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    黄金⭐︎まくわうり

    過去作品置き場

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    POIPOI 42

    BBS PatPran

    夏の終わりの小話 パットは夏が好きだ。
     肌を焦がす様な、照りつける太陽の日差しが好きだ。何をしても許されるような、開放的な雰囲気が好きだ。
     滝の様に流れる汗は、不快感を通り越してある種の清々しささえ感じる。ざっくりと脇の開いたタンクトップは、最早衣類としての意味をなしていない。水分を吸収し尽くした布は、身に付けていてもただ邪魔なだけだ。パットは勢いよくそれを脱ぎ捨てると、何とも言えぬ解放感と共に、熱い砂の上を走り出す。熱く焼けた砂はパットの足を焼くけれど、それを超えた先にある涼の魅力には勝てない。
     きらきらと光る水面に思い切り飛び込めば、瞬時に音のない世界が広がる。身体に纏わりつく気泡が心地よい。先程とは打って変わった心地良さに、暫く身を任せる。永遠にこのまま揺蕩っていたいと言う思いと裏腹に、現実は容赦なくやってくる。遂に息苦しくなって顔を上げると、呆れ顔の恋人の顔が見えた。お前も早く来いよ、と声を掛ければ、更に呆れた様にため息を吐く様子が見てとれる。
     夏なんだから、とパットは思う。少しは開放的になってもいいだろう?
     
     パットとパーンは、毎年夏になると必ず行く場所がある。互いの思いをぶつけ合った、あの海だ。特に、どちらかが言い出した訳ではない。夏になると何となく訪れていたものが、何となく恒例化していて、いつしか夏になると必ず訪れるようになっていた。それは社会人になっても続いていて、シンガポールにいるパーンはわざわざこの為にタイに帰ってくる。他にも綺麗な海は沢山あるのに、やはりこの海だけは、二人の特別なのだ。
     着替えどうすんだ、と言うパーンの呆れた声で我に返る。ああそうだ、テンション上がりすぎて服のまま海に飛び込んじまった。
    「お前、ずぶ濡れのままチェックインする気かよ」
     未だ波に揺られているパットに近づきながらパーンが言う。涼しそうな顔をしているが、麦わらの帽子を被った額からは大粒の汗が流れているのが分かる。
    「借りてるのコテージだし、別に多少濡れてても大丈夫だろ」
    「……いや、だから、コテージ行く前に本館のほ」
     そう言いながら、パットの方に伸ばされた手を取ると、思い切り引っ張ってやる。急に手を引かれ、驚いた顔をしたパーンがぐらりとバランスを崩し、そのまま倒れ込んだ。刹那、派手な水音がして、四方に大きな飛沫が飛び散る。何が起きたか分からない様な表情で水面から顔を上げたパーンを見て、思わず笑いが込み上げた。それは段々と大きくなり、遂には腹を抱えて笑い出す。
    「パット!! この野郎! 俺までずぶ濡れにしてどうすんだよ! しかも俺は上着まで濡れたじゃねえか!」
     そう言って怒鳴るパーンに、漸く涼しくなっただろ? とまだ笑いの治らない声で言うと、流石のパーンも脱力し、諦めた様に普段の数倍にも重さが増した上着を脱ぎ捨て、波にダイブした。そしてパットの腰に腕を巻き付けると、水中に引き込む様にじゃれ始める。パットも負けじと応戦する。
     まるで、学生時代に戻ったようだ。大学を卒業して何年も経つが、パーンと過ごす時間はその頃とまるで変わっていない。いつまでも親友で、腐れ縁の悪友だ。そして何もかも許し合える恋人だ。
     ひとしきり戯れあって、流石に疲れたのか、パーンが仰向けになって波に身を任せている。ああ、やっぱ海は良いな……と瞼を閉じるパーンに近づくと、そっと彼の唇に自分のそれで触れようとした瞬間、思い切り胸を押され、派手に水飛沫が散る。そして頭から大量に滴る海水を両手で拭うと、拒否ることねぇだろ、と愚痴るも、パーンは片眉を上げただけだ。
    「ばーか、お前は一旦周りを見る事を覚えろ」
     今まで海とパーンしか見えてなかったパットは、鬱陶しいと思いながらも辺りを見回すと、漸くパーンの言葉の意味を理解した。ハイシーズンの海だ。周りには親子連れやカップルが沢山いる。ただでさえ目を引く二人だ。こんな所でキスなんてしたら、好奇の目に晒されるに違いない。昔のパットならば、そんなもの気にしないと言っていたであろうが、もうパットも良い大人である。パーンの言葉に、そうだな、と言うとゆっくりと立ち上がり、まだ半分寝そべっているパーンの手を引いて立ち上がらせると、沖へと進んでいく。
     暫く進んだ所で、じゃあこれは? とパーン共々波に潜っていく。そしてパーンの頬に手をやると、水中で唇を重ねた。所謂、ドラマで良くある水中キスだ。パットは一度ドラマで見て、いつか試してやろうと思っていたのである。ロマンチックなシチュエーションに、パーンがまた自分に惚れ直すに違いない。
     パットの行動を瞬時に見抜いたのであろうパーンも、パットの戯れに付き合うかの様にパットの唇を食む。それに応えるように舌を絡めようとした刹那、どちらともなくむせ込んで、堪らず水面に顔を出した。鼻や喉に海水による痛みが広がる。暫く咳き込んで潤んだ視線をパーンにやると、パーンも同じ様にむせ込んでいた。その様子に思わず吹き出すと、パーンも釣られて笑い出す。そして言い訳の様に、ロマンチックだろ、水中キスって! と言うと、パーンが呆れた様に鼻を鳴らした。
    「あれはドラマだからいいのであって、実践したらロマンチックもへったくれもないってのが証明されたな」
     パーンの言葉に、証明なんて要らねぇ、と少し不貞腐れて視線を外す。ドラマの演出だなんて百も承知であるが、こんなはずじゃ無かったのに、と言う思いと、やっぱりな、と言う思いが混ざり合って複雑な心境だ。しかし、折角パーンと旅行に来ているのだ。いつまでも不貞腐れていては楽しめない。あー……と誤魔化すように呟いてパーンに顔を向けると、パットの唇に僅かな感触があった。そして、ゆっくりと離れていくパーンの顔。
    「お前がロマンチストなのは知ってるよ」
     パットの事なら何もかも知っているかのような微笑みが眩しい。高鳴りかけた胸の鼓動を治めるように、波間に身体を委ねる。あいつがあんなに眩しいのは、きっと夏の太陽のせいだ。

     わ……と呆気に取られたように呟いて、暫く後に振り返ると、したり顔のパーンがいる。夕食の時に、パーンが何かコソコソとコテージのスタッフに頼んでいる姿は見ていたので、何か企んでいるのは分かっていたが、まさかこんなことをしていたとは。
     パットは再度、目の前の風景に視線を移す。ベッドルームに置かれた無数のキャンドル一つ一つに小さく火が灯り、部屋全体を仄かに照らしている。そしてベッドの上には無数の花びらがばら撒かれている。ある意味これもドラマでよくある演出だが、まさか自分が実際に目の当たりにするなんて思っていなかったパットは、この光景にただただ言葉を無くす。夏の夜風がキャンドルの炎をゆったりと揺らし、遠くに聞こえる潮騒と相まって幻想的な空間を作り出している。
     酒に酔ったような、ふわふわとした心地よい気分で、ゆらゆらと揺れるキャンドルの影を眺めていると、背後から腕が回された。
    「ロマンチックだろ?」
     耳にかかる吐息のような囁きに、薄く体が震える。パットは軽く瞼を閉じると、腰の前に回されたパーンの指をさする様にして、己が指を絡めた。振り向かなくてもパーンの表情は手に取るように分かる。したり顔の中にも慈しむような瞳があって、その中に灯っている仄かな炎がある事も。
    「……くそ、ズルいぞ、お前」
     心底狡いと思う。こんな事されたら、愛しいと思う感情の波に押し潰されてしまう。自分だけじゃなく、パーンも同じ思いで押し潰されて欲しいのに。
     パットはパーンの腕をゆっくりと解くと、花びらが散ったベッドに腰掛ける。そしてパーンに視線を移した。やっぱり、とパットは音に出さずに呟いた。駄目だ、やっぱり。パーンの顔を見てしまったら、愛しいと言う思いが溢れて泣きたくなる。マジでズルい、と言葉にすれば、すぐさま唇が塞がれた。ねっとりと味わうように互いの舌を絡める合間に、なあ、と熱のこもった声が聞こえる。
    「惚れ直した?」
     パットは答える代わりにパーンの首筋に歯を立てた。ああ、と軽く仰け反って艶めいた吐息を吐くパーンの長い影が揺れる。パットはゆっくりとパーンを組み伏せると、首筋に舌を這わせた。パーンがびくりと快感の波に震える度、ベッドの花びらが揺れ、甘い淫靡な香りが薄く鼻腔に届く。
    「……ヤバいぐらい惚れ直した」
     今回は俺の負けだ、と潔く言い放つと、満足そうにパーンの腕がパットの背中を抱く。勝者にご褒美くれよ、と言いながらパットの熱い部分に柔らかに触れる指がもどかしい。パットは堪らず、噛み付く様に口付けると、シャツを脱ぎ捨てた。

     はあ、と火傷しそうなぐらい熱い息でパーンが動く度、汗が滴り落ちてくる。最早どちらのものか分からない汗に塗れても、不快感は一切ない。寧ろ、互いが溶け合っている感さえある。必死に快感に耐えながら動くパーンの額から、また大量の汗が落ちてパットの唇を濡らした。思わずそれに舌を這わせると、更なる一体感を感じて、パットの中の炎が大きく揺れた。堪らず呻くように身体を捩ると、パーンがパットを抱きしめる。汗に塗れた身体が更に溶け合う。互いの高みはもう直ぐそこだ。

     パットは夏が嫌いだ。
     太陽が落ちた後にやってくる、寂しさにも似た静寂が嫌いだ。一過性の熱が冷める様な、儚さが嫌いだ。
     散々海で遊んだ後、パットはシンガポールに帰るパーンを空港に送り届け、その足で一人近くの海に来ていた。何となく、そのまま家に帰る気にならなかったのだ。
     桟橋から見える夕日は、水平線を赤く染め、昼間の熱量とは打って変わって穏やかだ。ふわりとパットの前髪を揺らす風も、心無しか冷えた様に感じる。何とも言えない喪失感の様な、心にぽっかりと穴が空いた感覚に、パットは堪らず瞼を閉じる。
     原因は分かっている。夏のこの夕暮れの穏やかさが、寂しいと言う気持ちに拍車をかけるのだ。楽しい時間は一瞬、その後に訪れる喪失感たるや、筆舌に尽くし難い。
     パットは思わず携帯を取り出した。そして一瞬戸惑う様に指を止めたが、再びゆっくりと指を動かした。
     暫くして、どうした? と携帯のスピーカーから、空港のざわざわと言う喧騒と共に声が聞こえる。愛しい、恋人の声。
    「……いや、何でもないんだけどさ」
     遠くの波の音が聞こえたのか、まだ海にいんの? と言うパーンの言葉に、パットは視線を海に向けた。パーンを空港に送り届けた時は、ちゃんと気持ちを抑える事が出来たのに。
    「次はいつ会える?」
     さっきまで会っていたのに、こんな事を言い出すなんておかしいと言う事は分かっている。けれど、聞かずにはいられなかった。さっきまで側に居たのに、何故今は側に居ない?
     目の前の夕日がゆっくりと海に沈んで行く。
    「……帰ったら仕事の締めが待ってるから、なかなかまとまった休みがと」
     なあ、とパーンの言葉を遮るようにして、パットが声を出した。こんな事を言っても、ただパーンを困らせるだけなのに。分かってはいるけれど、寂しいと言う気持ちが止まらない。
    「戻ってきて」
     沈みかかった夕日が少し滲む。
     愛し合っているのに、何故離れなければならないのか。何故国内ではなく、海外なのか。互いに話し合って、納得したつもりでいた事柄なのに、その全てが再び納得のいかない疑問となって、パットの心を蹂躙する。愛するパーンとずっと一緒に居たいのに、何故それが叶わない? 何故こんな寂しい思いをしないといけない?
    「……わかった、戻るよ」
     暫くの沈黙の後、お前を抱き締めたい、と言うパーンの言葉に、パットの瞳から雫が落ちた。それは、ゆっくりと心の奥にも流れて行き、そして、ある種の清涼さにも似た感情が広がって行く。
    「大丈夫、言ってみただけだって。暫く会えなくても、俺はお前を愛してるし、お前は俺を愛してる」
     それだけ分かれば待てるよ、と声に出すと、心のもやが晴れた気がした。そして、ふ、と微かに笑う音がして、なるべく早くお前に会いに行く、と言うパーンの後ろで、搭乗最終案内のアナウンスが聞こえた。
    「飛行機、早く乗らないと帰れねぇぞ」
     パットの言葉に、家に着いたら連絡する、とパーンが答える。
    「愛してるよ、可愛い俺のパット」
     小さくリップ音が聞こえ、通話が切れた。パットは一度携帯を胸に抱くと、視線を海に向けた。夕日はすっかり海に沈み、代わりに薄く星が顔を出し始めている。
     きっと、夏の終わりの寂寥感にあてられていただけだ。離れていても、心はずっと側にいる。
     パットは、星が瞬き始めた空を仰ぎ見ると、少しだけ冷たくなった風を感じながら、ゆっくりと歩き出した。
     次の季節の始まりは、もうすぐそこだ。
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