君の夢(二)2.あやめに行く話二人であやめに行くことに。
※とにかく書き切る事を目指しているので、めちゃくちゃ出来が荒いです。口調違い等あると思います…見直し時に修正するつもりです。
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「あっ! “あやめ”に行きましょう!」
「あやめって……ああ、綾女の?」
綾女を良く知る草摩の人間達からは、呪いも解け、いよいよ綾女が完全に自由を手に入れてしまったかのように思われているが、綾女とはいえ今も自由気ままに生きている訳ではない。
綾女は草摩の権力争いを華麗にかわしているかのように見えるが、彼にも火の粉が掛かる事はあった。また、由希の新生活の世話(綾女曰く)や、両親との関係改善にも何かと忙しくしていた。
それでも綾女は、友好の印に是非遊びに来て欲しいと慊人に声を掛けてくれていたが、慊人も多忙であったのと、彼女の中にはやはり遠慮する気持ちがあるのとで、今回、初めて訪れる事になった。
信用第一、ハート大事に――看板に不安を覚えつつ店の敷居をまたぐと、明るい店内に所狭しと生地や糸、型紙や手芸裁縫関連の書籍まで並んでいる。もちろん商品が傷まないよう日光に留意した配置になっているが、壁紙や照明などにも工夫があるらしく、事務的な気配がなく独自の世界観がある。コストよりも好きを重視していることが見て取れる。
綾女のデザインセンスや技術、またそのキャラクターであればもっと目立つ場所に大きな店が出せそうなものだが、こうしたこだわりのためにあえてこの規模にしているのかもしれない。
「お着替え……好きですか?」
「え?」
「お着替えしましょう!」
入店から五分もするかどうか、慊人は早速、美音の洗礼を受けようとしている。
「え……?」
慊人が別室に連れて行かれる。紫呉は大きく手を振って見送った。
「よろしくお願いしまーす!」
「美音に任せれば安心さ、ぐれさん!」
美音というこの女性は、可愛らしいフリルがたっぷりついたメイド服でも、難なくちょこまかと動き回る。
「これとか……これとか……もう全部着よう!」
部屋中から何着も服を選んでは、慊人の前にあるハンガーラックに掛けていく。
「お着替え大変だけど、お時間あるって言ってたよね? どんどんお着替えしましょうね~」
(楽しそうだし……断れない……)
着るだけなら良いかと思い、慊人は黙って見守る。
それにしてもここは何の店なのだろうか。手芸店と聞いていたのにこの服の量はどういう事か。
(服というより衣装みたいだけど……?)
そもそも美音のメイド服も奇抜と言えるが、彼女は見た目も機能面でも着こなしており、なによりニコニコしていて可愛らしい。大きな身振り手振りに合わせて、綺麗に編んで束ねたボリューミーな髪が、楽しそうにぴょんぴょん揺れる。
(うん、髪も服も、彼女の個性と噛み合ってるから似合うんだな)
この部屋は試着室と事務所を兼ねているようだ。
部屋の奥の方にデスクと、書類棚がある。テーマパークのように現実感が隠されているが、仕入れや顧客管理などに細々とした書類はつきものなのだろう。
綾女も紫呉同様、あまり自分で身の回りの事をしようとしないタイプだが、店のどこも整理整頓されている。作業台らしきところだけ、型紙やものさしが出しっぱなしになっている程度。美音が片づけてくれているのか、美音による綾女の教育の賜物か、いずれにしても彼女の力が大いに働いている。
慊人も綾女と美音の関係は聞いている。綾女に付き合える女性とは、となかなか想像できなかったが、明るく働き者で、何より楽しそうに目を輝かせて服を選ぶ姿を見たら幸せに暮らす二人の姿が容易に思い浮かんで安堵した。
(いや、服が好きなのは良いんだけど……っ)
疑問を感じながら一着目に袖を通し、ますます頭の中が疑問符でいっぱいになる。
「……これは……いつ着るの? なんで着るの?」
「可愛いっしょ!」
美音に次々と着替えを渡され、慊人は勢いに負けて何度も着替える。
「今日の私服からして、シンプルなのがお好みかな?」
看護師、CA、巫女、事務職OL風の制服等々。
「うわー、着こなしますなぁ……! でもっ、でも、なんかもっとこう雰囲気のあるものを……何が似合うかなぁ」
美音は慊人の事情を聞いていて(綾女の説明は要領を得ないが)、突然、いわゆる女っぽい服を薦めても、今の慊人には着慣れなくて抵抗があるかもしれないし、しかし本当はそういう服が着たい願望はあるかもしれないし、と美音なりに気を遣っている。
「美人さんだから何でも似合っちゃうなぁ!」
「よっぽど派手か、年相応じゃないものでなければ似合うんじゃない……?」
妙に疲れてきた慊人は適当に返事をした。そもそもお世辞には慣れているし、自分の容姿が良いことは分かっている。美音は心から褒めているのに、心を開いて素直に受け取ることが慊人は今でも苦手だ。
(本気で嫌そうではない……かなぁ?)
美音は少しほっとした。
「よし!」
美音のテンションは爆上がり。力強く慊人の両手を掴んだ。
「そう、何でも似合う……! この調子で新しい自分を探しましょうぜ!」
嫌なら嫌ってって言って下さいよ?と念を押しつつ、次々と着替えさせていくが、慊人は戸惑うばかり。
美音は、他の客に比べて、なんとなく慊人の個性が見えてこない事に頭を悩ませる。白い肌と黒髪の美しさと、慊人の持つ落ち着いた雰囲気は活かしてやりたいが、体質に問題が無ければ髪だって染めれるし、小麦色に日焼けする事もできる。
「美音は……美音は慊人さんのロマンを叶えたいっす!」
頭を抱えて苦悩する美音に慊人はどうすればいいのやら。
「いや…別に…ロマン……?」
「うーん……慊人さんって、本当はどんな風になりたいの? 似合うとか、着れるかとかは別として、何が好き?」
そう問われると、慊人はますますどう答えればいいか分からない。
今までは、与えられるものの中から選ぶのが殆どだった。割りとすぐに選べるタイプだったが、最近それが上手く出来ない。
「……分からなくて」
要領を得ない返事だが、美音は何となく察知した。
「じゃあ、今日一緒に作ってみよ? 当店は素材もパターンも縫製も、全部拘ってオーダーメイド出来ちゃいますからね!」
自分の好みが分からないという人間に、一から選んで作れというのは無理難題だ。それでも、一つ一つ自分で選んで作り上げる事の楽しさと満足感、また、失敗の経験の大切さを美音は知っているから、そう提案した。
慊人の目を見て優しく微笑んだかと思うと、店舗へつながるドアに駆け寄り、元気に開け放った。
「テンチョ、私作るっす……作りたい、最高の一着を!」
「だから採算がとれないのさ、美音! でも作ろう!」
「了解です、店長っ!」
「いや、ちゃんと全額払うけど……」
圧倒的なハイテンションに続き、慊人の力無い声が聞こえてきて、紫呉は小さく笑いを堪えた。
再び扉閉め、美音は様々なサンプル帳を慊人の前に広げた。
今から採寸とデザイン案をまとめ、後日、美音が調整して作り、また慊人が取りに来る事になった。
「で、で? どうしましょ?」
「僕は……多分、本当は……」
たっぷりの間を置いて、慊人が口を開く。
「僕が着たいものっていうより、紫呉の好みになりたくて」
(えっ?)
想定外の言葉に珍しく美音が驚く。今は突っ込まずにきちんと慊人の気持ちを引き出したい。
「……でもそれは依存してるみたいだ。そうじゃなくて、僕はどうしたいのか自分で決められるようにならなきゃって思って……」
(なるほど、この子って……)
慊人は、これからは強がって自分を高く見せるような事は止め、ありのままの自分で生きていかなければと思っているから思い切って美音にも本音を話したが、それ以前に少し天然なところがある。美音は意外なほど素直に話す慊人の純粋さと、たった一言の中にも、紫呉への想いと、自立した人間に成長したいという決意が感じられ、心惹かれた。
美音もしばらく考えてから、自分の意見を確認するみたいにゆっくりと話し始めた。
「自分の好みを見つけるのも大切だけど、今、紫呉さんに夢中なら、それはそれでいいんじゃないかな」。
夢中って事はないけどっ、と慊人は言い掛けたが、美音の真っ直ぐな瞳に言葉を飲み込んだ。
「一生、人の好みに合わせて生きていくのも悪い事じゃないよ、愛に生きるって感じ! あ、嫌われない為の防衛とか、自分の好みに合わせないなら離れるぞってな相手なら、ちょっと、うーん、考えた方がいいけど」
慊人はくるくる表情を変えながら真剣に話してくれる美音の話を聞くだけ。
「私は好きな人にも好かれたいし、自分も好きなもの着たいし。結局、元々私が好きなメイド服をテンチョに布教した結果になったけどね。好きなもの貫くのと相手に合わせるの、どっちかだけじゃないっしょ!」
「美音、どうだい? 盛り上がってるかい?」
綾女が大胆に扉を開けて入ってこようとしたが、紫呉が止めたらしく、扉は少し開いた状態で止まった。
「あーや、女性の着替え中にっ! 僕もまだラッキースケベに遭遇した事ないんだからね~」
「あっ、おやおやっ、しまった慊人さんは女の子だったね、忘れていたよ! 完全に!」
「失礼だねぇ」
「なんだいぐれさん、まだ脱衣所で今まさにお風呂に入らんと全ての服を脱ぎ捨てた慊人さんと鉢合わせ、慌ててバスタオルでその身を隠し、そこらのブラシやらコップやら風呂桶やらを投げつけられるという経験をしてないのかい!」
「偶然それが起こるのを待ってるからね。というか家別々だし。あーやは有るの?」
美音はやかましい男性陣の声も耳に入らないといった風に話し続ける。
「服も何でも同じ事―—ひとつに決めなきゃいけない事なんかない、感じるままに、今の自分を大切にして生きてみてもいいんじゃない?」
「何の事か分からないが、慊人さんはこの店の素晴らしい服に目移りしているようだねっ」
構わず綾女が声で乱入する。
「……あの、草摩の者が、大変お世話になってます……」
しっかりとした美音に綾女は支えられているのだと痛感して、思わず慊人は詫びる気持ちで感謝した。
「―—慊人には色んなもの着て、色んな経験をして欲しい」
「わっ、どうしたのあーや、落ち着いた声で話すの久々に聞いた」
「だって慊人さんこそ草摩の中の争いの為に本家に監禁されていたようなものだ。慊人さんのお陰で自由に出来ていた事もある。この僕の事だけじゃなくっ」
慊人は驚いた。綾女の顔は見えないが、見えたら泣いてしまうかもしれない。
嬉しさと後悔でぐちゃぐちゃになりそうだ――綾女にそんな風に思ってもらう価値など自分には無い、いくらこれから頑張ったって償いきれるものではない、そう思う。
「あーやは分かってるねぇ!」
「僕はぐれさんの全てを知ったいるからね! 慊人さんは最早ぐれさんと一心同体、だから慊人さんの事もわかるのだよ!」
「「よし!」」
「ちょっとちょっと、お二人~? それ慊人さんの前でもやるの~?」
「今のは特別バージョンさ!」
確かに、いつもと内容が異なる。
「ささ、慊人さん! 女のロマンもさぞ溜まっている事だろう! あっセーラー服やブレザーはもう試したかいっ? 青春をやり直そう、ぐれさんと学園生活を! 海原高校風なら既にあるのだよ!」
「あーやのお店って、どうしていつも何でもあるの。実在の高校のは作っちゃダメだよー? って言うか、もしかして、あーやが着るつもりだったの?」
「あっ、ぐれさんぐれさん、我々に馴染み深い学ランも作ろうか? 学ランは定番過ぎて切らしてたさ!」
「僕が学生はきついでしょー。学園モノなら教師とJKが良いな」
「教師……スーツ…ワイシャツにジャージ…便所スリッパ…あえて世帯じみた格好の教師が三者面談でかっちりスーツを着こなして来るという萌え…ああっ白衣も……!」
綾女の想像力を刺激してしまったらしい。
「まあ、慊人さん、ゆっくりしてくださいね」
紫呉の声を最後に、パタンとドアは閉まった。
慊人はやっぱり綾女は苦手だし、美音は流石綾女のパートナーといったところだ。
美音のプレゼンが白熱し過ぎたため一旦休憩を挟もうと、彼女達ご推薦の商店街のドーナツをご馳走になる程だった。
おかしな店だが、好きなものに囲まれて生きてるのが分かって慊人は感心した。
(好きなもの……紫呉しか思い浮かばない)
今はそうでも、少しずつ増やしていきたい。人を、物を、何かを好きになれる寛容さが欲しい。ないものねだりはしないと決めたが、なりたい自分を思い描き、目指す意義はある。
かなり多くの脱線を挟んだが、美音が上手く提案や助言をして、一着分の注文書が完成した。
紫呉も何か注文していたようだが、慊人はなんとなく嫌な予感がして尋ねなかった。
おわり
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終わりと言いつつ、ちょっと繋がってる話も書く予定です。
もしここまで読んでいただいていたら、ありがとうございます!
(なんか多分間違えまくってるけど一気に書かないと…勢い大事…)