ストロベリームーンの夜空を見上げると、晴れ渡った夜空が広がっている。
(晴れているな)
満月に近い月が目に入り、衣更は目を細めた。
少し前に同じユニット内でスケジュールを共有した方がいいだろうと提案して、お互いのスケジュールアプリを同期させた。だから、スケジュールアプリを起動すると、自分だけでなくユニットメンバーのスケジュールも把握できる。
確かにお互いのスケジュールがわかった方が便利だというのもあるが、共有を訴えたのは幾ばくかの下心もあった。
(真は早い、のか)
学生の頃はほとんどなかった早朝の仕事。
今では日夜問わず仕事が来ている。
下心ありで共有したスケジュールだが、ここ最近では共有しないとすれ違ってしまうことも多々あるので、共有しておいてよかったなと他のメンバーからも言われていた。
遊木の仕事は早朝のテレビ番組のゲスト出演だが、打ち合わせ等もあるため、かなり早めに寮を出るようだ。
(それなら……もしかしたら)
ふとそんなことを心に思いながら、共有スペースへと足を運んだ。
彼が早めに部屋を来てくれるかどうかはある意味賭けだが、たぶん用心深い彼はギリギリには出ないと思っている。
「あれ?衣更くん?」
共有スペースで寛いでいると、声をかけられた。
「真、どうしたんだ?って仕事か」
できるだけ自然な口調で話しかけつつ、立ち上がって近づく。
「そう。まだ早いんだけど、寝ていたら中途半端な時間になりそうだから。でもこんな時間だとごそごそしていると同室者に迷惑だしね」
だから、少し共有スペースで休んでから行こうと思ってさ、と言う。
「そっか。俺はちょっと寝付けなくてさ。俺は明日仕事は午後からだし、真さえよかったら、お茶でも付き合ってくれない?」
運がよかったと衣更は思いながら、遊木を茶に誘ってみる。
「いいよ。僕も時間まで暇だったし」
遊木もにっこりと笑うと自分の飲み物を用意してくると告げて遊木はその場を離れた。
衣更は再び共有スペースの先程まで座っていた場所に腰を下ろした。
しばらくすると遊木が戻ってきて、一緒に飲み物を飲みながら、他愛ない話をした。
学生の頃はまだ学校という繋がりがあった。
今でも同じユニットでユニットで仕事を受ける時は当然一緒だが、それ以外は学生の頃と比べると一緒にいる時間が減ったのは事実だ。
個々の仕事が多いのはありがたいことではあるだろう。だが、トリックスターのメンバーの交流が減ったことはどこか淋しい。
真夜中に等しい時間なので、大声で騒ぐわけにはいかないが、雑談をする程度は問題がない。
気心の知れた相手との会話は楽しい。ましてや衣更にとっては――。
楽しい時間の流れは速く、いつの間にか遊木の仕事の時間になっていた。
「それじゃあ、僕はそろそろ出かけるね」
「ああ。今日は満月らしいから、せっかくだし俺も見ようかな」
そんなことを言いながら、衣更も立ち上がった。
「そういえば、晴れているしね」
疑問に思わない様子で遊木も立ち上がって、二人は寮の外に出た。
空には美しい満月が浮かんでいた。
六月の満月はアメリカでストロベリームーンと言うらしい。そしてこのストロベリームーンには「恋を叶えてくれる月」という別名がある。「好きな人と見ると結ばれる」「恋愛運が上がる」といった俗説もあるという。
たまたまその関連にする記事を読んで知ったこと。
「綺麗だな」
衣更が声をかけた。
「そうだね」
遊木はやわらかく微笑む。
衣更はそれを見てそっと目を細めた。
いつからだろう。ずっとこの友人が好きだった。友情ではなくて恋愛感情として。
その想いを伝えるつもりはない。自分も彼も男だし、同じユニットで活動するアイドルだ。下手にその想いを零して、気まずくなるのは何が何でも避けたいところだった。
こんな月を一緒に見たって想いが報われるなんて思ったことはない。
それでも、一緒に見たかった。馬鹿みたいだと自分でもわかっているけれど。
それなのに一緒に見られたことはこんなにも嬉しい。
「衣更くん」
「ん?どうした?」
「今日は仕事だから、僕は行ってくるけど」
そう言って、衣更の正面に回って、その瞳を覗き込む。
「ま、真?」
思わず焦って上ずった声を上げてしまう。
スバルと違って、普段自分から距離を詰めるタイプではない彼が自分から近づいてきたのは心臓に悪い。
「来年はついででなくて月見を誘ってくれると嬉しいな」
「へ?」
「衣更くんと見る月はいつも綺麗だよ」
それだけ言うと遊木は衣更の返事を聞く前に走っていった。
衣更は闇の中に消えていく遊木の姿を呆然と見送ることしかできなかった。
「…え?あれって、どういう意味、何だ……?」
少しは期待してもいいのだろうか。
「恋を叶えてくれる、月、か」
美しい満月は物を言わぬまま輝いているのみ――。