② 暑い夏の夜の事。パシオの夏はガラルの夏とは全然違い、体力がエグられるようだった。もちろん暑さにヤラれてしまったのはおれとタチフサグマだけでなく、各地方のバディーズたちも相当な数が参っていた。
そんなわけで、夜になっても引かない熱気を少しだけでも冷やそうと、もしくはお祭騒ぎがしたいヤツらが有志で集まり、怪談大会が企画されたのである。言い出しっぺのアセロラとシキミがきゃっきゃと周りを巻き込んだらしく、ゴーストタイプの遣い手たちが企画の中心となっていた。そうなると当然のようにオニオンも一緒に巻き込まれ、自信がないながらもなにか話を披露するというので、おれたちも応援に駆けつけた。
廃墟に出る正体不明のピカチュウ、焼けた塔に閉じ込められた幽霊、ひとりでに割れゆく仮面の話。どの話も語り口が異常にリアルだったのは、もしかしたら実体験なせいかもしれない。キバナは子どもたちと一緒にガタガタと震え、ダンデは戦ってみたいと目を輝かせてソニアとルリナに咎められていた。マリィはユウリと身を寄せ合いながらじっと話を聞いており、あのおどろおどろしいカオスの中での唯一の癒やしとなっていた。
話が終わった後、おれは普段とは違う新しいメロディが湧いてきそうで、タチフサグマを連れてフラフラと散歩に出かけた。相変わらずじっとりと茹だる暑さだが、月や星の輝く綺麗な夜。その夜空を一望したくて、近くの海岸まで歩いてみる。と、誰かがポケモンと一緒に特訓しているのを見つけた。
「どうも」
とおれはその誰かに声をかけてみることにした。暗闇の中に煌めく金髪。同い年くらいの青年は、怪談大会の語り手のひとりだった。
彼は特段驚いたふうもなく、こちらを見て当たり障りのない微笑みを浮かべた。
「こんばんは。きみはオニオンくんの地方の……、ネズさん、だっけ」
「はい。今日の怪談話、よかったですよ」
「ふふ、楽しんでもらえたならなによりだよ」
フワライドがふわふわと寄って来て、おれとタチフサグマの様子を窺った。悪タイプのポケモンたちと多少雰囲気は似ているが、やはりゴーストタイプの得体の知れなさは少しばかり気味が悪い。
「修行ですか」
「うん、夜の方が集中できるから。ネズさんはお散歩?」
「そんなとこです」
「それなら、ぼくも少し休憩しようかな」
たまたま居合わせただけで特段用事もなかったが、並んで暗い夜の海を眺めた。タチフサグマとフワライドは互いに探り合いつつも、砂浜で遊びだしたようである。おれも、そして恐らくこのマツバという青年も口数が多い方ではない。が、絶えず引いては寄せ続ける波音は、無味な沈黙を急かした。
「そういえば、前から気になってたんですが。きみはあのジュゴンを連れているおじいさんが好きなんです?」
「え?」
おれがふと思い付いて出した話題に、マツバはぱちぱちと目を瞬かせた。ちょっと面白いヤツかもしれない、とおれは密かに思った。
「あ……うえぇ? うそ、なんで知っているんだい?」
「どうやら図星みてぇですね。まぁ、きみの態度見てりゃわかりますよ」
「参ったな、そんなに態度にでてる?」
「まぁ。あの人と話してる時だけやたらとうるせぇんで。きみの身体から出てる音が」
あちゃあ、とマツバは苦笑して頭を掻いた。想い人といる時以外は感情や表情が乏しいヤツだと思っていたが、そんなこともないらしい。
「そっかぁ……。それ、フワライドやアカネちゃんたちにもバレているんだよね。本人は全然気付いてくれないのに」
「別に誰にも言いませんよ」
おれが感じたところでは本人も気付いていると思うのだが、面白いから黙っておくことにした。藪を突いて蛇を出すのもごめんである。
「あぁ、そうか、なるほど。きみは故郷にいるんだね。少し歳上の恋人が」
「は?」
突然のカウンターにおれは驚いた。何も言っていないはずなのに、なぜそんなピンポ イントな話題がでてくるんだ。
「失礼。千里眼で視させてもらったよ」
マツバはおれの心を見透かしたように、そう言ってにっこりと笑った。
「話が早ぇことで」
おれは納得しながらも、なんとも言えない気分になる。
以前からこの青年が気に掛かっているのは、自分と立場が近いからである。だからといって仲良くなりたいだとか、傷を舐め合いたいだとか、そうことではないのだが。
なんとなくいたたまれなくなって、おれは目の前の海に視線を投げる。地平線は真っ直ぐな横一直線で、月や星の光を受けてキラキラと静かに煌めいた。四方を海に囲まれたこの人工島は、故郷のガラルを思い起こさせる。気付けばスパイクタウンからだいぶ遠くに来たものだ。
時折ホームシックにはなるものの、ここでの日々は充分に充実している、と思う。パシオにいるからこそ浮かぶ音楽が作れて、それがタチフサグマたちの力にもなる。マリィたちがガラルでは見られなかった表情をしていることは素直に嬉しく、成長する姿を目の当たりにできることも喜ばしい。ただ、恋人がここにいないことだけが寂しい。
「なにか焦っているの?」
「なにかって……」
隣にいたマツバが垂れた眼を興味深げにこちらへ向けた。なにをどこまで視ているのか、おれには正直わからなかった。
「きみは焦らねぇんですか? おれたちよりも年齢差があるでしょう」
「焦れったいなって自己嫌悪ならあるけど。なんかね、あの人を前にすると緊張しちゃって、うまく伝えられなくってさ。わざわざ言わない方がいいのかな、とも思ったり」
「ずいぶんとのんびりしてますね。年齢差がある分、タイムリミット的な問題があるでしょう。将来っつうか、あと何年一緒に過ごせるんだろうとか。少しでも長く一緒にいるにはどうしたらいいんだろう、とか。そういうことは考えねぇんです?」
「それはきみ自身のことかな?」
またしても鋭いカウンターに喋りすぎたと自戒する。おれが閉口していると、マツバは海を眺めて先を続ける。
「きみの相談になら乗るけれど、ぼく自身としては考えたことはないかな」
おれは怪訝な顔を示してさらに続きを促した。これだけ年齢差があって、考えたことがないとはどうしたっておかしな話だ。でなければ相当な楽観主義で向こう見ずのバカである。
「ぼくは人には見えないものが視えるし、ゴーストタイプの遣い手だからね。だから、そもそもぼくにはタイムリミットなんてないんだよ」
「タイムリミットがない?」
と、おれは思わず聞き返す。波音がひと際強くなり、季節外れの冷ややかな風がどこかから吹いた気がした。
「死んでも逃さないから」
そう言って無邪気な笑顔を月のように輝かせた彼は、この日聞いた数多の怪談話とは比べ物にならないほど怖かった。