無題「失礼っ……しますよ、と」
遮蔽物がルーファウスの視界の何割かを塞ぎ、退く。
レノが離れた場所にある紙束に手を伸ばしたために作られた一時的な目隠し。この黒い幕についてルーファウスは思うところがあった。
気になりだしたのは先月暮れのなんでもない日。薄明にぼやける影が同じように視界を遮った時だ。あれは自分のために淹れたコーヒーを一口奪われた時だった。当たり前のように左から右へ手が伸びて、右から左へ戻って行った。
またある時はルーファウスの膝に片手をついて、もう片方の手でソファの端に転がる電灯のリモコンを捕らえていた。
きっと一言"やめろ"と命じれば、黒い幕は二度と視界を遮ることをしないだろう。
ひとたび声を上げてしまえば夢から醒めて失われてしまう幻なのだとさえ思う。気易く触れる掌から伝わる温もりも頬を擽る赤色の毛先も。
これは寡黙な人間にのみ許された役目。渡り鳥に選ばれたとまり木、野良猫の寝床、狼の巣穴。
つまりは幸福と呼んで差し支えのない事象である。