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    akuta595966

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    akuta595966

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    剣抱きてキャラバンの男から肉と共に押し付けられたのは、見窄らしく錆びた剣だった。
    商人である彼はいつもの南方訛りで捲し立てるように、その剣がどこの出自なのかを聞いてもいないのに語ってくれた。
    曰く、この剣は遠い昔に繁栄していた王国の女王が持っていたものだという。
    女王でありながら剣の達人であった彼女だったが王国の滅亡と共に処刑され、愛用していた剣も何処へと葬られたのだとか。
    その「何処へと葬られた剣」が、この錆びた剣なのだという。
    歴史的には価値があるのだろう。本当にその繁栄したという王国が存在していればの話だが。
    そのようなでっち上げの話を使ってでも、たとえ二束三文でも売れれば向こうにとっては万々歳といったところだろう。
    いやああんたが買ってくれなきゃ〜多分捨てられちまうだろうね、隊長に。こんな売れもしないモノをいつまでも取っておいても仕方ないからねえ。旦那が買ってくれりゃあこの剣の持ち主も浮かばれるだろうねえ。
    ちらりと上目遣いで見ながらそう言われてしまえば買わざるを得ない。
    剣の出自自体には半信半疑ではあったが、もしも本当であればこの剣が捨てられてしまうのはあまりにも忍びない。
    そうして今に至るというわけだ。
    とはいっても、剣を買ったところで振るうわけでもない。剣舞向けともいえない。かといって、観賞用にできるほどの煌びやかさがあるわけでもない。
    どうしたものか。
    腕を組み、剣を睨みながらうーんと唸りながら考えていた時だった。
    「ノナメさーん、いる? 入るよ?」
    聞き慣れた声がして、その直後無遠慮に視界の隅にすっと人影が現れた。
    「うわあ、ペスちゃん!!」
    突然の友の来訪に思わず大声をあげ、思わず尻餅をつきかける。
    いつもならすぐに気がつくがこの剣をどうしようかじっくり考えて集中していた為か、全く気がつかなかった。
    うわあ、とまるで怪物を見たかのような反応をされた友、ペストリカは少しむっとしたように黙り込んだがすぐに「あ、それ何?」と言いながらノナメの肩にペストマスクの嘴を乗せて彼の向こうにある剣を見た。
    古びた、というにはいささか錆びすぎている剣。全身にまとわりつく錆のせいで元々の姿も曖昧になってしまっている。
    辛うじて鍔の部分に赤い石が嵌っているのは見えるものの、それも経年劣化のせいかこれまでぞんざいに扱われていたからかヒビが入って今にも崩れてしまいそうだ。
    「キャラバンの商人さんから貰ったんですよ。サソリの干物と引き換えに」
    「へえ〜。それにしてもボロボロだね」
    ペストリカの声が笑いを堪えるように、少し揺れた。
    商人がヤケクソでこのボロボロの剣をノナメに渡す図が脳裏に浮かんでいるに違いない。
    「ペスちゃん、笑い事じゃないですよ。魔術にも使えなさそうだし、本当にどうしようか……」
    「そうだよね……。それよりノナメさん、今日私とチェスする約束だった気がするんだけど」
    ふと声を低くして言った友人に、ノナメはあっと声を上げた。そうだ。このゴタゴタで忘れていたが今日はこの友人とチェスをしようと約束していた日だった。
    ああしまいっぱなしのチェスを取り出さなければ。
    ノナメは立ち上がるとせかせかと早歩きをするのだった。

    「起きろ、魔術師」
    低い腹の中にも響くような威厳のある女の声に、ノナメは飛び起きた。
    夜中だ。昼間の暑さが一転した底冷えのする寒さが、服越しに肌を苛めてくる。
    ところで誰の声だ。侵入者か。
    護身用の小刀を手にし、辺りに目を向ける。
    誰もいない。だが声は相変わらず聞こえてくる。気配もある。
    「……誰ですか?」
    平静を装いながら呼びかける。気配があるのは壁に立てかけてある剣の側。
    剣、女。
    ノナメの脳裏に商人の言葉がリフレインする。
    女王。
    この剣を持っていた女王だとでもいうのだろうか。
    「……あなたは、その剣を持っていた……」
    「そうだ。私がこの剣を持っていた、そうだな、お前達の言葉を借りるのならば女王だ」
    ノナメは小刀を地面にそっと置く。危害は加えられないだろうし、小刀があったとしても意味がないだろうから。
    そも本当に、本当にその繁栄したという国があったとでもいうのだろうか。
    「なんだ。何を呆けている。亡霊がそんなに珍しいか?」
    面白そうに、低く笑いを漏らしながら女王が追いかけてくる。
    例え姿を持たぬ魂のみの存在であっても、女王は女王。彼は居住まいを正す。
    「はい。たまに精霊と交信する事は事はありますが……。貴方のような所謂亡霊は初めてで」
    「ほう、それにしても全く驚かぬではないか。肝が据わっているのだな、お前は」
    「砂漠で暮らしていると様々なことが起こりますから。それで……」
    一体貴方はどうしてここへ、と言いかけたのを遮り、女王は続けた。
    「それでどうしてここへ、と言いたいのだろう? 私はお前が買ったこの剣に、魂だけを宿した亡霊だ。今までたくさんの人間がこれを手にしたが、皆私の声を聞いて怖がって手放してしまったのだ」
    それはそうでしょうね、私も一瞬怖かったしと言いかけたが相手は亡霊といえども剣の達人である女王。怒らせるとどうなるかわからない。と慌てて口をつぐんだ。
    「お前に頼みがある、魔術師よ」
    「はあ」
    「この剣を手放さずに持っていてほしい」
    「え、ええ。それは良いですが、どうして」
    「私はもう、疲れた。我が国を滅ぼした敵国への恨みと自分への怒りだけで私と共に生きてきたこの剣に宿り、幾星霜も過ごしてきた。しかし、怒りや恨みは心を摩耗させる。そろそろ眠りたい。しかしだ。私が眠った後にこの剣がまた商売の道具になるのは辛い」
    女王の声は相変わらず威厳に満ちていたが、どこか悲しみを帯びているようだった。
    ノナメは一瞬悩んだ。朝あんなにもあの剣の処遇を考えた。その思案を、この亡霊の一声で決めてしまっても良いのかと。
    だがもし彼女の願いを無視して剣を手放してしまったらこの剣は単なるボロい錆びた剣として今度こそゴミとして捨てられてしまうかもしれない。
    それはどうにも許し難い。
    彼は意を決して「分かりました」と言った。
    「ありがとう、砂漠の魔術師よ」
    そうして気配は消え、突如やってきた眠気に耐えきれずにノナメは地面に倒れ込んで再び寝息を立てるのだった。

    「ノーナーメーさん! 久しぶりー!」
    元気いっぱいに家に入ってきたペストリカを出迎えたのは、壁に飾ってあるあの剣だった。
    床に座り、チャイを淹れていたノナメに彼は問いかける。
    「ノナメさん、あの剣……」
    ノナメは剣を見ながら言った。
    「女王様から預かっているんですよ」
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