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    SINKAIKURAGESAN

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    SINKAIKURAGESAN

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    僕の友達の話 僕の友達に、くまがいる。
     くま、と聞くと大きな動物を想像するかもしれないけれど、僕の友達は今の僕からしたら小さな、抱きかかえても全く重くない、中身は綿がいっぱい詰まったふかふかのテディベアだ。
     自分の誕生日にプレゼントされて、幼いころから一緒にいるテディベア。彼は今、僕の膝の上に座ってじっとパソコンのモニターを見ている。十年以上一緒にいるせいで毛がごわごわになっているが、それでも中の綿はもこもこふわふわのまま。抱き心地がとてもいい。昔はチェック柄の蝶ネクタイをつけていたのだが、過去の僕がそれを鋏でチョキンと切って、空いた穴を縫ってしまった。その蝶ネクタイは行方不明で、もしかしたらきっと今後も見つからないのかもしれない。今は小さい頃に僕が着ていた赤いパーカーを着ている。随分と小さいものではあるが、彼にとってはぶかぶかで、それはこの先も変わらない。
    「ねえ、このがめん、もじがいっぱいじゃないね。えとかがゆらゆらうごいてるよ」
    「ぐ、きゅ、休憩中だったんだよ」
     そんな僕の友達は、作業を監視してくれる優秀な監視官だ。書いている文章の内容を理解しているのかはわからないが、そう言って僕が作業に集中出来ていないとそうやって話しかけてくる。
    「そうなの?さっきからずぅっとがめんがゆらゆら。きみはのんびりやさんだね!ぼくといっしょ」
    「そ、ろそろちゃんと書くよ……」
    「うん、まってるよ。ぼく、きみのかいたおはなしとってもすきなんだぁ。あたらしいおはなしがたのしみだ!」
     くふくふと笑う友達は、このはなしはいったいどんなおはなしなんだろうねぇなんて言いながらゆらゆらと僕の膝の上で揺れる。
    「ねえ、ジュラルミン」
    「ん?なんだい?」
     ジュラルミン、ふわふわな君に似合わない金属の名前。好きな漫画に出てきたテディベアと同じ名前。他にも名前をあげたような気がするけれど、一番なじみ深いのはこの名前だ。
    「ジュラルミンは、僕が書いてきた話の中でどれが一番好き?」
     そんな素朴な質問を投げかけると彼はうんうんと唸り始める。そんなに悩むほど出てこないのだろうか。自分自身、自分が書いた話は好きだけど、それが万人に高評価を貰えるような出来かと問われれば答えは否。いまだに物語はきっと拙いだろうし、見てもらえるくらいに仕上げられた作品も指折り数える程度。始めたまま終わりを迎えていない物語があまりにも多すぎる。
    「……ごめん、変なこと聞いたね」
    「ううん、でもね。こまったなぁ。きみのおはなし、どれもすきだからきめられないや」
    「へ?」
    「おうじさまがみぶんをかくしてたびをするおはなしも、おばけがおこしたじけんをかいけつするたんていさんとあくまさんのおはなしも、ぜんぶぜんぶきらきらしてるんだ!だから、きめられないの!ねぇ、ぜんぶっていってもいいかい?」
    「は、ふふ、あはは!そっか、全部かぁ!」
     思わず笑いが零れる。いろんな人に読んで読んでと文章を見せたことはあるけどそれでも世の中に出さずに自分の中だけで完結させてきた話は、文字通り山ほどある。ジュラルミンはそんな話の一つ一つをしっかりと覚えているのだ。そして、その全部を好きだと言ってくれている。はぁ、と一つ息を吐き出して友達を抱きしめる。
    「どうしたの?」
    「んー、いや……締め切りそろそろ来るのに全く文章が出てこなくって……間に合わない…………けど、焦ると良い文章が出てこないし……」
    「うーん、たいへんだねぇ。ああそうだ、ちょっとまっていておくれよ!」
     そう言って自分の膝から飛び降りた彼はそのままどこか別の部屋に消えてまたぽてぽてと歩いて戻ってくる。
    「ちょこれーと!あまくておいしいよ!」
     再び現れた彼の小さな両腕にはキャンディーみたいに両端がぐるぐるとねじられた透明なフィルムの中には白と黒の二層に分かれたチョコレートが溢れんばかりに抱えられており、なんなら廊下の先を見るといくつかころころと落ちている。
    「ありがとう」
     チョコレートを受け取り口に入れる。じわりと溶けるチョコレートは甘く、ここ数時間で初めて一息ついた気がする。脳内にあふれる文字を選び抜いてキーボードを叩いて書けてはいるものの、それは短編小説を構成するにはあまりにも少なすぎて、中々書けないでいる今自分で息を抜こうとしてもそれはいつしか休憩ではなくただのサボりになる。そうしてまた描かない自分にイラついてしまいと言う負の無限ループ。甘いため息は宙に溶けて、また少し自分の脳みそにあきれ果てた。何も考えられないとなるとネガティブな文章が脳みそを埋め尽くすのだから困ったものだ。そんな様子の僕を見てジュラルミンは再び何かを考えて両腕をあげる。
    「それとね、ぼくはねぇ、なんにもでてこないや!ってときはおどるんだ」
     ぱたぱたと踊り始めるジュラルミン。腕を振り、足をあげて、くるりと回る。何回か転んだり尻もちをついたりとかしたが、そんなの気にせずに立ち上がってまた踊る。昔から辛い時はこうやって踊りを見せてくれてたっけな、なんて思っていると、ふと踊りを止めたジュラルミンが僕を見上げてくる。つやつやとした黒い瞳の彼はそのまま短い両腕を精一杯僕の方に向けてまるで抱っこしてと言わんばかりにぱたぱたと動かした。自分も同じように手を伸ばすとそのままぴょんと抱き着いてきた彼はもぎゅっと抱き着いてきた。大きな頭が自分のお腹に押し付けられてむぎゅりと潰れているが、彼はそんなこと一切気にせずに喋りだす。
    「きみがいろんなことをがんばってるのも、うまくいかなくってぺしゃんこになっちゃいそうなのもしってるよ!きみのおとうさんもおかあさんもしってるけど、いちばん、きみのとなりにいたのはぼくなんだ。だから、どうやったらきみがげんきになるのかもしってるよ」
    「……うん」
    「きみのかくおはなしはね、きみがいちばんじゆうになれるばしょだよ。だから、いろんなものをかいたらいいんだよ。きっと。そしたら、またせかいのつづきがみえてくるから」
     世界の続き。その言葉は寝る前に彼によく聞かせていた言葉。しかしここ最近はその話をしていなかった。ここ二年程、ジュラルミンは実家にいたのだが、自分は一人暮らし。それ以前に、高校生になってからも物語を書き続けてはいたが、世界の続きという言葉を出してはいなかった。
    「そ……っかぁ、世界の続き。世界の続きかぁ……」
    「そうだよ、せかいのつづき!」
     くふくふとわらうジュラルミン。そんな彼を見ながら長い長い休憩を終わらせてキーボードに手を置くと、作業再開を察したジュラルミンはぴょんと膝に飛び乗ってくる。デスクの上だったらこうも行かないが、今いる場所は炬燵。そのまま僕の膝に座って、炬燵布団をぐいと引き寄せる。もう二月も終わりごろだというのに未だに外は寒い。実家では三月末ごろまで炬燵を出しているので、まだまだしまわれる時期まで遠い。
    「ねえ、ジュラルミン」
    「ん?どうしたんだい?」
    「ジュラルミンは、自分の物語を書くんだったらどんなのがいい?」
     チョコレートのフィルムを取って一つ、自分の口に。もう一つをジュラルミンに渡しながらそんな話題を出す。口が小さなテディベアは両手でチョコレートを落とさない様に抑えながらちょこっとずつ齧って溶かしながら質問に首を傾げる。
    「ぼくのものがたりかい?」
    「うん、そう」
     もきゅもきゅと甘いそれを食べながらじっくりと考えるジュラルミン。変な話題だったかななんて思いながら進まない小説の続きを何とか書き始める。キャラクターも素晴らしくって、彼らの生き様も好ましい。僕は僕が作り上げた自分の子供に幸せになってほしくて筆をとっていると言っても過言ではないくらい、ハッピーエンドが好きで、今書いている子共たちにもそうなってほしくて。けれど続きが出てこないものだから彼らの幸せはまだ遠い。書いては消してを繰り返しているとやっと一つ食べ終わった彼がその口を言葉を紡ぐために開いた。
    「ぼうけんがしたいな!えっと、あーるぴーじーみたいな、まほうがあるせかいをぼうけんしたい」
    「冒険?勇者になりたい的な?」
    「うーん、ゆうしゃというよりも、ぼうけんしゃのほうがちかいかな。かっこいいけれど、きゅうくつだもの」
    「ふふ、勇者が窮屈か。面白いこと言うなぁ君は」
     白紙のデータを開いてぱらぱらとキーボードを叩く。
    「勇者もではあるんだけど、冒険者って言うなら仲間が欲しいよねぇ……四人くらいの……エルフ、ドワーフ、他には……」
    「うぅん、きみがいい」
    「は、僕?」
    「うん、きみとぼくのふたりでぼうけんにでたい!」
     そう言って、体を乗り出して、短い手でぽちぽちとキーボードを叩いていく。打ち終わるのを待ちながら、作業を始める前に入れたすっかり冷めてしまったコーヒーの存在を思い出して不味いななんて思いながら飲んでいると、文章を一通り打ち終わったジュラルミンが得意げな顔してこちらを見てきた。
    「ぼくはせんし!かっこいいよろいとけんをもって、てきをたおしていくの!それで、きみはまほうつかいで、つよいまほうをどんどんうっていくんだ」
    「うんうん、それで?」
    「えっとね、それで、たおしたてきをおいしくりょうりしていくんだ。どらごんはすてーきに、すらいむはぜりー!」
    「最近ダンジョン潜るマンガ読んだ?」
    「あにめもみてるよ!」
     そんなこんな、ジュラルミンと僕の話は続く。話していくうちにどんどんとその情景が鮮明になっていく。青い空と白い雲。草原は何処までも続く。
    『そろそろ、お腹空いたね』
    『きょうはなにをたべようか?』
     草をかき分けながら僕らは歩き続ける。目的は一番美味しいもの。決して派出では無いけれど、穏やかで、少し刺激があって。
    『きょうはおおきなおさかなだ!』
    『塩かけて焼いたりとか?』
    『しんぷるでおいしいやつだ!』
     大きなお肉に甘い果実。疲れたら木陰でお昼寝したり、星空を眺めておしゃべりしたり。そんな二人の冒険話。
    「……書きたいな」
    「わるくないおはなしでしょう?」
    「うん、悪くないどころか、今すぐにでも行きたい」
     いつの間にか、指がキーボードの上をまるで踊る様に動いていた。最初から強い力があるわけじゃない。少しずつ、経験を積んで強くなっていく二人組の冒険者。困っている人を助けて、ダンジョンを攻略してお宝をゲットして、けどやっぱり一番は美味しいもの。
    「ん、ふふ」
    「どうかしたの?」
    「きみ、すっごくたのしそうなかおしてる」
    「え?」
     両手を口に当て、ジュラルミンは今日の中で一番楽しそうな笑顔を浮かべる。楽しそうなのは君だろうと言おうと思ったが、それよりも先に彼が言葉を続ける。
    「だってね?ここすうじつのきみはぐぐーってむずかしいかおしてばっかり!せっかくすきなことなのに!」
    「そ、っか」
     ぐるりと体の向きを変えると、口に当てていた両の手でぐいと自分の頬を持ち上げるように動かす。
    「ずっとわらってるのもつかれちゃうけどね。たのしいことするなら、えがおはだいじだよ!」
     ほら、わらってわらってと言いたげな彼の真似して自分もぐいと人差し指で口角を上げる。物語を書くのは楽しい。楽しいけれどだ。やってることは極論言ってしまえば零から一を生み出すようなもの。ネタがあるからとは言えど、白紙から物語を書くというのは少々疲れることも出てくるし、全部が上手くいくわけではない。疲れていたりだとかすると、楽しいはずのことが苦しみになるのは一瞬のことで。一つ、大きなため息をつく。忘れちゃいけないことを脳みそにしっかりと刻みながらジュラルミンをぎゅっと抱きしめる。柔らかい。時間はすでに深夜二時を回っているがどうにも眠気が訪れず、このまま作業を進めてしまおうと決意を決めて、よし、と言葉を溢した。
    「お、さぎょうさいかいするのかい?」
    「んー、作業はするけれど、どちらかと言うと執筆の休憩の執筆みたいな?」
    「ふぅん?」
     くるりと元の向きに身体を戻されたジュラルミンは半分動画配信サイト。残り半分を執筆用ソフトで埋め尽くされたモニターを眺める。先ほどまで一進一退を繰り返していたデータをセーブして、一度閉じる。軽くメモだけをしていたファイルに新しくタイトルを書きこむ。
    「『くまのせんしとぼうけんごはん』?」
    「そう、ジュラルミンが主人公だから」
    「きみはでてくる?」
    「もちろん」
    「やったぁ!」
     膝の上で踊る友人は何が食べられるんだろうなとうきうきわくわくが隠せないようで、小躍りする。腕をくるくる、足をパタパタ、結構派手に動いているけれど、ふわふわもこもこがどれだけ暴れても痛くも痒くもない。むしろ愛おしさが溢れて抱きしめたくなる。
    「それにしたって、なんで美味しいもの探し?」
    「えっとね、きみとたべるごはんってすごくおいしくて。だからいっぱいうごいていっぱいたべたら、きっともっとおいしくかんじるだろうなって」
    「だから美味しいもの探しか」
     ないすあいであでしょ。と胸を張るジュラルミン。誇らしげな彼の丸い頭を撫でて、指を動かすと驚くほどするすると文章が出てくる。増えていく文字数を時折カウンターで見ながら叩かれるキーボードの指先を目で追うジュラルミンはいったい何が食べられるんだろうなと体が揺れている。
    「さて、」
     丁度旅に出るところで、一度指を止める。
    「これからもよろしくね。相棒」
    「もちろん!たのしいたびにしようね、あいぼう!」
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