ぜんぶあいつのせいにしてぶるぶるぶる、と震え始めたスマートフォンに目をやると、恋人の名前が表示されていた。時刻は22時45分。ラビチャじゃなくて電話なんて珍しいな、などと思いながら、読んでいた本を閉じ、指先で画面を撫でる。
「もしもし?」
「あ、にかいどぉ、出てくれた」
押し当てた薄い板から聞こえてきた声は、ずいぶんと丸みを帯びてふにゃふにゃしている。またも俺は、珍しいな、と思った。だって八乙女、明らかに酔ってる。ここまでゆるゆるになるまで飲んでいるのは記憶にないから、結構飲んだのかもしれない。へへ、と笑う声に、電話越しでも嬉しそうにしているのが伝わってきて、つい頬が緩む。俺が電話に出ただけでこいつ、こんなに嬉しそうにしちゃうんだぜ、というちょっとした優越感。
「なに、飲んでんの」
「ん、飲んでる。前に出たドラマの監督にもらった酒が飲みやすくて、いっぱい飲んじまった」
「ふうん、そっか」
「そしたら、二階堂に電話したくなって」
声が聞けてうれしい、と笑う、少しばかり舌足らずな低音がくすぐったい。あー、かわいい顔してんだろうな、見てえな、と思うと胸の辺りがぎゅう、とする。そういえば、しばらく会えていないのだった。
「でも、電話、しなかった方がよかったかもしれない」
「…なんで?」
「だって、会いたくなっちまった」
「………っ」
きっと、テーブルに突っ伏したであろう、ごん、と鈍い音がする。ゔー、と唸る声。にかいどぉ、と砂糖まみれの声が俺の名前を呼ぶ。ああもう、かわいいことばかり言うなよ!
「なあ、お前さん、1人?」
「ん…1人。家で飲んでるけど…」
それを聞いて安心する。こんなかわいい八乙女、俺以外知らないといい、と思うから。普段であればこんなことを考えるなんて小っ恥ずかしいと思うだろうが、耳から酔いが伝染したからしょうがない。全部全部、八乙女のせいにしてやる。
「………おれもあいたい、から、さ」
今からお前さんち、行っていい?
そう言った自分の声も、待ってる、と言った八乙女の声も、他には聞かせられないな、というくらいに甘くて、スマートフォンに押し当てたままの耳がじんじんと痺れていくのを感じながら、財布を引っ掴んでドアを開けた。