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    Kasumi

    @je48q
    ジャンル雑多

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    Kasumi

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    君の夢01/呉慊振袖以降のお話。
    小説の始まりはこちらです。
    順を追いやすいように過去作のタイトルを変更しました。また、キャプションを本文に移動、それ以外の本文は変更していません。文も内容も雑ですので、呉慊ならなんでも読むよという方向けです。

    【呉慊】君の夢(一)1.振袖でキスした時の話 紫呉が慊人の頬に触れる。
     慣れた感触のはずなのに、こうして振袖を纏い改めてそうされると心が震えた。

     慊人は呪いが解けた十二支達の目に怯えた。
     紫呉は呪いが解けても、他の者達とは何か違う目をしていた。慊人はその眼差しの意味を測りかね、紫呉からこれを贈られるまでの幾日か、身を切られるような想いで過ごしてきた。十二支全員を解放する決意をしたというのに、紫呉にだけはずっと側にいて欲しいという願いを自覚してしまったからだ。

     かつて紫呉に中の家から出て行くよう告げた時、彼はあまりにも平然とそれを受け入れた。慊人は怒り以上に喪失感に襲われた。どうしようもなく寂しくなった。
     あの日を思い出すと身がすくみ、特別な絆を失った今、紫呉はどうするつもりなのかと核心に迫る質問は出来ないでいた。

     紫呉はあの椿の枝を手折って差し出したあの時の言葉を、一字一句違わず憶えてくれていた――だからきっとこれからも近くにいてくれるはずと信じたかったし、一方では憶えていた事すらも自分を蔑む振る舞いの一つかも知れないと疑心に支配される時もあった。
     誰よりも先に自分から離れていくのだろう、繋ぎ止める事は出来ないだろうと覚悟しておかなければ自分を保てそうになかった。

     その紫呉が、今、真っ直ぐに慊人を見つめている。
     慊人はあの夜に紫呉が明かした楝や紅野の件りや、自分自身の気持ちをようやく理解した。紫呉がずっとずっと一途に愛してきた対象は自分だったのだ。
     不安に押しつぶされそうだったのに、憎くてたまらない日もあったのに、紫呉とこうして見つめ合うだけで全てが許せてしまう気がする。
     紫呉がただ慊人への愛情を湛える目をして、心から綺麗だと言ってくれた嬉しさで胸が満ち溢れる。
    「……好き」
     慊人の口から無意識に声に出た。確かめるようにもう一度呟いた。
    「好き」
     慊人の瑞々しい紅色で艶やかに彩られた唇。その形の良い唇から柔らかく溢れた、たった二文字の愛の言葉に紫呉は静かに胸が熱くなった。慊人がこれから慊人という一人の人間として生きていける事、その隣には他の誰でもなく自分がいられる事、気持ちを表すのが下手な彼女が素直に精一杯伝えてくれたのが嬉しくて堪らない。
     また、楝も十分に目鼻立ちが整い、その上独特の美貌を備えていたが、楝を通して想像していた女の姿の慊人より、実際の慊人は何倍も美しく可愛らしいことに驚きさえした。
     すぐにでも抱き寄せて一つになりたい気持ちを抑え、慊人の頬に添えた手を頬の曲線に沿って撫でた。
     心から穏やかに微笑んだ紫呉に、慊人は夢のような高揚を感じてうっとりと手の平に頬を寄せ、本能に導かれるみたいに身を乗り出して紫呉と唇を重ねた。
     触れるだけのほんの数秒のキスだったのにふわふわと心が躍る。
     身体を離して目を開くと、紫呉の唇に慊人の口紅が移っていた。
     慊人が、あ、と声を漏らして紫呉の唇をぬぐおうと指を伸ばすと、紫呉は理解したのか、格好悪いねと呟いて頬を緩めた。自分の手の甲で唇を拭い、行き場をなくした慊人の指をそっと捕まえて包んだ。
     そのまま慊人の耳元に唇を寄せて囁く。
    「今夜、会いに来るね」
     その声はいつになく穏やかで優しく、色を含んでいた。すぐに離れて二人の目が合うと、慊人の胸は思い出したかのように俄かに高鳴り始めた。

    (結局、僕は紫呉の思うままなのか……)
     まったく紫呉は仕方ない男だと諦めるような、振り回されるのが心地良いような、不思議な感覚。
     父親のように優しく包んでくれる時もあれば、子供みたいに意地を張りながら慊人を求める時もある。今になって思えば、それこそが家族でも友人でもなく恋人の距離なのだろうと感じる。
     慊人は、今後は――特に今日一日ぐらいは素直になってやってもいいと思い、みるみる紅潮してくる顔を隠すこともなく紫呉を見つめ返し、うん、と小さく返事した。
     たまらず紫呉が慊人を抱き寄せる。
     永い時を経て、やっと自分のところへ来てくれた君。ひたすら愛しくて嬉しくてにやけてしまいそうなのを見られたくない。
     けれど慊人が紫呉の腕の中で聴く鼓動はいつもより早く、歓びは隠し切れてなどいなかった。慊人はそれが分かって満足だった。

     二人が突然全て信頼しあって仲睦まじくとはいかないだろう。
     けれどこれからの二人が素直に愛し合って生きていくことが、これまで振り回し、踏み躙ってきた皆への償いの一つになる事は、話し合わずとも分かっていた。互いを大切にして、混沌とした草摩で、この世界で、何が起きても支え合ってやっていく決意が必要だ。

     傷が消えない事は楝と対峙してきた慊人自身がよく分かっている。
     家の者達には楝を追放しない限り事は収束しないと詰め寄られたが、体は楝と離れたって、その存在は心からは消えない。長年植え付けられたもの、互いに刻み付け合った傷はあまりにも大きい。
     しかし慊人は、差し出された救いの手を純粋に握り返し、傷を少しずつ癒していく切っ掛けを手に入れた。
     楝にも分かって欲しい。分かって貰えなくたって、この世界が広い事、寄り添ってくれる存在はきっといる事、自分を変えていける事を伝えたい。

     温かい気持ちに満たされるまま、紫呉の背まで手を伸ばして抱き返した。


    つづく
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