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    ほのかの執筆部屋

    @honoka_enst

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    前に画像で連載投稿まお北小説。
    個人的には割と好きだった小説です。
    綺麗にしたら、ちゃんとしたいんだけど、今はその余裕がないので、こっちに供養しておきます。

    闇もなほその日は何となく身体が怠かった。
    ここ最近、頭の芯が痺れてよく眠れない。
    本来規則正しい生活をしている北斗は眠れないと言うことはあまりない。
    だが、祖母の教え通り、いくらよく食べよく動こうとも、心が重いときは眠れない時もあるのだ。
    何となく、身体が怠くてふわふわとしているが、明日は休みなので、今日さえ乗りきれば何とかなるだろう。
    仕事ではなく、今日はトリックスターのメンバーが集まって、レッスンをする日だった。
    北斗はレッスン室へ向かうと先客がいたらしい。
    綺麗なあざやかな色彩の髪。
    見間違えることなどあり得ない。
    同じトリックスターのメンバー衣更だ。レッスン室の入り口にいた衣更に声をかけようとしたが、眉を寄せ、ぎゅっと唇を引き結んでいる衣更に見てはいけない気がして、気づかれないように遠ざかった。
    (また、何かを思っている……)
    ここ最近、衣更の様子がおかしいのだ。
    悩んでいるような、苦しんでいるような、そんな様子で。
    力になりたいのに、それとなく話を聞こうとしても、「何でもない」と言われてしまう。
    (俺はそんなに頼りないのか……)
    そう思うと溜息が出る。
    もともと、察しがいい方ではないし、何かしようとしても何か外していることが多いらしい。
    それでも自分はトリックスターのリーダーなのだから、メンバーの誰かが悩んでいるのなら、力になってやりたい。
    (それに……)
    北斗は衣更のことを特別に想っていた。
    メンバーは全員大切に思っている。
    だが、衣更のことは別なのだ。
    (きっと俺は衣更のこと……)
    彼のことを想うと甘やかな痛みが心に宿る。
    ユニットのメンバーと言うだけでは物足りない想いが心を満たす。
    だが、同じ男だし、男を愛せる男だったとしても、衣更には自分なんかより必要としている人がいるわけで、この想いが受け入れられることなど、既に諦めている。
    それでも、同じユニットに所属しているわけだし、自分はリーダーなのだから、頼って欲しい。
    (やはり、向いていないのか)
    成り行きでリーダーをしているが、自分のことで精一杯だったし、DDDの時も自分の力ではなくて、みんなの力を借りたに過ぎない自分は向いていないのかもしれない。一人では何もできないのはあの頃から変わっていないのだろうか。
    衣更の様子がおかしいことと、自分の無力感に苛まれて、眠ることができないのだ。ぐるぐると悩んでいる間に朝になっていたということもここ最近は珍しくない。
    溜息をついて、北斗はちらりとレッスン室の入り口で何かを見ていた衣更が溜息をついて表情を普段通りにした後、ドアを開けたところを確認して、足を動かした。
    「遅くなったか?」
    そんなことを言いながら、レッスン室に入る。
    中にいたのは衣更とスバルだ。
    (衣更は明星を見ていたのか……?)
    あんなつらそうな表情でスバルを見ていたのだろうか。
    (衣更は明星が好き、なのか?)
    自分が衣更を見るときと同じような想いを抱きながら、見ていたのだろうか。
    ズキズキと胸が痛む。
    可愛い女の子なら諦めもつく。
    だが、同じユニットのメンバーなら、自分でもよかったのに、と。
    (いや、俺と明星じゃ……)
    スバルは明るくてまっすぐだ。
    あんな家族事情があったにも関わらず、光を失っていない。支えてやりたい、護ってやりたいと思わせる何かがあるし、そういうファンが多いのも事実だ。
    「北斗?」
    衣更が声をかける。
    「あ、いや、遊木はまだか?」
    「まだみたいだけど、先に始めるか?」
    「用意してまだ来ないようなら、先に初めてもいいかもな」
    「スバルは先に始めていたもんな」
    「あれは準備運動みたいなもんだって」
    スバルが笑いながら告げる。
    「あれが準備運動か。やっぱりおまえは凄いな、スバル!」
    衣更は笑いながらスバルに話しかける。
    「そうかなあ?」
    不思議そうに首を傾げている。
    (明星は……わかってないんだな。みんなが手に入れたくて仕方ない才能を当たり前のように持っていることに気づいていない)
    そして、その気づいていないことこそが魅力なのかもしれない。
    (もしも衣更が明星のことを好きなら、協力してやりたい、な)
    胸はずきりずきりと鈍い痛みを発しているけれど、それで衣更が笑ってくれるのなら。
    それに、スバルも衣更が支えてあげれば、この先、父親のことで何かあっても乗り越えられるだろう。
    そんなことを思いながら、レッスンの準備を始めた。


    すぐに遊木もレッスン室にやってきて、レッスンは滞りなく終了したが、北斗の体調も悪化しているように感じる。
    これから帰るだけだから、大丈夫だろうが、レッスン前はふわふわしていたのが、今はくらくらしていた。
    母親と二人暮らしのスバルはさっさと帰っていったし、遊木は途中で合流したあんずを送っていくと言って、帰っていった。
    自然とレッスン室のドアを閉めるのは自分の役目で、衣更には先に帰ってもらおう。
    「衣更、どうしたんだ?」
    着替えもしないで、突っ立っている衣更に声をかける。
    「ああ、やっぱり俺、もう少しだけ練習してくわ。まだ時間大丈夫なんだろう?」
    「今からか?何か気になるところでもあったのか?」
    「そういうわけじゃないんだけど、やっぱり、練習しておきたくてさ。俺みたいな凡人は練習しかないし」
    口調こそ軽いが衣更はどこか自嘲的な笑いを浮かべていた。
    「何かあったのか?衣更」
    答えてくれるかわからないけれど、尋ねてみる。
    「何もないって。心配すんなよ」
    「そう、か」
    「ああ。鍵は俺がかけておくからさ」
    「じゃあ、俺ももう少しだけやっておこう」
    頭がくらくらする。自身の身体だけを思うなら、帰った方がいい。だが、どうしても今の衣更を一人にはしたくなくて。
    「別に付き合わなくてもいいんだけど」
    彼にしてはややぶっきらぼうに感じる口調。もしかしたら彼は一人になりたいのかもしれない。
    「一人より二人の方がやりやすいだろ」
    自分のエゴだと北斗は思う。
    それでもどうしても今、衣更を一人にしたくはなかった。
    「北斗はさ、頑張ればできないことはないって思っているだろ?」
    いつもよりも低い声で問いかける。
    「衣更……?」
    「おまえには才能あるもんな。努力したって届かない人間の気持ちなんてわかんねえよな」
    そう言って、衣更は北斗の身体を押し倒した。
    「おい、何やって……」
    いつもとは違う様子。一体何が彼を追い詰めているのか。
    「そういえば、前から言っていたよな。悩んでいることが力になるから何でも言ってくれて」
    「あ、ああ」
    「じゃあ、さ。慰めてくれる?天才に囲まれて凡人としてはつらいんだよ。だから、さ。慰めてくれよ」
    「な、慰める?」
    彼が望むのなら、いくらでも慰めてやりたいが、どうしたらいいのかわからない。
    「ああ、そうだったな。おまえ、そういうこと滅茶苦茶疎かったな。わかりやすくいってやるよ。俺に足開いて、おまえの尻の穴に俺のモン突っ込ませて好きにさせろって言ってんの」
    途惑っている様子が伝わったのだろう。衣更は微かに表情を歪めると、吐き捨てるように言い放った。
    (どうして、そんなにつらそうなんだ?)
    自身の貞操の危機よりも衣更のつらそうな表情の方がよほど胸に突き刺さる。
    「わかった」
    北斗は少しだけ微笑むと力を抜いた。
    「は?おまえ、何言われているかわかってないの?」
    「それが、おまえのために俺ができることだって言うなら、かまわない。俺は…経験ないから、満足させられるかわからないが」
    本当は衣更の望みがそんなことじゃないことくらい、北斗にだってわかる。
    だが、それでも、拒絶できなかった。
    そんなことをしたら、彼が壊れてしまう。そんな気がしたから。
    「おまえ、本当に俺の言っていること、わかってないのか?」
    「俺の身体を性欲処理に使いたいってことだろ?おまえが俺なんかで勃つのか知らないが……」
    そこまで言って息を吐いた。
    「おまえがそれで少しでも慰められるのなら、かまわないから」
    北斗は腕を伸ばして、衣更の背に腕を回した。


    しばらくすると、ぽたぽたと雫が顔に落ちてきた。
    「衣更……?」
    衣更がぽろぽろと涙を零していたのだ。
    「何で……そんなこと言うんだよ…!本当に犯されても知らねえぞ」
    「いいと言っただろうが……」
    背中に回していた手をそっと衣更の頬へと移動させて、涙を拭う。
    「どうして……?」
    「さあ?」
    理由はいろいろあるけれど、上手く説明できなくて誤魔化すような口調になってしまった。
    「おまえって馬鹿だろ」
    「そう、かもな」
    「あのなあ……」
    衣更は溜息をついて、そっと北斗の上からどいて隣に腰を下ろす。
    「しないのか?」
    「してほしいのかよ」
    はぁっともう一度溜息をついて、北斗を見遣る。
    「そういうわけじゃないが」
    北斗も身体を起こして、衣更を見つめる。
    「何だよ?」
    「いや。おまえは俺が頑張ればできないことはないと思っていると言ったが、そんなことはない。少なくとも今は俺がいくら頑張ってもおまえの心に届かないんだろうな」
    自嘲的に笑う。
    彼の心に宿る屈託を何とかしてやりたいのに、自分の力では届かない。
    「そうでもないだろ」
    衣更はぼそりと呟いた。
    「ん?」
    「最近さ、みんなと、特にスバルと実力が開いてきたと思っていてさ。何て言うか、俺は全体を見てバランス調整しているってふうを装っているけど、きっと見るやつが見ればわかるよ。俺だけ劣っているって」
    やっと表に出してくれた不安。
    「そんなことは……」
    だから、今日のレッスン前、スバルを見てあんな表情をしていたのかと、納得する。
    「おまえが下手な慰めをするなよ?……やっぱり、俺は懐中電灯のままだ」
    やはり、懐中電灯は星にはなれないんだなと、淋しげに笑った。
    「衣更、おまえは明日、休みだったな?」
    ふと思いついたことがあり、確認する。
    「あ、ああ」
    「それなら、レッスンはやめて俺に付き合え。どうせ、この後レッスンしようが大して差は埋まらないからな」
    「おまえなあ……。そういうこと言うのやめてくれない?……まあ、いいけど。どうしろって?」
    苦笑しつつ了承される。
    「ちょっと遠出をするから、着替えてこい」
    「ん?泊まりになりそう?」
    今の時間も夕方と夜の間くらいだ。今から遠出すると言われたら、泊まりになると思っても仕方がない。
    「いや、大丈夫だ、たぶん」
    「まあ、泊まりになっても大丈夫だけどさ」
    着替えてくる、とだけ告げて、着替え室へと向かった。
    衣更がいなくなると、息を吐いた。
    頭痛がするし、寒気がする。
    これは熱も出てきたような気がするが、この機会を逃すことはできない。自分が伝えたいことを後日に回したら、たぶん彼の心に届かない。今でも届くかはわからないが。
    最悪、目的地に着くまで保ってくれればそれでいい。
    しばらくすると着替えた衣更が戻ってきた。
    「お待たせ」
    「ああ」
    立ち上がるだけでくらっとするが、そんなことを言っている場合ではない。
    「で、どこに連れて行ってくれるんだ?」
    「川だ。目的の物が見られるかどうかは運だが」
    「運が悪かったら?」
    「無駄足だな」
    「いいけどさ」
    それなら止めるとは言わないことは今までの付き合いでわかっている。
    北斗はそのまま電車に乗るために駅に向かった。

    幸い、電車はそれほど混んでなくて、座ることができた。
    割と長い時間乗っていたので、体調不良でつらい身体にはありがたい。
    目的の駅に到着すると、外はかなり暗くなっていた。
    「ここ、なのか?」
    駅を見渡して衣更は不安げに尋ねる。
    物の見事に何もないような場所だったからだ。
    「ああ。暗いから気をつけろよ」
    それだけ告げると、北斗は歩き始める。
    無人改札をくぐって、しばらく歩くと、目的地に到着した。
    「北斗?」
    「どうやら、運がよかったようだ」
    そこに広がっていたのは光の群れ。
    「え?これって、蛍……?」
    衣更が驚いたように足を止めて見つめる。
    「ああ。今日は月もないからよく見えるな」
    「蛍なんて初めて見た……。綺麗だな……」
    「そうか」
    どうやらお世辞ではなさそうな声に北斗は満足そうに頷いた。
    「蛍を見に来たのか?」
    「ああ。おまえが蛍を綺麗だと思えないなら、どうにもならないが、この光景が綺麗だと思えるのなら」
    この時期独特の熱気と湿度が気持ち悪い。
    立っているのもつらいが、こういう場所に座る場所などあるはずもない。
    「北斗?」
    さすがに不思議そうに問いかけられる。
    「……衣更」
    「何だよ」
    「おまえは星の光以外不要だと思うか?」
    頭の中がぐるぐるする。
    だが、伝えなければ無理してまで来た意味がない。
    「は?」
    「蛍の光だって十分綺麗だろう?ライブの時のサイリウムの光だって綺麗だ。光の種類なんて一つじゃないし、光源が何かなんてどうでもいいだろう」
    「あのさ、もしかして、慰めてくれているの?」
    「いいや。事実だ。光は一つじゃない。確かに明星のように目を惹きつけられる、強い輝きも光なんだろうな。だが、それだけじゃ目がチカチカする。俺はおまえの穏やかで優しい光が好きだ。おまえの光は人を安心させる。そういう光も必要なんだ。空を見上げ、憧れるというのもアイドルの一つだろう。だが、見ていることでほっとできる、癒やされる。そういうのもアイドルとしての一つじゃないのか?」
    北斗自身は両親という強い光を見続けてきた。
    だが、衣更に出会って、そういう光もあるのだと言うことを知った。
    「北斗はさ、俺はトリックスターに必要だと思っている?」
    少しだけ不安げな声。
    「もちろんだ。前にも言ったが、ファンへの心遣いや気遣いは誰よりも優れているし、みんなのことを見ていてくれるから、バランスを取れるんだろう?明星は特に突っ走るからな。後ろで監督する役目は必要だ。それに、おまえがいてくれるから、きっとトリックスターに親しみを感じてくれる。大切なメンバーだ」
    思っていることを口にする
    ここで嘘などついても仕方ない。本心だった。
    「……蛍、綺麗だな」
    衣更はやわらかく笑った気配を感じて、北斗は安堵する。
    もちろん、すべてが解決したわけではないだろうが、少なくとも自分の言葉は伝わったのだろう。
    「それなら来た甲斐があったな」
    そう言った瞬間、突然、目の前が真っ暗になる。否、元々暗いが、蛍も衣更の姿も見えなくなる。
    身体が限界だったのだろうか。
    それでも、伝えられたのならよかった。
    自分の言葉が少しでもいい。彼の救いとなってくれれば―――。

    どのくらい時間が経ったのだろうか。
    ふっと目を開けると、心配そうな衣更の表情が目に入ってきた。
    「あれ……?」
    「よかった、気づいたのか」
    ほっとしたような表情を浮かべているのを感じる。
    「意識、なかったか?」
    「一、二分だと思うけど、明らかに意識飛んでいただろ?」
    「そうか。すまない」
    地面に身体がついていない。どうやら支えられているらしい。
    背中に腕が回っていることに気づくと、急に恥ずかしくなって、体勢を変えようとしたら、頭がぐらりとして気持ち悪くなる。
    「おまえの恥ずかしがるポイントってホント、わかんねえな。さっきなんて押し倒されても動じなかったのに」
    やれやれと呟いて、座る?と聞かれる。
    「いや、大丈夫」
    「そうに見えないから聞いてんだけど。今だって、俺が支えなきゃ間違いなく倒れていたし。まあ、いいや。あっちにベンチあったし」
    そう言いながら、荷物を肩にかけて、北斗を横抱きにする。
    「おい」
    「暴れられると俺が重いから静かにして」
    静かな声で告げると、そのまま衣更は歩き出した。
    言っていたベンチのある場所に辿り着くと北斗を下ろす。
    「寝た方がいいよな。男の膝枕なんかで悪いが、我慢して」
    そう言って、衣更は北斗の身体を横たえて、自身の腿の上に北斗の頭を置かせた。
    「悪い……」
    横になると幾ばくかは楽になったような気がする。気がするだけだが。
    「大丈夫か?」
    まるで暇を持て余すかのように髪を撫でながら問いかける。
    「ああ。しばらく休めば大丈夫だから、先に帰ってくれ」
    この状態で家に帰ることが不可能だと言うことはさすがにわかる。
    ここで横になって少しでも体調がよくなる方に賭けるしかない。だからと言ってそれに衣更を付き合わせるわけにもいかないだろう。
    「あのなあ……。ここで、はい、そうですか、何て言えるわけないだろ」
    深い溜息をついて答える。
    「だが……」
    「おまえさ、いつから体調悪かった?」
    ふと真剣な声になって問われる。
    「え?」
    「いきなりじゃないだろ。いつから、体調悪かったって聞いているんだけど」
    「今日の朝?」
    あまり頭が回ってなくて正直に答えると、衣更の気配がどことなく怒りを含み始めているような気がした。
    「だったら、何呑気にレッスンして蛍見ているんだよ!レッスンだって体調悪いんだったら、言ってくれればいいし、こんな蛍狩りなんて、間違いなく余分だろうが!」
    「すまないが、少し音量を落としてくれないか?頭に響く」
    そう告げると、衣更の顔を見上げた。
    「ここに来たのは、余分で無駄なことだったか?おまえにとってそうならそうだろう。俺は自分の身体よりおまえの心が心配だった。苦しい、つらい。そう叫んでいたのが見えたから。おまえの心の方が重症だと思った。もしもおまえが少しでもいい。この光景を綺麗だと思い、癒されたのなら、俺にとっては余分でも無駄でもない。倒れても来る価値があった」
    実際はわからない。
    衣更にとって、価値があったことなのかどうか。
    だが、自分にできることはそれしかなかったから。
    「だが、迷惑をかけるつもりはないんだ。俺は少し休んでいくから、おまえは先に帰ってくれていいから」
    明日休みとはいえ、夜遅くまで付き合わなくてもいいのだと。
    「馬鹿野郎……」
    押し殺すような声だ。
    「衣更?」
    「ふざけんな。馬鹿」
    「また、泣いているのか?結構泣き虫だな、衣更は」
    そう言って頬に伝う涙を拭う。
    「煩い!」
    そう怒鳴った後、再び溜息をついたが、意を決したようだ。
    「北斗、悪いけど、移動するからおぶさって」
    「は?」
    「ここじゃ、あまり休めないだろ。休める場所まで俺が運ぶから」
    「だから……」
    「言うこと聞いてくれないと、またお姫様抱っこになるけど。できれば背負った方が楽なんで、大人しく背負われてくれない?」
    どこまで運ぶ気か知らないが、確かに横抱きは負担が大きいだろう。
    衣更は北斗の身体を起こした後、何やら、変装用のウィッグを被った後、北斗の前にしゃがみ込む。
    北斗はしばらく躊躇ったが「抱っこの方がいい?」と重ねて問われて仕方なく彼の首に手を回して背負われた。
    「眠れそうなら寝てていいからな」
    優しい声で言われる。
    どこに連れて行かれるかわからないが、衣更の温もりが何故か安心させてだんだんと意識が遠のいていった。


    この日、本当に美しいものを見た。
    闇夜に迷う自分を優しく包み込んで、行き先を指し示してくれた導きの光。

    背負っている北斗は眠ってしまったのだろうか。寝息が首筋を擽った。
    背中に感じる温もりに衣更は少しだけ温かい気持ちになりつつも、心に痛みが走る。
    (馬鹿だな、おまえは)
    学生時代からずっと燻り続けていたコンプレックスを最近になってずっと刺激されて苦しんでいた自分に手を差し伸ばそうとしてくれた北斗。
    だが、心が荒んでいた自分にはそれすら鬱陶しくて、いっそのこと拒絶してくれたら、自分なんかいらないと言ってくれたら、すっきりするのではないかと押し倒したのに、そんな自分ごと全部受け入れてくれた。
    きっとあのまま北斗の身体を開いても彼は抱きしめてくれただろう。
    (おまえの手はとっくに俺の心に届いてたよ)
    押し倒したとき、触れた肩がひどく熱かった。
    あの時に気づこうと思えば気づけたのだ。普段コンプレックスになるくらい体温が低い北斗が熱いなんてほとんどないのだから。
    だが、あの時は自分の精神状態が普通ではなかったから、見逃したのだ。
    自分を受け入れてくれることがわかったから、吐き出した不安。
    それに対して、倒れるまで体調が悪かったくせに遠出して蛍を見せて、光の種類は一つじゃないと教えてくれた。
    蛍も綺麗だったが、本当に綺麗だったのは―――。
    (敵わないよな、おまえには)
    今でもスバルのような眩い光に憧れはあるけれど、北斗が自分の光が好きだと言ってくれるなら、それがトリックスターにとって必要だと言ってくれるなら、それでもいいと思い始めている。
    このまま駅に向かって電車で帰るのは非現実的だ。
    彼を一人置いて帰るのは論外にしても、あそこで横になっていてもそこまで事態が好転するとは思えない。
    タクシーを呼んで帰ると言う手もあったが、車の揺れが彼の気分を悪くさせる可能性もあったし、ここからだと幾ばくかメーターが怖かった。
    あまり取りたくはなかったが、一番現実的な方法。
    駅から歩いてくるときに見かけた、妙にこの場所に不似合いな派手なネオンのあった建物。
    いわゆるラブホテルに泊まること。
    タクシーで帰るよりは安いし、明日は二人とも休みだ。何よりもベッドが確保できる。
    問題はよからぬ噂が立つことだが、自分は変装用のウィッグを使用して、髪色を誤魔化し、北斗はこの状態なら、顔は見られない。
    有人カウンターだともしかしたら、準強姦罪を疑われて通報されるかもしれないが、そのときは事情を話すしかない。
    しばらく歩くと辿り着いたラブホテルはどうやら無人でタッチパネルで部屋を選ぶタイプらしい。
    選別する余裕もないので、ランプが点灯している部屋のパネルと適当に押して、部屋番号を確認し、そのまま部屋まで行った。
    部屋に入ると、何はともあれ、背負っていた北斗をベッドに寝かせた。
    眠っている北斗が少し苦しそうな表情をしている。額に手を当てると、かなり熱い。
    「本当に馬鹿だよな、おまえは」
    いや、本当の馬鹿はこんな状態にして気づきもしなかった自分なのだが。
    寝苦しそうだったので、シャツのボタンを二つほど外してやる。
    本当は病院に連れて行った方がいいのかもしれないが、明日起きてからの様子次第だろう。
    北斗を無事ベッドに寝かせたのはいいとして、どうするか。
    適当に入った部屋は一部屋しかないタイプで、ベッドも一つだ。
    ソファもない。ベッドはダブルベッドなので端に座っておけば邪魔にはならないだろうが。
    暇を潰せるようなものはテレビしかないが、まさかラブホ名物アダルトビデオを見るわけにも行かない。
    (煩いしな)
    いい年しした男の感想がそれなのはどうなのかと思うが、仕方ない。
    今、ベッドで寝ている男の熱に魘されている様子の方がよほど股間を刺激するのだから。
    (と言ってもな、北斗を見ながら、右手の世話になるって言うのもどう考えても変態だしな)
    万が一、最中に北斗が目を覚ましたときのいたたまれなさは考えたくもない。
    (風呂に入ろう)
    そういえば、レッスンが終わって、着替えしかしてなかった。
    割と現実的な案が思い浮かぶと、湯船に湯を張り始めて、準備を始める。と言っても、クローゼットに入っていた部屋着とタオルを準備するだけだ。
    (そういえば、お腹すいたな)
    何しろ、レッスンを終えた後何も食べていない。
    風呂の準備ができるまで食事でも選ぶことにして、ルームサービスのメニューを取り出す。
    (まあ、いいか。ラーメンで。すぐできるだろうし。北斗は…目が覚めたら聞いてみるか)
    そんなことを思いながら、リモコン操作で注文した。
    しばらくすると、ルームサービスがやってきたらしくチャイムの音がする。北斗は寝ているようなので、安心して取りに行き、ラーメンを静かに食べる。
    食事が終わると、湯船がちょうどいい具合になっていたから、風呂に入ることにした。
    無駄に大きい浴室で、身体を洗い髪を洗い湯船に浸かった後、もう一度シャワーを浴びていると、何故か視線を感じてみると、北斗と目が合った。
    (うわっ、そういえばこの風呂の仕切りガラスだった)
    北斗が寝ていたから、気にしてなかったが、部屋から丸見えの仕組みなのだ。
    (目覚ましたのかよ?)
    慌てて浴室から出て身体を拭いて部屋着を着て北斗の傍に行く。
    「もう、風呂はいいのか?」
    少し掠れた声で尋ねる。
    「あ、ああ。水でも飲むか?」
    寝ている間に汗でもかいたのなら、水分補給の必要があるだろう。
    「ああ。そうだな」
    衣更は冷蔵庫を開けるとペットボトルのスポーツドリンクを取り出して手渡す。
    身体を起こした北斗は受け取ると、蓋を開けて飲む。
    「調子はどうだ?」
    心配げに尋ねる。
    「少し、楽になった気がする」
    衣更は何気なく北斗の額に手を当ててみると、確かに先ほどよりは温度が低い気がした。
    「熱は少し下がったみたいだな。というか、何で見てたんだよ」
    俺の入浴シーンなんて見てもつまらないだろう?と苦笑する。
    「そんなことはない。おまえとは風呂に一緒に入ったこともあるのに、おまえの身体を流れる水とかすごく綺麗に見えて飽きなかった」
    「おまえ、熱でテンションがおかしなことになっているだろう」
    臆面もない褒め言葉に衣更は幾分恥ずかしくなりながらぶっきらぼうに告げる。
    「さあな。朝から、ずっとふわふわしているからよくわからない」
    「おまえなあ、だったら何で……」
    「衣更はトリックスターにいるの、つらいか?」
    「何言って……」
    突然の問いかけに目を見張る。
    「おまえが懐中電灯なんて言われたのは、学生時代の話だ。それをずっと引き摺ってきたのか?」
    「別にずっとじゃない。たまに思い出すだけだ」
    思い知らされると言っていいのかもしれない。
    「おまえにはさ、トリックスターを抜ける権利がある」
    「おまえ何言って……?」
    「俺は、昔、俺の個人的な復讐におまえたちを付き合わせた。革命だ、何だと言っても本当はきっと復讐したかっただけだ。おまえも板挟みになってつらかっただろうに、な」
    「北斗?」
    「俺はいつもそうだ。突っ走って後から気づく。俺のしたことで傷ついた人がいるのだと」
    そう言って自嘲的に笑った。
    (こいつはそういうやつだった)
    確かに不器用で鈍感で何も考えずに突っ込むこともあるけれど、人の痛みがわからないわけじゃない。後から気づいて心を痛めている。
    「少なくとも、俺はさ、付き合わされたなんて思ってない。もしも嫌だったらDDDの時に紅月に入るとかしてたと思う。あの時は合理的にトリックスターを抜けられたんだからな。俺は自分でトリックスターを自分の居場所に選んだんだ」
    そう言って衣更はふわりと北斗の髪に触れた。
    「衣更」
    「何?」
    「リバースライブって昔あっただろう?」
    「あったな。トリックスターは関係なかったけど」
    やけに話が飛ぶがとりあえず話を促す。
    「俺は父と対決した。あの時、俺はレインボウズのメンバーに父に勝つために命を賭けてくれとは言えなかった」
    「そりゃな」
    「もしも、おまえたちだったら、どうだったんだろうな。俺はくだらない反抗期の親子喧嘩のためにおまえたちに命を賭けて戦ってくれって言ったのかどうか。俺は今でもわからないんだ」
    衣更はゆっくりと北斗の身体を抱き寄せた。
    まだ、熱を帯びた身体は抵抗されることなく腕の中に収まった。
    「衣更?」
    「なあ、北斗、ここどこか知っている?」
    「ん?いや。聞こうと思っていたんだが」
    腕の中でふるふると首を横に振った。
    「ここさ、ラブホテルなんだ。おまえだって知っているだろ?セックスする施設。本当はおまえを休ませるために来たけど」
    そこで言葉を切って、内緒話をするように耳元に唇を持っていく。
    「せっかくだから、ここにふさわしいことしようか?」
    囁くように告げると、腕の中の北斗の身体がびくりと震えた。


    「緊張しているの?北斗」
    衣更はくすりと笑って尋ねる。
    熱い身体。
    本当にこのまま―――。
    そこまで思って衣更は息を吐き出した。
    その吐息にすらぴくりと反応する。
    可愛い。
    そう想ってしまう心に少しだけ苦笑した。
    「もしも、おまえが判断を誤ったり、誰かの手によって陥れられたりして、どうにもならなくなって、誰かが詰め腹を切らなきゃいけなくなったら、おまえがその役をやるんだろう?」
    耳元で囁くたびに微かに身動ぎしている。もしかしたら耳は弱いのかもしれない。
    「もちろんだ。そのためのリーダーだからな」
    「わかっている。だから、その時は俺も連れて行け」
    「は?」
    「もしもの時は、スバルと真だけは助けてやりたい。俺とおまえの首を差し出せば、二人は助けられるだろ」
    北斗の身体をぎゅうっと抱きしめる。
    「衣更」
    「何?」
    「そんなこと言ったら、きっと二人は怒るぞ?」
    小さな声で反論される。
    そんなこと北斗に言われなくてもわかっている。二人とも自分たちだけ生き残りたいなんて思っていないだろう。
    「だから、内緒話だよ。防音に優れたラブホでするのに相応しいことだろ?」
    くすくすと楽しげに笑う。
    「内緒なのか?」
    「内緒に決まっているだろ。こんなこと話していると知られたら、怒られるし、いざというときに絶対に邪魔される」
    「そうだろうな。特に明星はどんな行動をするのか読めないしな」
    「だろ?」
    「だが、何があってもおまえたちだけは助けてやる。どんな手を使っても、何を利用しても。だから、おまえの自己犠牲はいらない」
    北斗はきっぱりと断言した。
    「確かにおまえは俺と違っていろんな伝手があるし、おまえの心と引き替えにすりゃ、ある程度のことはできるかもしれないな」
    何しろ、彼の両親はスーパーアイドルと大女優である。しかもスバルの家と違って、それなりに他の芸能人を家に呼んでいた。昔はトリックスターの歌も彼の父親の伝手を使って手に入れていたこともある。
    北斗は親の七光りを使うことを嫌がるが、その気になればそのカードが切れる。心を殺せば、の話だが。
    「わかっているなら、くだらない心配はするな」
    「くだらなくなんかない」
    衣更は強い口調で告げる。
    「衣更?」
    「おまえって本当に面倒くさいやつで、滅茶苦茶わかりにくい自己犠牲してくれるから、困るんだよ。もしかしたらおまえ自身、自己犠牲だって思ってないかもしれないな。だから、誰も感謝もしないし、罪悪感も抱かない。今回くらいわかりやすかったら、いいんだけどな」
    たぶん、彼は今まで仲間のためにいろいろなものを犠牲にしてきた。
    だが、一個一個が小さすぎて目に見えないのだ。
    苦言を呈するのも仲間を思ってのことなのに、不器用すぎて伝わらなくて、結局悪者になったり傷ついたりする。
    「何言っているんだ?」
    「おまえはさ、強い奴だって俺は思っているよ。鈍感だし、いろいろな耐性持っているし」
    「褒めているのか、貶しているのか、どっちなんだ?」
    「一応は褒めている。でも、強いからといって傷つかないわけじゃない。強いからといって何してもいいわけじゃない。本当はおまえが悪いわけじゃないのに、相手が傷ついたからと言って悪者になるなんて馬鹿みたいじゃないか」
    衣更も弱いことが悪だと言うつもりはない。
    だが、傷ついても平気な顔をする人間に何をしてもいいわけじゃないのだ。
    「別にそんなことはないと思うが……」
    「姫宮に裏切り者って言われて、傷つきまくっていたくせに良く言う。言い返せばよかったんだよ。トリックスターがフィーネに勝ったのは自分が裏切ったからじゃない。フィーネが弱かったからだって」
    何を言われても表情がわかりにくいから、相手は言いすぎてしまうのだ。
    姫宮もレインボウズで接するようになって、だんだん北斗のことを理解して言わなくなったし、何となく仲良くなったように見えたが、最初の頃は見ていられなかった。
    「いつの話だ、それは」
    何となく不機嫌そうな空気が伝わってくる。
    「懐中電灯前後」
    「おまえと違って、俺はもう忘れた」
    「おまえは忘れてないよ。おまえは一度経験したことを忘れない。忘れた方がいいことも忘れていない。忘れてないからこそ、耐性ができるんだからな」
    抱きしめていた腕を緩めて、表情を見る。
    彼の表情は泣きそうにも見えて。
    キスしたいなとか自然に思う。
    が、ラブホのベッドで抱きしめているとはいえ、残念ながら衣更と北斗はそういう間柄ではない。
    この状況が異常なだけである。
    「だとしても、おまえには関係ない」
    「関係、作ったのはおまえだろ?北斗」
    「どういう意味だ?」
    「おまえが熱で頭がいかれていて、真面な判断が下せなかったんだとしても、誰でも彼でも犯されてもいいなんて言う博愛主義者じゃないだろう。……俺だから、だろ?」
    衣更の言葉に北斗は目を見開いた。
    「違うなら、違うって言えよ。俺だから慰めるために犯されもいいって言ったんだろ?俺だからこんなラブホテルで抱きしめられても抵抗一つしないんだろ?」
    ゆっくりと指を頬に移動させてするりと撫でる。
    「それは……」
    「それとも、本当にここで無理矢理犯して、一生責任取るって言おうか?」
    そうしたら、『関係ない』なんて言わないだろう?と微笑む。
    「その……衣更は…男が好き、なのか?」
    蒼色の瞳を瞬かせながら、おずおずと尋ねる。
    「斜め上の発想ありがとうな。まったく違う。俺はさ、おまえが好きなんだよ、北斗」
    ぷっと吹き出した後、真剣な表情になる。
    「は?」
    きょとんとした表情。
    彼にしてはとても無防備だ。
    「一生言うつもりなんてなかったんだ。だけど、おまえが俺の心に触れるから悪い。俺の全部を受け入れちゃってくれるからもう無理。我慢できない。おまえがどう思ってようといいよ。俺が勝手におまえに一生ついていくだけだから」
    「衣更……?」
    「おまえが嫌だって言うなら、もう二度と触れないし、好きだとも言わない。匂わせもしない。だけど、俺を切り捨てるのは許さない。おまえが俺の進む道を照らしたんだ。だから、責任取れよ」
    喩えその道が間違っていたのだとしても、北斗を信じて進んだのだから。
    だから、引き返すつもりはないのだと。
    「……衣更」
    「何?」
    「おまえの言うこと、間違ってない。おまえだから、犯されてもいいって言った。おまえだから、こんな場所で抱きしめられてもかまわない。あの時も、今も、これからも」
    顔を肩に埋めて、小さな声で告げる。
    「じゃあ、さ。北斗。俺にならキスされてもいい?」
    耳元で囁くとびくりと震える。
    やはり敏感らしい。
    「……いい、ぞ」
    「じゃあ、これは約束だ。おまえが行く場所に必ず俺も連れて行け。喩え底なし沼でも地獄でも絶対においていくな」
    衣更は強い口調で言い切ると、そっと北斗の唇に自分のそれを重ねる。
    その唇は思ったよりもずっと熱かった。

    俺が暗闇に道を喪い彷徨っていたら、必ず北斗が戻ってきて自分の光で俺の道を照らしてくれる。
    だから、約束する。
    もしもおまえが道を間違えたとしても、照らした道が混沌の暗闇に繋がっていたとしても。
    必ず、俺はおまえについていくよ。
    おまえが選んだ道を共に歩いていく―――。
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