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    SINKAIKURAGESAN

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    雪の過去

    まるで早朝の新雪のような 気付いたときには埃だらけの世界で、僕は呼吸をしていた。本とか、綺麗な飾りだとか、そういうものがごちゃごちゃと詰め込まれたけれど、そのどれもが最初は埃が積もってて。最初は何もわからなかったけど、一日に一度、あとから重湯と呼ばれると知った真っ白でぺちゃぺちゃとした食べ物を持ってくる人間と時折気晴らしに僕を殴るためだけに来るあにさまの御口から発せられる言葉から、発音というものを勝手に学んだ。そうして、その両方から話だけを聞く、僕のことを母親殺しとして恨んでいるててさま。僕を産んで死んだかかさま。この二人が僕の両親らしいけど、今の今までその姿を見たことはなく、ただああそんな人がいるんだなと思う程度。
     年も時間も、日付もわからない僕が勝手に【ないないのすみか】と呼んでいるここで、今日も僕はいろんなものを出してはしまって、なにがあるかを見ていた。なにか探しものがあったわけじゃない。何もすることがなかった。だから、たとえば、見たことがない本を見つけては、空の色や林檎の匂いに思いを馳せた。ちょっと大ぶりの鈴を見つけて、カラコロと揺らして見たりした。
    「……ぅ、わっ!」
     少し高いところにある木箱を取ろうとぴょんぴょん跳ねていた僕の頭に落ちてきたのはその隣にあった紐でぐるぐる巻きにされていた別の木箱。今日はこの箱の中身を見よう。と、なんとかぐるぐる巻きにされていた紐をほどいて中を見る。
    「……てがみ?」
     蛇腹折りにされた何枚もの紙には弱々しい文字でたくさんのことが書かれていた。それは恐らく、かかさまが亡くなる前に書いた僕自身に関すること。かかさまは人間と狼男の血が半分ずつ流れた【はぁふ】で、僕は【はぁふ】のかかさまと人間であるててさまから産まれた【くぉおたぁ】らしい。完璧な人間ではない僕は、月に一度人間さんを食べなくちゃいけないし、満月の日には身体が狼の姿を取る。ここでようやく、時折人間が運んでくるピクリとも動かない肉の塊になったそれに合点がいった。僕と同じくらい細い人間に本に書いてあった通りに手を合わせて、いただきますと言ってから食べる。お腹が空いていたから、欠片も残さず。ぶちんと音をたてて皮を千切った。ごきゅと音をたてて、血や肉は喉を過ぎていく。骨は喉が渇くし、無茶をしたら口に中を切ってしまうから、そうしないように噛んで、砕いて、血液と一緒に飲み込んだ。柔らかいお肉、硬いお肉、そのどれも等しく、僕のことを生かしてくれたから。感謝を忘れないように。そんなことを考えてるうちにくぅ、と存在を主張するように鳴いた腹を意識しないように再び紙の束に集中する。自分の生まれた年と日付を知って、ここで初めて自分の名前を知った。
     大神 雪
     それがどうやら自分の名前らしく、雪というのは冬という時期に空から降ってる白くて冷たいものらしい。どうしてそんな名前を付けたんだろうとは思ったけれど、何よりも存在が否定されてきた自分が大切にされている証の名前があるというのは何よりも嬉しかった。誰にも聞こえないように自分の名前を呟いては嬉しくて笑いが零れる。これからも、この先も自分の名前を呼ぶのは自分自身しかいなかったから。このくらいの幸せは許されてもいいはずだ。
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