君の夢(五)エピローグ的な話結婚式は簡素に済ませた。披露宴や大規模な食事会も行わなかったため、プロポーズから入籍、挙式まではあっという間だった。
今でも君を夢に見る。
姿なんて不鮮明だが、君の存在を感じるだけで心に熱が宿る。
「紫呉、どうしてそこで寝てるの」
ふいに慊人の声がして、紫呉は居眠りしていたことに気づいた。つけっぱなしのデスクのスタンドライトが眩しく、目を開けるのを渋る。
「寝室に行って」
寝る前に思い出した事があり、仕事部屋で作業していたら机で寝落ちした。
肩をつつく細い指の感触に、ゆっくり目を開く。
「あー…、慊人さん」
瞳に映ったのは、かつての想像以上に綺麗な大人の女性に成長した可愛い新妻。
慊人の夢を見た朝、幼いながら紫呉の将来の夢は、慊人を手に入れること――夢の中の熱情を永遠にすることに決まった。
「……紫呉?」
(君を手に入れても、僕の夢は変わらないみたいだ。君と、ずっと愛し合っていたい)
「具合悪いの? 寝ぼけてるの?」
ぼんやりしたままの紫呉を心配して、慊人が顔を近づけて覗き込む。その柔らかい頬を紫呉がそっと撫でた。
(君も、もう好きな夢を描いて良いんだよ)
紫呉は曖昧に微笑んだ。慊人は甘い雰囲気に少しときめきながら、何か楽しい夢でも見ていたのかなと呑気に思った。
「慊人さん、夢ってあります?」
「え? 夢、なんて……考えた事ない」
物心ついた頃から、慊人は自分が草摩の当主になるという未来を理解していた。寂しさの中、それでも自分は神様として永遠に愛されるのだと信じようとしていた。
(……きっと僕は、何になりたいとか、何がしたいとかじゃなくて、ただ皆と仲良く笑い合いたかったんだ。それに、ずっと紫呉に隣にいてくれると良いなって)
先日、慊人が連絡を取った時、透は近頃、皆に子供はいつだと聞かれて困ると言って照れていたが、本当に幸せそうだった。彼等ならきっと優しい親になる。好きな人と命を繋いで行くのは素敵だなと素直に憧れた。
慊人にとって、両親が愛し合い、その子供にも等しく愛情を注ぐ倖せな家庭というものを明確に想像する事は難しい。
母親になる自信も無いけれど、時折、ふと、紫呉と<家族>になれたらなと思うーーそういう夢を描けるようになった。
足元ばかり見て永遠を語っていた頃とは違う。
紫呉がもそもそと伸びをして立ち上がった。
「あぁ……寒ぅ〜」
自分を抱え込むようにして両腕をさする。
「ほら、あっちは暖かいから」
慊人が紫呉の背を押しながら、
「……僕は、楽しい夢を見て眠りたいな」
と、小さな声で呟いた。
「僕が聞いたのは、夜に見る夢じゃないんですけど?」
話が噛み合わないね、と二人で微笑んだ。
過去は消えない。自分も周りも、人が変わっていくには時が掛かる。変わる確証だってないーー慊人にとって何の不安も畏れもない安らかな日は来るのだろうか。
(でも、毎日紫呉の隣で、明日も良い日になりますようにって願って生きていきたい)
寝室は目と鼻の先だというのに、手を繋いで廊下を歩く。
「なに? ご機嫌そうですね」
二人、ぱちっと目が合った。
「何でもないよ。……明日からも、よろしくね」
「……こちらこそ、よろしくお願いしますね?」
慊人が笑って未来の話をしてくれるのが嬉しい。
暖かい寝室の、ふんわりとした布団が二人を待っていた。
おわり
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布団、ちゃんと慊人派の女中さん達が心を込めて干しといてくれたんだよ…いや、どうなってるんだろうな、女中さん達の関係。
お局様はあの後、案外すぐに辞めちゃったんじゃないかなぁと思う。慊人とのやり取りで、彼女も色んな思い抱えてるみたいだったしな…。
これで「君の夢」とタイトルが付いている話は終わりです。もう一本、付け足すつもりですが、読まなくてもストーリーに影響は無いものになる予定です。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。