ミツギは愛を囁かない 「帰り遅くなる」っていう一言メッセージを確認して俺は背を伸ばした。夕飯の準備があるからそういうのは早めに連絡してと注意してから、ミツギはそれを守って俺が買い物へ行く前には連絡をくれるようになった。つっても飯は作るし、ミツギが帰ってくるまで食うのも待っているんだけど。それはミツギに怒られたけど「一緒に食いてえんだもん」って言ったら「しょうがねぇな」って笑ってくれた。
ミツギと同棲をはじめてもう2年近く経つ。バイトはまだ続けてはいるものの、本気で建築士の資格を取るために以前よりは減らした。ミツギからはバイトを辞めろって言われたけど、さすがにそこまでコイツの世話になるのは俺のプライド的に許さなかったっつーか…まあそれは今はいいとして。家に居る時間が増えたおかげで、家事全般が前より効率よくできるようになったし、ミツギもちっとだけ片付けをするようになった。
現在時刻は夕方の4時すぎ。買い物には少し早いと思いテレビを付ける。ニュース番組やドラマの再放送を流し見しているとある特集を目にした。それは、貴方は恋人に愛していると伝えていますか?という道行くカップルに問いかける内容だった。
「愛してる、か…」
アイツは全然言葉にしないな。ミツギにそれを言われたいかと自分に問えば…答えはイエスでもノーでも無く曖昧だ。言われたら嬉しいし、言われなくても別に問題は無い。てか反応に困るし。だけど……。
「俺が言ってもアイツあんまり反応してくんねぇもんな」
例えばセックスの最中に言えばそれはまた違うんだろうけど。実際、何度も好きだ好きだと言えばミツギはそれに反応して動きも激しくなる。だけどセックスを終えてミツギに「好きだ」と言っても「知ってる」とか「はいはい」って流される。そこで強請れば言ってはくれるけど、それってミツギの本心ではないだろうから。アイツが俺の事、好きなのはわかってる。わかっているから「愛してる」とか「好きだ」なんて言われなくても平気…なはずなんだけどなぁ。
「おかえり、思ったより早かったじゃん」
「おう、ただいま」
夜の9時。帰宅したミツギが着替えている間にちょっと遅めの夕飯をテーブルに並べた。今日は肉が安かったから俺特製のすき焼きだ。
「卵いる?」
「いや、いい…つーか量多くねぇか?」
「肉入れすぎちまった…おまえも食ってね」
他愛のない会話をしながら飯を食う。安かったわりに美味い肉にミツギもご満悦だった。あっという間に食い終わって片付けをしていると、ミツギが珍しくテレビをつける。
「何、なんか見たいもんでもあるん?」
「今日放送されるドラマに、うちが建築した物件が出るんだと、だから社長が見ろってさ」
「へーすげぇじゃん、俺も見る見る!」
ドラマは売れっ子アイドルが主演の恋愛ドラマで、主人公の同僚が住む家がミツギの会社が建築した建物だった。と言っても外観だけらしく、家の中はセットっぽいなとぶつぶつ独り言をもらしていた。俺はそれよりもドラマの内容が気になって仕方がない。思ったより修羅場のシーンで主人公が同僚にこう叫んだ。
『好きならちゃんと言葉にしてよ!』
「消すぞ」
「あ」
すごく先が気になる所で消されたんですけど⁉俺は抗議の言葉をミツギに言おうとして別の言葉を口にした。
「…今の、どう思う?」
「あ?」
「好きならちゃんと言葉にしてよって台詞」
ミツギは俺の顏を見た後ため息を吐いて、ソファに深く座りなおした。そして手招きして俺を呼び寄せる。素直に隣に座ってミツギに寄りかかると、ふっと笑う声が聞こえた。
「おまえはどう思うんだ?」
「俺は…べつにどっちでも」
「本心は?」
「……」
ずるい聞き方だ。言わなくてもわかるくせに。俺は拗ねたようにミツギから視線を外すと「ちゃんと言葉にしろよ」なんて言ってきやがった。
「おまえずるくない?」
「なにが」
そういうとこだよって胸元を叩いたら肩を抱き寄せられる。俺はまだミツギと視線を合わせないまま「たまには好きって言って欲しい」と小声で言った。ミツギの手が肩から移動して頭に触れた。撫でられたかと思えば今度は額を思いっきり押されて上を向かされキスをされた。ちゅうちゅうと唇を吸われるだけのキスに俺は耐えかねて唇を開けて舌の先端を出すと、ミツギはそれを吸った。もっと欲しくて口を大きく開ける。引っ込んだ俺の舌を追いかけてミツギの舌が俺の口の中に入ってきたのがわかって俺は声をあげた。
しばらくキスで盛り上がっているとミツギが顔を離して俺を見た。頭がぼーっとする状態で俺もミツギの顔を見つめた。ミツギはそんな俺の頭をまた撫でて額にキスをされる。
「言葉なんかより、態度で示せばいいだろ」
「へ?」
「俺はそうしてるつもり、なんだがな」
そう言って苦笑いするミツギを見て、それもそうかと納得して…いやいや、それでもやっぱり態度より言葉が欲しいと思う気持ちもあるから、だから俺はドラマの台詞を頂戴して「好きならちゃんと言葉にしろ」っつった。ミツギは目を細めて俺の名前を呼ぶ。そんで普段滅多に聞かない優しい声で言う。
「おまえが好きだよ」
…ああ、だから反応に困るっつったんだ。目から溢れて止まらないそれを、ミツギが笑いながら拭ってくれた。