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    0721の日 学ガルのラウシン

     梅雨が明けてすぐの夜、じっとりと肌に纏わりつくような暑さに嫌気が差す。グラスの縁から転がり落ちそうなほど氷を入れて、シンは冷たい水で喉を潤した。一時凌ぎのそれで体が誤魔化されるのは一瞬で、確かに全身へ染み渡ったはずの冷たさは瞬く間に消えていった。シンが隣を見遣れば、いつだって涼しそうな顔をしている男が流石にうんざりとした顔をしていた。珍しい表情に少しだけ心の中で笑った。ショーケースに並ぶ宝石みたいなスイーツのように、常に冷房の効いた部屋で過ごしているであろう扱いの難しい男には、苦学生が住む冷房の無い部屋で過ごすのはなかなかしんどいらしい。舌を出して伸びる猫のようで、流石に同情をせざるを得なかった。たとえその男が、自らこの部屋に来ていたとしても。
    「……シン、今日は何の日かご存じですか?」
    「なんだ藪から棒に……」
     その男、ラウルスを観察していたシンは、ふと投げられた質問に戸惑う。誕生日か何かだったかと記憶を掘り返すが、ラウルスの誕生日は桜の季節なのを覚えていた。どこか儚い出会いと別れの季節は、ラウルスが纏う雰囲気と合っていると感じたのを覚えている。それに、目の前で暑さに参って虚ろな目をしている男が夏生まれだとは到底思えなかった。関係無いかもしれないが。シンは首を傾げた。
    「何の日なんだ?」
    「自慰の日だそうです」
    「は?」
     声ははっきりと聞こえたはずなのに、言葉の意味を理解するまでに数秒掛かった。シンは頭の中で、その二文字の意味を洗う。けれど、唐突に投げられてしっくりくるような意味は見つからない。
    「何の日だって?」
    「ですから、自慰の日です」
     しっかりと答えられてしまい、シンはいよいよ困惑する。自慰、つまり。
    「つまり、オナニーです。マスターベーション。七月二十一日からの語呂合わせですよ」
     シンの頭の理解が追い付く前に、ラウルスは同意語をすらすらと並べ立てる。それを言ってどうしたいのか、シンには見当も付かない。ラウルスは時々突拍子も無いことを言い出すことがあるが、また唐突だった。湿気と暑さでうんざりしているところに理解不能なものを提示されても、その投げ掛けが何を意味するのか、何の繋がりがあるのか考えることに脳が働かない。シンは考えることを放棄した。
    「……馬鹿じゃないのか?」
    「ええ。非常に俗的で、馬鹿らしくて、面白いと思いませんか? ふふ、〇七二一でオナニーなど、考えたことも無かったですよ。他人の発想は面白いですね」
     やたら愉快そうに笑うラウルスに、シンは眉根を寄せる。結局それがどうしたという話だが、ラウルスがよく分からないことで楽しそうにしているときは大抵ろくな事にはならないと、シンは今までの経験上、理解をしていた。
    「それでですね……」
     ラウルスが招き猫のように空を仰ぐ。シンの中で警戒心が滲み出るが、仕方なく座ったまま近付いていく。内緒話のジェスチャーをするのでシンが恐る恐る耳を寄せると、ラウルスは吐息をたっぷりと含んだ声で囁いた。
    「見せていただけませんか?」
    「……は!? 何っ……」
    「何って、オナ……」
    「っ、言わなくていい!」
     ひっそりと、夜の片隅に溶け込むような声でラウルスはとんでもないことを言う。見せて欲しい、何を。わざわざ明言されずとも、文脈から容易に推察出来る。シンは思わず一歩退いたが、ラウルスがそれを許さない。素早くシンを捕まえて、自身の方へと引き寄せた。
    「この部屋は本当に暑いですね。熱中症で倒れそうです。冷房は付けられないのですか?」
    「は? いや、金が無いから……」
    「そうですか。なら私が出しましょう。君に倒れられては困る。あぁ、それより君が私の家に住むのはどうでしょう。部屋ならいくらでも余っていますので」
    「何……?」
    「君に倒れられたら、私はやらなければならないことも全て放り出してしまうでしょうね」
     殊勝そうなラウルスにシンは揺れた。真面目なシンが、そう言われてしまうと弱いことを知っていて言っているのだ。ラウルスは続けながら、シンの体に触れる。
    「夏の間だけでも、私の家に来ればいい。どうせ居るのは家政婦たちだけですよ」
    「さっきから何なんだ。さっきの話から何の繋がりが……」
    「……私が、少しでも君と一緒に居たいのです。分かりませんか?」
     見つめられて、シンの胸が詰まる。淡い紫の瞳は吸い込まれそうに透き通っている。じっと見つめられて、シンは思わず目を逸らした。
    「そんなこと、言われても……」
    「目を逸らさないで、シン。君不足で私も死んでしまいそうなのです。……という訳で君の自慰が見たいのですが」
    「いや、だから話の繋がりが分からないんだが、っ……!」
     ラウルスがシンの首筋を落ちる汗の一筋を舌で舐め上げる。シンの背筋が粟立つのは、今まで散々教え込まれた快楽への期待に体が勝手に反応するからだ。シンは振り払うように声を張り上げた。
    「汚いだろっ……!」
    「君に汚いところなどありませんよ。体液の一滴すら愛おしい」
    「ば、馬鹿じゃないか……!?」
    「馬鹿でも結構です。さて、君は普段どのように自分を慰めているのですか?」
     ラウルスがシンの腿に軽く触れる。その手が内腿に滑り込み、際どい部分まで指で撫で上げる。シンがその淡い刺激に身震いすると、ラウルスは僅かに口角を上げて笑みを浮かべた。
    「おい、触るなっ……」
    「教えてください。君のことがもっと知りたいんです。離れている時間に、私の知らない君がいるなんて気が狂いそうになる」
    「っあ……」
     ラウルスの長い指が、シンの中心に触れる。そこを可愛がるように柔く撫でながら、ラウルスは熱の集まるシンの顔を眺めている。そして、優しく諭すように、シンに語り掛けた。
    「家のことは後で話しましょう。その前にじっくりと、君のことを私に教えてください」
    「やめ、っん……」
     少し強く刺激を与えられ、シンの背筋がしなる。縋るようにラウルスの腕を掴み、与えられる快感に耐えようとシンは必死だった。上目にラウルスを見遣れば、ラウルスは笑みを深める。行為を非難しながら、その先の快楽に期待している。矛盾した感情を孕みながら濡れる瞳だけで、ラウルスの加虐心を煽るのには十分だった。
    「っ、ぁ……なに……?」
     刺激を与え続けた手が唐突に離れ、シンは困惑する。芯を持ちゆるく勃つそこは、布の下で切なく蜜を溢していた。
    「言ったでしょう? 私の知らない君を教えて、と。見せてみてください」
    「……嫌、だ……」
    「何故」
    「当たり前だ! っは、恥ずかしいだろう……!?」
    「私と二人きりで、恥ずかしいことなど何も無いでしょう。いつも、もっと乱れた君を見ていますよ?」
     言っていることに似合わないほど、ラウルスは上品に微笑む。この男は一度言い出したら梃子でも動かない。見掛けによらず頑固だということは、シンが一番よく知っていた。
    「この部屋の暑さには本当にうんざりしているんです。早く君を攫って涼しい部屋に戻りたい。けれどせっかくなら、君がいつも過ごす部屋で、どんな風に自分を慰めるのか、しっかり知っておきたいのです。自慰の日ですし、ね?」
     誰が考え出したのか、何の変哲もない七月二十一日を恨むことになるとは。シンはラウルスを睨む。鋭い視線すら愛おしいと言うように、ラウルスは微笑みを崩さない。
    「……あんたは」
    「はい?」
    「あんたは、自分で言えるのか? いつも、その、どんな風にするのか」
    「おや、君が私に興味を持ってくださるのは大変喜ばしいことですね」
    「そういう訳じゃ」
    「ふふ、勿論言えますよ。いつだって君のことを考えていますから。当然、自分を慰めるにも君を思い出しますよ。君の甘い声、意志の強い瞳、細い腰、柔らかい髪、全てに欲情出来ます。それらが乱れる様を思い出して……」
    「わ、分かった。もういい」
    「君から尋ねてきたのでしょう。しっかり聴いてください。私が君のことをどれだけ好きか、いつだって君のことを抱きたくて仕方がないのに、どれだけ我慢しているか」
     言いながら、ラウルスはシンの肌に唇を寄せる。ひとつひとつの刺激は大したことなど無いが、その先の行為でどんな快感を得るか思い出させる唇がシンを欲情させる。
     ラウルスの言葉が嫌かと問えば、シンは答えられない。離れていて寂しさがあるのは、じっとりと肌に汗が滲む熱帯夜に、二人で過ごす夜の熱を思い出してしまうのはシンも同じだからだ。
    「君も、私を思い出しますか?」
     ラウルスが静かにシンを見つめる。期待する瞳。たっぷり数秒悩んだ末にシンが控えめに頷けば、ラウルスの瞳が細められる。母親に愛を強請る子供のように期待をして、けれど子供のようだと言ってしまうには、あまりにも淫靡な情欲が灯っている。
    「君のすべてを、私に晒してください」
     催眠術でも受けているのかと思うほど、ラウルスの声はシンの脳内に素直に染み込む。シンはゆっくりとファスナーを下げ、自身をその眼前に晒した。触れないまま暴くような瞳のせいで微かな緊張が指先に走る。
     何度も行為を重ねている中でも、シンが積極的に動くことはそう多くない。流されて、気持ち良くなって。精神的にも楽で、無意識のうちにそれを望んでいた。元々淡泊なシンは、自慰すらほとんどしない。積極的にするようになったのはラウルスに抱かれるようになってからだ。初めて自分からラウルスとの行為を思い出して慰めたとき、そこの熱さに自分で驚いたのを覚えている。
     シンを見つめる薄紫の焦げ付きそうな視線に、募る想いまで見透かされそうな気分になる。ラウルスの指が絡められシンを扱き、その唇が肌を撫でることを想像すると、素直に下腹部へと熱が集まるのを感じた。本当は目の前の男に愛撫され、流されるままに快楽を刻み込まれることを期待している。けれどそれを伝えるのは癪で、シンはむしろ少し困らせてやりたくなった。いつも飄々と涼しい顔をしている男が、部屋の暑さと情欲に焦れて理性を試される様を見てみたいと思った。単に、好奇心だ。
    「……俺も、あんたのこと考えてる。いつも……今日だけ、特別だからな。あと、あんたが言い出したんだからな。絶対に触るなよ。見るだけだ」
    「……君は、私を煽る天才ですね」
     そうして暑い暑い夏の初め、冷房の無いワンルームで小さな攻防戦が始まろうとしていた。汗と欲に濡れながら、先に耐えきれなくなるのはどちらなのか。二人きりの狭い世界に誰かが入り得ることはない。蒸し暑い夏の夜、まるで始まりの合図のように、グラスの氷が溶けて音を立てた。
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