翠を地面に立たせ、屈んで翠と視線を合わせ乱れた服や髪を整える。翠の顔は青褪めていたが、どうやら無傷なようで胸を撫で下ろした。
    「は、はい。今のは……?」
    「妖怪……の、なり損ない、みたいなものだ。ああいうのが力をつけると妖怪になって人に災いをもたらすようになる。俺はそういった悪者を祓うことができるんだ」
    「……ようかいは、わるものなの?」
    「……ああ、そうだ」
     怯えた表情にぎこちなく笑いかけると、そっと頭を撫でた。
    「あの手のものは、力を求めているんだ。おまえは神力がたくさん備わっているから目をつけられたんだろう。どうして外に出たんだ、翠」
     翠が顔を伏せる。胸が痛むが、ここは説教をしなければいけない場面だろう。心を鬼にして、千秋は眉で逆ハの字を作り、強ばった口調で問い詰める。
    「……にゃんこが、いたんです。ごめんなさい……」
    「おまえはまだ術を使えないだろう。屋敷は結界があって安全だから、迂闊に外に出ないようにな」
    「……はい……」
     しょぼくれる翠に心が痛んだ。がらんとした屋敷には娯楽もない。迷い込んだ猫に心惹かれるのも当然だろう。遊びたい盛りの幼い少年に勉強ばかりさせている千秋にも非があるといえる。
     千秋は翠の両頰に手を添えて顔を上げさせると、翠と目を合わせた。そして、歯を見せて笑いかける。
    「よし、反省できたなら説教はおしまいだ。おまえが無事で、良かった」
    「……」
     わしゃわしゃと翠の頭をかき撫でて、翠の手を引いて屋敷へと足を向ける。
    「今度、都にお出掛けしような」
    「……。うん」
     翠はちいさく微笑むと、千秋の手をぎゅっと握りしめた。

     神といえどまだ幼い体には負荷が大きかったのか、黒い影が放っていた瘴気に当てられたのもあって、その日の翠は具合が悪そうだった。休んでいれば治る程度のものだったため、勉強は切り上げ、日が沈むと早めに就寝することにした。
     千秋は、翠が屋敷に来た当初一緒の布団で寝ようと誘ったのだが、翠に露骨に嫌な顔をされて以降、大人しく二つ布団を並べることにしている。たまに懲りずに誘うのだが、翠は無視して己の布団に入ってしまう。しかし今日は、千秋がいざ寝床に入ろうと布団を捲ると、暗闇の中で碧い瞳が光っていた。一瞬幽霊かと考えて身構えてしまうが、すぐにその正体が翠だと気付く。
    「……」
    「ど、どうした? おまえの布団はあっちだぞ」
    「……」
     翠は黙ったまま、自身の布団から持ち込んだであろう枕をぎゅっと抱いて動こうとしない。恐る恐る千秋も同じ布団の中に潜り込んで枕に頭を預けると、がし、と足を蹴られた。
    「痛っ。おまえなぁ……」
     呆れた声を出した千秋に、翠はがばっと抱きついてきた。予想外の出来事に千秋は固まってしまう。
    「……今日は、さむいんで。それだけっすから」
     勘違いするな、という響きを持つ翠の言葉に、千秋はつい口角が上がってしまう。素直になれない少年の言動は、大変可愛らしい。
    「……そうだな、寒いもんな。よしよし、俺が温めてやろう」
     千秋が翠の背に腕を回しぎゅうっと抱きしめるも、翠は抵抗しなかった。一定の調子でゆっくり髪を撫でつけるうちに胸元から健やかな寝息が聞こえ、千秋は柔らかな温もりを感じながら眠りに落ちた。
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