翼がほしい羽があれば飛べるでしょうか。
ふと心に湧き上がった、願いにも似た想い。
メルルは空を見上げ、眩しそうに目を細めた。
薄い紫からブルーのグラデーションに、雲の切れ間から広がる黄金色の光。
それは、美しい魔法の輝きを身に纏い、一筋の光となって空を翔ける彼の人を思わせた。
街から街へ、占いながら、お婆様と旅をするのが生活だったあの頃。平穏な日常は突如終わりを告げて、持って生まれた予知の力を便りに、戦火を避けて逃げのびていた。
小さい頃は、みんなと違う事が嫌だった。不思議な物を見たり、怖い夢を見てうなされることもあった。でもこの力のおかげで、街が魔王軍に襲われる前に、逃げる事ができる。
自分たちだけ…、逃げ惑う街の人たちを置いて。
神様からもらったこの力を、自分のためだけに使っている。自分が助かる為にだけ。
罪悪感に苛まれながらも、ただ逃げるしかなかった。勇気がなかった。立ち止まり、立ち向かう勇気が。
そんな時、彼に出会った。
いつからか…、ううん、初めて会ったときから。好きだった、と、思う。
彼は、親友の悲しみを、我が事のように悲しんで。自分の弱さに苦しんでいた。
だけど、どんなに辛くても、苦しくても、最後には必ず乗り越えてしまう、その心の強さ。
普段はお調子もののように振る舞って、でもいざとなると1人で何もかも背負いこんでしまう、ひたむきで意地っぱりなところ。
親友や仲間たちを見る優しい眼差し。
とびきりの笑顔。
すべてに、心を奪われていた。
あの時…、彼が親友を助ける為に命をかけたあの時、爆風と眩い光に目が眩みながら、心臓が止まるかと思った。
でも、彼は帰って来てくれた。親友の隣に、仲間たちのもとへ。
少しでも役に立ちたくて、破れた服の修繕を申し出た。腕の部分がボロボロに裂け、血の滲んだそれは、戦闘の激しさと、彼の負った傷がどれだけ深かったのかをあらわしていて、胸が締め付けられた。
もう2度と、無茶をしないで…
そう言いたかったけれど、言葉が出ず、結局自分がしたことといえば、困ったように視線を泳がせながら、「あの、これ」とおずおずと服を差し出しただけだった。
「へえー、すげえな、綺麗なもんだ!メルル、サンキュな」
そう言って彼が受け取ってくれた時、手袋に包まれた手に自分の指が触れて、思わず体がビクッと跳ねた。
「あ、悪りぃ」
「いえ…」
慌てて、誤魔化すように自分の髪に手をやると、耳に触れた手のひらがひどく熱かった。
気がつくと、日の光はさっきよりずいぶんと高い位置にあり、雲もはれて青空が広がっていた。
自分に羽があれば、彼を追いかけていけるだろうか。
あの、真っ直ぐに前を見て進む後ろ姿を追って、どこまでも飛んでいけるのだろうか。
知らず、ふっ、と笑みが溢れた。自分も、案外としつこい質だ、と可笑しくなったのだ。
(あの時、諦めさせてなんて、言っちゃったのにね…)
苦しむ彼を見ていられなくて、ただ、もう2度と彼を失いたくなくて。恐怖も忘れ、気がついたら飛び出していた。瞬間、身体に激痛が走った。
文字通り死ぬほど苦しかったけれど、最期に役に立てた事が嬉しかった。もう、だめだと思った時、生まれ変わったら、また会いたいと思った。
生まれ変わっても、きっと私は彼に恋する。
その時、今よりも勇気を持てたら。
私も少しは変われる気がする。
だから、この思いは、捨てずにおこう。
大事に、宝物のように、胸の奥の小箱にしまっておきたい。
いつか…、自分の力で飛べる日まで。
その時まで、大切に。
また、来世で。