イクリプス 達也は幼き頃こそ四葉家の本邸にとどまっていることが多かった。けれども外に出た時期、丁度中学生くらいからだろうか。一度火が付いた火種が、止まることなく燃え続け、広がっていくかのように、好奇心というものが揺さぶられた。
元来の性格が、好奇心旺盛だったのだろう。歯止めをかけられていた分の衝動とでもいえるかのように爆発的に突き動かされたそれは、止まることを知らなかった。
ゆえに、達也には独自のコミュニティがあった。一人、また一人と繋がっていくうちに、達也の元を知った大人たちが、自分の利の為だけではなく、動かされたのだ。それは彼の人たらしな一面が大きく影響しているだろう。
無意識のうちに波紋を広げていったそれは、次第に強大なコミュニティを形成していき、独自の情報網となった。
四葉家にもおそらくその実態を知られていないそれは、ある意味では最悪のものであった。なにせ、四葉家すらも手を結べていない所まで、達也は手段を持ってしまっている。いつ形成が逆転されるかもわからない。封じるならば、彼自身を四葉家という鎖に繋がなければいけないだろう。しかし、コミュニティに属する者たちがそれを許容するかどうかは、また別の話である。
結局の所、達也は四葉家にも安易には手出しできない存在と成ってしまった。たった一度の解放によって解き放たれた彼の好奇心は、四葉家の想定を上回る勢いで、無垢の獣を生み出したのである。
***
「一本どうだい?」
嗜好品の一種であったそれは、現代においては健康を害するものとして厳しい取り締まりが行われている。それどころか、高い税金を掛けられているために、おいそれと手出しができるものではない。
つまり、それを手にできている人間はよほどの権力者か、あるいは金持ちか。この男の場合は後者であった。
「自分はまだ、未成年ですので」
達也はそう言ってやんわりと断るが、この男は案外強引な性格をしている。見た目にそぐわないその強引さは、一種の武器であった。
男はこれまた高そうなハンカチに煙草と企業のロゴが入ったライターを包み、達也の胸ポケットへといれた。
「いずれの日に」
いずれ、というよりは隠れて吸えばいい、という促しだろう。勿論、法律で禁じられている以上、達也がそれを口にすることはない。適正年齢になった時には、その煙草はもうしけっていることだろう。
無駄になるか、それとも別の人間に吸われるか。
「ご冗談を」
「冗談ではないのだがなぁ・・・」
経験は大事だ、と男は笑った。
「こらこら、達也君はまだ未成年。それにそんな害のあるものを・・・大事な彼の脳みそに何かがあったらどうする」
二人の間に割って入ってきたのは、これまた上等なスーツを着こなした男。今度は元来の金持ちではなく、実力で成り上がったタイプの金持ちであった。
先にいた男とも親交関係はあるのだろう。二人は握手を交わし、それから達也の話をし始めた。こうも至近距離で自分の話をされる、というのはくすぐったいものがあるが、今ここを離れる、という選択肢は達也の中にはなかった。
現在、八月十二日。場所は富士演習場南東エリア近くの軍施設の一部であるホテル、そのホールである。つまる所、全国魔法科高校親善魔法競技大会の最終日、その終幕ともいえる懇親会の真っ最中であった。
閉会式もそうそうに終わり、企業マンたちが活躍した選手やエンジニアに声を掛ける場、と言えば分かりやすいだろう。そうそうに名を挙げた選手たちの元に人だかりができるのと同時に、達也の周りにも同じように人だかりが出来上がっていた。
しかし異様であったのは、集まった者たちの服装である。
他の者たちの周りに集まる企業マンよりも、おそらく仕立てがいい服装をしている。その手にはワインを持ち、後ろには秘書やら執事やら。明らかに雰囲気が違った。
周りも怖気づいてしまい、寄ってこようともしない。いつもなら嫌味の一つや二つも飛んできそうな所であったが、一科の生徒たちですらもその異様な雰囲気にのまれていた。
「臆病者め・・・」
達也は小さなため息を吐き出し、グラスに口を付ける。
俗称、イクリプス・コミュニティ。司波達也を中心にして出来上がったそのコミュニティは、そう呼ばれていた。
イクリプスとは、蝕の意味を持つ。つまるところ、姿を消す、や、力を失うことを意味している。栄誉や名声、権勢など、彼らに関わるのは辞めた方がいい、という意味。触れようものならば取り込まれ、失墜する。
関わるな、触れるな、見るな、聞くな。
その声を聴けば、たちまち力を失うことになる。
その姿を見れば、たちまち姿を消すことになる。
あぁ、そうかと達也は気が付いた。そのことに男も気が付いたのだろう。微笑みを浮かべると、新しい煙草を取り出して達也へと差し出した。
今度は拒むことはしなかった。彼が手に持ったまま達也はそれを加え、別の男に火を付けてもらう。
灯された火が揺らめく。
一度燃え始めた火は、消えることを知らずに広がり続ける。
紫煙が吐き出され、宙へと広がる。誰もがその行為に釘付けになった。誰もがその行為を恐れた。
あぁ、きっと彼らに誰も手出しはできない。まるで獲物を狙う蜘蛛のように、周到に張り巡らされた罠は、きっと誰も逃がしはしないだろう。