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    eve_nya0

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    eve_nya0

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    メイドの日ネタの日狛。
    狛木支さんがメイド服を着てくれます。

    冥土の土産はその手の中に「……キミ、やっぱりちょっとおかしいんじゃないの?」
     着替えがすんだのだろう。ガチャリとドアの隙間から顔を覗かせた狛枝が、呆れたとでも言うような声でさ開口一番、鋭く言い放つ。
    「俺がおかしいんだったら、俺のことを自分に似てるって言ってたお前も大概おかしいってことでいいよな?」
     ベッドに腰掛けたまま、勝気に言い返せば、狛枝の顔がぴくと歪んだ。
    「……昔はすぐに言い負かされて、可愛げがあったのに」
    「なんだ、お前。俺のこと可愛いなんて思ってたのか。俺は、お前に言い伏せられてもずっと可愛いと思ってたけど」
     はぁ……という深いため息と共に飛び出した惚気のような言葉に、応えるように惚気てやれば、「……本当に、頭どうかしてるんじゃないの、キミ」なんて拗ねた声が一つ。
     でも、そんなことを言うくせにお前の耳が少し赤いのが、今日はよく見える。いつもうねった髪の隙間から少しだけ覗いているそれは、ふりふりのフリルときめ細やかなレースがあしらわれた白い帽子の中に髪が束ねられているから、とても無防備に晒されていた。
    「そんなところにいつまでもいないで、入ってこいよ。着替えたのに、今更恥ずかしがってもしょうがないだろ」
    「……わかったよ」
     渋々とドアにかける力を強くした狛枝が、キィ……という音と共にしずしずと寝室へ足を踏み入れる。
     そうして全貌が明らかになる衣装。黒色の質素な襟付きのロングワンピースに、控えめなフリルが施された真っ白なエプロン。その胸元や裾には細かなレースがあしらわれていて、派手と言えるほどではないが、ささやかな主張が可愛らしい。腰のあたりできゅっと結ばれた大きめなリボンに、束ねた髪の毛を覆うように頭上に乗せられた白い帽子。正しくクラシカルなメイド服だった。
     狛枝が一歩足を踏み出すたびに、ワンピースの中から黒のストッキングに包まれた爪先が垣間見える。
     日向クンが言うから仕方なく、なんて不満がたっぷりのせられた顔を微笑ましく思えるようになったのはいつからだろうか。せっかく、メイド服を着てくれたのだから、ただ立たせたり、歩かせるだけでは面白くない。
    「なぁ、ちょっとターンしてみてくれないか?」
    「……はぁ?」
    「いいから。せっかくロングのワンピースなんだ。そういうのロマンだろ」
    「……意味、わかんないんだけど」
    「俺がまた着てほしいって言ったのを覚えてて、買ってくれたんだろ? あれだけ渋ってたのに着てくれたんだから、ターンするくらいいいだろ」
     
     そう。元はと言えば、俺がメイド服を着てほしいと狛枝に頼んだのだ。
    「なァ、5/10は5月がMayで、10日がドって読めるから、メイドの日なんだってよ。日向チャン、知ってっか〜?」
     ほろ酔いの左右田がケタケタと笑いながら漏らしていた雑学に、そういえば修学旅行の時にエプロンドレスをプレゼントしたら、狛枝が着てくれたことがあったなと思い出したのが数日前。
     二人で囲むようになって久しいテーブルで、夕食に並べたほんれんそうのおひたしに箸をつけながら、「そういえば」なんて話せば、「そんなこともあったね」なんて機嫌のいい狛枝が笑うのに気をよくして、「また着てくれよ。今度は変な機能のない、普通のメイド服。あの時はミニ丈だったから、今度はロングがいいな。お前、似合うと思うぞ」と伝えた。
    「……ボクたち、もうアラサーだよ? あの時は若気の至りってやつだったからいいとして。こんな歳になってメイド服を着るなんて馬鹿げてるし、ボクなんかの女装を見たがるなんて、やっぱりキミ、ちょっとおかしいよ」
     心底意味がわからないという視線をよこす狛枝に、昔なら少しは怯んだだろうに。何度恋人になってほしいと伝えても、「友達がいい」「キミとあの修学旅行で繋いだ友達という関係をなくしたくない」だなんて可愛らしいことを口にして、嫌だ嫌だと首を横に振るお前を宥めすかすのに、俺がどれだけ時間をかけたと思ってるんだよ。今更、何を言われたって、結局俺のわがままに頷いてしまうくらい、こいつは俺のことが好きなんだと知っているから、かわいいなとしか思えなくなってしまった。
    「別に、無理に着てほしいなんて言わねぇよ。俺は、お前の女装だったら何を見ても嬉しいぞ。お前が着てくれるって言うなら、バニーガールでもいいくらいだ。」
    「は、はぁ……!?」
     狛枝にしては珍しい素っ頓狂な悲鳴が上がったことにくつくつと笑っていれば、「……絶対着ないからね」なんて恨みがましい声が返ってきて。
     昔は自分の意見が独りよがりなことがわかっていても曲げる気はないという男だったのに。いや、今でもそこは変わらないのだけれど。付き合ってからというもの、俺が何度もねだり続ければ、「……仕方ないなぁ」なんて言うのだ。おねだりを聞いてあげているということに優越感を感じるのか、日向クンがそこまで頼むなら、聞いてあげないのも可哀想だよねなんてポーズをとりながら、アブノーマルなプレイだってしてくれることを知ってしまったから。
     だから、きっとこのおねだりもいつか叶えられるのだろうなと、「ああ、楽しみにしてるぞ」と笑ってやった。
    「……キミ、そんな性格悪かったっけ」
     なんだか呆然とした様子の狛枝に、「お前と付き合ってるからじゃないか?」とあっけらかんと言い返せば、「……そういうところ……」なんて声が尻すぼみになっていく。
    「お前と付き合えるなら、性格が悪くなっても大歓迎だぞ、俺は。むしろ、こんな世界で生きていくにはちょうどいいんじゃないか?」
    「……ほんとう、馬鹿なんじゃないの……」
     その日も、うねった前髪の隙間から覗く耳が、ほんのりと赤かった。
     
    「……キミ、本当に可愛くないよ。昔、エプロンドレスを着た時は、大慌てで顔を赤くして、『……に、にあってる』なんて言ってくれたのに。一番最初に言うことがそれ?」
    「なんだ、お前。褒めてほしかったのか。すごい似合ってるぞ。結構本格的なやつ買ったんだな? 際どい衣装でもないし、わざわざ隠さなくてもよかったじゃないか。シンプルなのにところどころフリルとレースがあしらわれてて、派手じゃないのに華やかだ。黒と紺があるって左右田が言ってたけど、黒にしたんだな。お前、髪も肌も白いから、黒が映えるよな。ヒョロっとはしてるけど、やっぱり体格のラインが男なんだなって感じさせて、すげぇいい。狛枝、本当によく似合ってるぞ」
    「……あのさぁ……。そういうこと言ってて恥ずかしくならないの……」
     褒めてほしいみたいだったから、思いつく限りの言葉で褒めてやったら、狛枝の顔がじわじわと赤くなる。声も消えてしまいそうなほど小さくて、照れているのが丸わかりだ。
    「ちゃんと言わなきゃ伝わらないって、ここ数年で嫌と言うほど学んだからな。それに、俺がお前に何回告白したと思ってんだよ。メイド服を着てくれなんて頼める時点で、今更、恥もクソもねーよ」
    「……ほんとう、かわいくない……」
     俯きがちの狛枝が、いじけたように指先でワンピースをきゅっと握ったり、離したりを繰り返す。
    「ターンしてくれないのか?」
    「……キミさぁ、ボクがなんでも言うことを聞くと思ったら大間違いだよ」
    「でも、メイド服は買ってたじゃないか」
    「……っ、それは、気の迷いで……っ」
    「しかも、俺が着てくれって頼んだら、今だって着てくれてるだろ」
    「……それは……」
    「それは、なんだよ」
    「……キミが、そういうの好きだって、左右田クンが言ってたから。だから、その、恋人として、日向クンが欲求不満にならないように、たまにはこういうのもいいかなって……」
     左右田、お前、酔っ払いすぎて、話を捏造してるだろ。自分が長らく色恋沙汰と無縁だからって、狛枝に変なことを吹き込むなよと言ってやりたいけれど。左右田のホラ話のおかげで狛枝がメイド服を着る気になってくれたのだと思えば、叱るにも叱れない。
    「…………」
    「だから、別に、キミのおねだりを全部聞いてるわけじゃないし……」
     というか、狛枝。お前、自分がそこそこの爆弾発言をしたのに気づいてないのか? 恋人としてなんて健気な言葉が、こいつの口から聞ける日が来るとは思わなかった。
    「…………」
    「……ねぇ、聞こえてる?」
    「……あ、ああ。」
     狛枝のやつ、恋人だなんてさらっと言えるようになったんだな……と思わず感極まっていれば、不機嫌そうな声が向けられる。
    「それで、ターンはしてくれないのか?」
    「キミ、ボクの話、聞いてた?」
     は?の乱舞が聞こえてきそうな絶対零度の響きも、今になっては微塵も怖くない。こいつが、なんだかんだで俺に甘いことも、俺を好きなこともこの数年で何度も知ってしまったから、子猫の威嚇を見ているような気分だ。
    「聞いてたぞ。聞いてた上で、俺が欲求不満にならないように努めてくれるなら、ターンをしてほしいと思ってる」
    「……そんなに、見たいの……?」
     ほら見ろ。何度もゴリ押しすれば、意地を張っていたのが嘘みたいにおずおずと尋ねてくるのだ。
     どうせ、日向クンの思い通りにばっかりなってるのは癪に触るけど、そこまで言うならしてあげてもいいかな。とでも思っているのだろう。
    「ああ、見たい」
     問いかけに力強く肯定の意を返してやれば、「……そこまで言うんなら、いいよ」なんて仕方ないなぁみたいな響きと共に、狛枝が右足を軸にしてゆっくりとターンする。
     ふわりと広がるワンピース。白いフリル。少し捲れ上がった隙間から、薄手のストッキングを纏った細いふくらはぎがちらりと見える。髪の毛を覆っていた帽子は後ろに白いリボンが付いていたようで、腰を締め付けていたものと合わせて、レースがあしらわれたそれがゆったりと宙を舞う。
     ゆっくりとターンを終えた狛枝が、ワンピースの裾をそれぞれの手で小さくつまんで持ち上げる。右足を少し斜め後ろに下げたかと思えば、左足の膝を軽く曲げた。
     昔、テレビで見たどこかの国のお偉いさんへのお辞儀に似たそれをぼうっと見つめていれば、姿勢を正した狛枝が、両手をお腹の上で重ねてにっこりと微笑む。
    「……これで満足?」
    「ああ、やっぱり、こういうのロマンだよな」
     ターンとお辞儀をしただけだと言うのに、ここまで様になるなんて。なんでもそつなくこなしてしまうところを知るたびに、そんな男がどうしようもなく自分の感情に不器用なことを愛おしく思う。
    「ずっとその格好っていうのも落ち着かないだろ。着替えてこいよ」
     本当はこれっきりで済ませるつもりなどないのに、すっかり満足したとでも言う様子を見せれば、狛枝の眉がぴくと動く。
    「……ねぇ、日向クン、知ってる?」
    「なにをだよ」
     傍に置いていた本を手に取って、もう全く興味がないというそぶりを取る。狛枝の唇がゆっくりと弧を描くのを感じながら、素知らぬふりをする。
    「メイドの語源は『maiden』って言ってね、未婚の女性を表すらしいんだ」
    「ふーん。それでお前は何が言いたいんだよ」
     ぱらり。全く頭に入らない小説をとりあえず捲って、平静を装う。
    「……ボク、既婚で男性だから、正反対だね?」
    「そうだな」
     ゆっくりとベッドに近づいてきた狛枝が、片足をのせた重みでぎしりと聞き慣れた響きが落ちる。
    「プロポーズの言葉、忘れてないよね? 『他の誰に認められなくても、俺たち二人が思ってれば結婚ってことでいいだろ』だっけ? 本当、あんなクサい言葉、どうやって思いつくの? そうやって本を読んでストックを貯めてるのかな? ボクも結構本を読むんだけど、あんなセリフ思いつかないよ!」
    「そんなわけないだろ、全部俺が考えてんだよ」
     嫌味な態度で、俺が手にしていた本をつつく狛枝を諌めるように顔をあげる。
    「……据え膳食わぬはなんとやらって習わなかった?」
     俺の手のひらから本を取り上げた狛枝が、太ももの上に座り込む。熱のこもった瞳でじっと俺を見つめながら、少し躊躇ったように唇を開く。
    「……ボク、ずっと待ってるんだけど。……ねぇ、旦那様」
     勝ち気に見えて、少し不安を孕んだそれがおかしくて、思わず笑いながら言ってやる。
    「わかりましたよ、ご主人様。今日は、どうしてほしいんだ?」
    「……っ、キミ、修学旅行の時のこと、まだ根に持ってるの……」
     常夏の島、エプロンドレスを着た狛枝に強制された呼び方。昔は恥でしかなかったそれも、今なら簡単に口にできる。
     男のメイド服を見て似合うなんて言うの、そんなの、相当好きじゃないとできないだろ。お前、あんなに伝えても、わからせても、まだ不安に思うことがあるのかよ。
    「ご要望になるべく添えるようにしましょう。ご主人様、どうぞご命令を」
     恭しく右手を取って、薬指を彩る輝きに口付けてやれば、膨れていた頬もほら元通り。
    「……っ、ほんとうに、そういうの……」
    「嫌いじゃないだろ?」
     首を少し傾げれば、減らず口を叩く唇がとんがって黙り込む。肯定の意が示される。
    「ご命令は?」
     何をしてほしいのかなんてわかってるのに、もっと直接的な言葉がほしくて、もう一度問いかける。
     ぽぽぽと赤く染まった顔が、うろうろと視線を彷徨わせて、終いには耐えられないと言うようにきゅっと俺の手を握る。吐息さえ聞こえるこの距離で、期待からか震えるまつ毛がよく見える。
    「……狛枝」
     流し込むように抱き合った後の甘さを込めた囁きを送れば、引き結ばれていた唇がゆっくりと開く。そうして、上目遣いでねだるように下されたお達し。
    「……いっぱい、きもちよくして」
     消え入りそうな声音が告げた可愛らしいおねだりへ「お安い御用だ」なんて修学旅行の終わりを思い出しながら、慣れ親しんだベッドへともつれ込んだ。
     
     狛枝の選んだ高そうな衣装が、日の目を見ることはもうないだろう。
     
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