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    asagaotouri

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    遥と奏(6/16)

    「兄貴、誕生日おめでとう!」
     朝起きて、奏は一番に遥におめでとうの言葉とプレゼントを贈る。プレゼントは「いらねえ」と押し返されて、受け取ってもらえたことなんてもう何年もなかったけれど、それでも構わなかった。そうやって遥の誕生日を祝って、一緒に過ごした記憶は一生消えない。
     遥の誕生日をこうして祝えるのも、あと何回だろうと思う。少なければあともう一度。でもできれば、あと何回なんて数えずに、毎年こうして祝うことができればとも思う。

     授業が終わって遥の教室を覗くと、遥はもう帰った後だった。そのことに、少しほっとする自分が奏は嫌になる。いつもなら遥の後を追うのに、その一歩を踏み出すのに躊躇する自分が、嫌になる。遥がもし誰かといたら。その誰かと楽しそうに話をしていたら。そう考えると、足が竦んだ。
     ずっと、遥には友達なんていなかった。誰も遥を好きにならないように、邪魔をしてきたからだ。本当は遥の隣で、いつも自分を助けてくれる遥みたいに、遥を助けられる自分になりたかったけれど、うまくいかなくて、遥の特別になれたのは、少し歪んだ形でだった。それでも、遥のただ一人の特別でいられることは嬉しかった。遥が自分を見てくれることが、嬉しかった。
     それなのに、最近の遥は自分以外の誰かといる時間が増えた。そしてそんな時にばかり、表情を緩ませるようになった。そんな遥を見るのが、こわかった。
     結局、足は遥が最近気に入っているアイス屋の方にでもなく、ほかに行きそうな場所を探すでもなく、シェアハウスへの帰路に向いた。
     いつも明るいみんなの中心だった遥の隣にいていい自分でいたくて明るい自分を作ったはずだったのに、こういうところ、全然変わらないなと思った。一人になると、途端に自分がしたいことがわからなくなる。
     とぼとぼと歩く。遥が一緒に歩いてくれないことなんてしょっちゅうであったのに、それでも、今になって一人で歩く道が寂しいなんてことを知ってしまった。
     ただいまとシェアハウスの玄関を開ければ、先に学校を出たはずの遥はまだ帰っていなかった。誕生日だし、やっぱりアイスを食べに行ったのかもしれない。それ以上のことはわざと考えないようにして、奏は自室にこもった。二人きりで過ごす初めての誕生日だから、いっぱい遥も喜んでくれる日にしようと考えていたのに、うまくいかないなと思いながらベッドに体を倒して、目を閉じる。


     帰ってくると、奏はリビングにはいなかった。
     靴はあったから、帰ってはいるんだろう。最近少し距離を置くようになったと感じる弟との距離を、遥ははかりかねていた。
    「遅かったですね」
     いたのはコーヒーを飲んでいた烏丸一人だけで、別にと返して、ふと思ったことがあって、コーヒーってもうないのかよと遥は尋ねた。
     それから、烏丸にコーヒーの淹れ方を教わって、うまくいっているのかもわからないままコーヒーを淹れた。砂糖と牛乳も烏丸から教えられたとおりに出してきて、コーヒーを淹れた弟のマグカップと自分のマグカップそれぞれに、砂糖と牛乳をどぽどぽと足した。琥珀の色はみるみる薄くなって、どちらかといえば白が近いほどになる。
     マグカップなんて使ったこともなかったけれど、それは確か数年前に奏がお揃いだよと、誕生日プレゼントにくれたものだった。その時も、今朝と同じように受け取らなかったから、正確にはこれは自分のものではないかもしれない。そう思うけれど、別にほかの誰が使うわけでもなしいいだろと思う。青と緑の、高い空のような深い海のような二つのマグカップ。それを東京に来る引っ越しの荷物に入れ込んだのは弟だった。
     スプーンでかき混ぜ、色が均一になったのを見ると、遥はその二つのマグカップを手に、弟の部屋の前に立った。
     少し、悩んだ。自分がこんなことをする意味を考えた。
     触発されたのは、学校帰りに寄ったアイス屋でバイトをしていたアルゴナビスのギターの言葉だった。誕生日のクーポンを出したら、「おめでとう!」と祝われた。そして、じゃあ弟も誕生日だよな。おめでとうって言っといてくれよと続けられた。
     なんのことはない。ただそれだけだ。でもおめでとうと祝われたことは嬉しかったし、そして自分が弟からのその言葉をずっと蔑ろにしてきたことを思い出した。
     両手は塞がっていたから、「おい」と声をかけた。この時間だしもう寝ているかもしれない。数分待って出てこなければそれで終わりでいいかと考えていると、そろそろ部屋の前を離れようかとした頃、ドアがガチャリと開いた。
    「なに?」
     眠そうな声と顔。それは今の今まで眠っていたのか、部屋の外にいるのが誰かもわからないまま開けた顔で、目が合うと、奏は口をひき結んだ。奏は、自分にいつもこんな顔を向けていただろうかとその時初めて遥は思った。
    「兄貴」
     少し緊張した声でそう呼ばれて、遥はカフェオレの入ったマグカップを奏へと差し出した。
    「え、なに?」
     奏は警戒心と戸惑いとが混じったような顔でそのカップを見ていた。
    「二人分淹れたから、お前も飲むかと思って」
     何と言って渡すかなんて考えておらず、ようやくそれだけ口にして、「誕生日だろ」と付け足した。すると奏の顔が上がって、こっちを見た。まだ寝起きで頭がぼやけているのか、呆けたような顔だった。
    「いらねえのかよ」
     おめでとうの言葉は言えず、そう首を傾げると、奏の手が伸びた。そしてマグカップを受け取る。
    「俺の好きなカフェオレだ」
     中を覗いた奏がそう言った。
    「俺が飲みたかったんだよ」
     すると奏の顔が下がって、カップに口をつけた。
    「あま……」
     そう言った声はいつも聞く奏の声より低くて、けれどいつも耳にするような不快な感じはどうしてかしなかった。
     奏はごくごくとこっちを見ないままカフェオレを飲んで、そんな奏を見ながら遥もカップに口をつけた。奏が口にしたとおり、それは甘すぎて口の中に残るほどであったのに、奏は飲み干して、顔を上げた。
    「うん。おいしかった。ありがと〜、兄貴!」
     それはいつもの普段通りの奏の顔で笑って、その時初めて遥は、弟の目を正面から見たような気がした。
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