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「おかあさん、みて」
保育園で先生や友達が褒めてくれた絵。
お迎えの時に、お母さんもすごいね、って、褒めてくれた絵。
それとおんなじ絵を、薄暗い部屋で、短くなった色鉛筆で描いた。出来た絵を持ってお化粧してるお母さんの背中に声を掛ける。
お母さんは、ふりむくことも、返事をすることもない。
いつも、いつも、いつも。
まるで、ここに自分はいないみたい。
どうしてだろう。
いいこ、が足りないのかな。
いいこにならなきゃ。
文字を練習して、教科書を隅から隅まで読んで、先生に怒られない様に、大人しく。はみ出ないように、はみでないように。
誰も僕を見てくれない。
どこにいても、どこにもいないみたい。
でもきっと、僕がいけないんだ。
いいこにならなきゃ。
ーーー
痛い。
殴られた頬が痛い。脚が痛い。腹が痛い。
痛い。痛いのに。
心は、不思議と、軽くなったようで。
長年縛り付けられていた錘が外れたみたいで。
殴ってきた人たちが俺を見てる。怒ってる人と笑ってる人。
そっか。俺、
生きてるんだ。
たのしい。
拳に肉がめり込む感触。打ち付けた皮膚が熱を帯びていく感覚。鼓膜を打つ怒号、喧騒。すべてが心地よくて。楽しい。たのしい。
楽しくて、たのしくて。
生まれて初めて満たされた。ような気がした。
ーーー
母さんが死んだ。
好きだったのかどうかもわからないけど、そんな男に騙されたらしい。
可哀想な母さん。
結局、最後まで俺をみてくれなかったね。
涙が流れた。
悲しくはなかった。
俺、悪い子だね。
でも、悪い子の方がいい子にするよりずっと楽しいって、知っちゃったからさ。
もっと、悪い子になろうと思うんだ。
ーーー
中々に骨のある連中だった。
他のシマに殴り込んだ結果ズタボロでの帰還を余儀なくされた。最近、借金取りだとか、用心棒だとか、そう言うシノギばかりだったから、誘惑に負けた。
その時の自分は、笑い飛ばして済む話だろうと、その程度のことだろうと思っていた。
潜在的に、自分が何をしようが、誰も気にしないと、そう感じてたのだから。
指を詰める、と。
背筋が震えた。
板の上に乗った自分の右手から、眼前の青年に目線を移す。
若が、俺を見てる。
あかい、あかい、きれいな瞳が。
ああ、俺、罰を受けるんだ。
受けても、いいんだ。
俺は、ちゃんと、この、椿屋会に、いるんだ。
いるんだ。
そっか。
うれしい。
心の何かが満たされていくような感覚。
脳が甘く痺れるような感覚。
嬉しくて嬉しくて、指を失う恐怖など、とうに消え失せていて。
ずっと、その瞳に見ていてほしい、なんて。
意識が途切れる瞬間まで、その赤色にとらわれていたかった。