油の爆ぜる音がする。黄金色の海の中で、柔らかい桜みたいな色をした鶏肉がどんどんとキツネ色に変わっていく。熱さに耐えられなかった狐が、変化を解いたのか。なんて考えるとちょっと楽しい。
「日出さん。準備終わったよ」
「お、あんがとなァ参月〜!」
自分の腰に抱きついてひょこりと顔をのぞかせた参月は、そのままバチバチと賑やかな揚げ鍋の中を見つめる。ふわふわと幸せそうな顔をしながらお腹空いたねという彼女が愛おしくてたまらない。
「油跳ねんぞ〜」
そんな軽い注意をしながら、ちょうど良いくらいに色がついた鶏肉を鍋から揚げて軽く油を切る。包丁でさっくり心地よい音を立てながら二つに分けると、先程までの桜色は何処へやら。薄い茶色に色付いたそれを確認して、少し大きめになった片割れを摘む。
「ほれ、参月。あーん」
そう言いながら差し出したそれを、あー、と小さな声を出しながら小さな口の中に落としていく。
「あちち、ん、ふふっ」
さくっ、と小気味よい音を立てて頬張った参月は何か嬉しいことでもあったのか、油でつやりと光を反射させた唇を三日月のように曲げて、クスクスと笑う。
「どした?」
「ううん、日出さんが初めて食べさせてくれたのも、唐揚げだったなぁって」
「そういや、そうだったなァ」
残りの半分を口の中に投げ込んで、噛む。あの日、参月の地獄をオレがぶっ壊してやった日は、揚げたてではないもののから揚げが出ていた。キイキイと煩い声とか、己が強いと勘違いしているのか力で支配しようとするやつとか。全部全部参月の望むがままに壊した。腹が減ってはなんだったか、そんな言葉があったような気がして、不味い食卓の中で、おおよそ美味しいとは言い難い茶色の肉の塊を摘まんで差し出すと、参月はそれが今までで一番美味しいとでも言わんばかりの蕩けるような笑みを浮かべて頬張るもんだから。匂いも味も温度もわからない参月の幻覚から生まれたオレは、あー、これはそんな美味いもんなのか。って、ほんの少し勘違いした。
「ん、うま」
今となっては、別段そんな事は無いんだろうって思う。これは、個人の意見だが。参月にとって一番美味いものが、オレと食う飯だったらなって言うのは、何度だって考える。オレは参月が幸せになるために生まれた防御装置で、それが実態を得た存在だから。そうあれと望まれたのだからそうあるのかと聞かれたら違うと否定したいが、きっとオレの気持ちを理解してくれるやつなんざいない。まあ、参月だけが俺の事を理解してくれてるならそれでいいかと考えながら、揚げたそれらを山のように積み上げる。
「今日も、いっぱいだね」
「おうよ。腹いっぱいになろうぜ」
「うん」