あかねさす茜さす 紫野行き 標野行き 野守は見ずや
君が袖振る ー額田王
パプニカ王室直営の農園には、稀少な薬草や染料に使われる植物が広大な敷地に数十〜数百種類も栽培されている。
パプニカの布や服は世界でも高値で取引されていることからわかる通り、その質と技術の高さには定評があった。
当然農園は厳重に管理されており、ポップとヒュンケルは魔法薬の研究のため、特別な許可を得てそこに入っていた。
「すっげー!早く来いよ!」
農園へ続く坂を先に駆け降りたポップが、興奮して手を振ってくる。
「女王陛下の特別許可を得ているとはいえ、私的なものだ。おおっぴらにはできない。考えなしに手など振って、誰かに見咎められたらどうする」
「固いこと言うな、姫さんがいいってんだからヘーキだよ、」
と、地面の凹凸に足を取られ、ポップは転びそうになった。
「うわっと」
ヒュンケルが慌てて駆け寄り後ろから抱き留めた。
「さ、サンキュー」
ヒュンケルはそのまま動かない。
ぎゅっと抱きすくめられ、ポップは息が苦しくなる。
「ヒュンケル…?」
さわさわと風が2人の髪を揺らす。
「誰かに見られたらどーすんだ」
「そうだな…」
考えるそぶりを見せるヒュンケル。が、
「誰もみてない」
耳元で囁かれ、ポップの頭に一気に血が上った。
2人の仲は秘密だった。
ヒュンケルは、大魔王バーンとの戦いにおいてアバンの使徒として貢献し、今はパプニカに仕えているとはいえ、過去のことを知るものも中にはおり、未だよく思われていない部分がある。
ポップも大魔道士として女王となったレオナと、帰還を果たした勇者ダイの力になりパプニカの復興に尽力しているが、その強大な魔法力を恐れて排除しようとする輩がいた。
ダイも微妙な立場にいる。
皮肉にもバーンの言った通りのことも実際におきているのだ。
自分たちの仲が公になれば、取り沙汰してよりその立場を危うくさせようと企む向きもあることだろう。
宮廷は権謀術数渦巻く魔窟。あのマトリフが嫌気が差したのも頷ける。
これ以上、つけ入る隙を作るわけにはいかない。ダイとレオナを守らなければ。
復興が成し遂げられ、その礎が磐石になるまでは。魂の絆で繋がった弟妹が、ともに幸せになるまでは。
そう、2人で決めたことだ。
そもそも、お互い共にあること以外に何かを求めている訳ではない。
人目に気をつけさえすれば、しばしばではないにしろ逢瀬も叶った。
しかし、時折どうしようもないほど狂おしく、お互いの熱を欲してしまうことがある。
発作のようなものだった。
横になってしまえば、2人の体より丈のある植物が風に揺れ、秘密を隠してくれた。
さわさわと揺れる大小様々の緑の葉。
「この草の根から紫を染める染料が取れるらしい。おめーお世話になってんじゃん」
ポップが横目で小さな葉を眺め、片手で弄ぶ。
もう片方の腕はヒュンケルの頭を抱き抱え、揺れる銀糸を撫でている。
「紫の野か…」
ヒュンケルはポップの胸に顔を埋めたまま独りごちた。
「かっわいい花だよなぁ、おめーにはもったいない」
白い小さな花を見てポップが面白そうに笑う。
夕陽が2人の体を紅く染めていく。
紫の野が茜色の光に満ちるのをぼうっと見つめていると、ヒュンケルの目に何故か透明な液体が溜まってきた。
この手の中の光を、どうか失うことのないように。
確かなもののない毎日で、それだけが望みのすべてだった。
「なんて顔してんだよ」
物思いに耽っていると、ポップにいつのまにか覗き込まれていた。
「…いや」
「心配しなくても、おれがずっと面倒見てやるよ…おまえみたいなややこしい奴、貰い手ねぇかんな」
ポップは分かったふうな口を利く。
「こっちのセリフだ」
体を回転させ、ヒュンケルはポップにおおい被さった。大きな両手で顔を引き寄せ口付けるが、ふと目を開けるとポップが大きな目を見開いている。
「目を閉じろ」
「やだ、なんか勿体ねえ」
「なんだそれは…」
呆れながらも、可愛さと気恥ずかしさで胸がいっぱいになったヒュンケルは、またもポップを力いっぱい抱きしめたのだった。
*
紫の花言葉
弱さを受け入れる勇気
茜草の花言葉
私を思って