大人だってこどもの日 ソファで横になってテレビを見ていると、まだ昼間の十四時だというのに早々と任務を終えた迅が帰宅した。この時間は珍しい。おかえりと言う暇もなく迅がソファの上にダイブして、上に覆い被さるようにして腰のあたりに抱きつく。さすがに男一人分の体重は重い。苦しいから離れろと肩をトントン叩いて不服を申し立てると、イヤイヤをして首を振り、頭を胸にぐりぐりと押しつける。
「今日はこどもの日だからヤダ」
「はぁ?」
五月五日はこどもの日なんだぞと陽太郎から一応話を聞いてはいたが、こんな大きなこどもの為の日ではなかったはずだ。けれど迅がこんな風に露骨に甘えてくるのも珍しい。よほど嫌なものでも視たのだろう。迅はこうなると面倒くさいのだ。恋人だからと甘やかし過ぎなのかもしれないが、どうしようもないなとヒュースが深くため息をつく。
「……わかったから少しズレろ。さすがに重い」
「ん」
真上に乗っていた体重が、体に腕をまわしたままおずおずと横並びにソファに沈む。流石にゆったり並んで寝れるほどの広さはないため、ぎゅうぎゅうに密着した体は顔が見れないほどに狭い。
「それで誰がこどもだって?」
「おまえはもう成人してるんだから、おれの方がこどもだろ。ヒュースにはおれを甘やかす義務がある」
年上のくせして何を言っているのかと二度目のため息が出た。だがふざけているようでも無さそうだし、何よりもまだ今日は迅の顔を一度も見ていない。いつもならこんな二人きりのチャンスを逃すことなくキスの一つでもしてくる迅がだ。
「なら何をして欲しいんだ?」
「えっ?えっ、と……な、撫でて欲しい」
オレが本気で相手をするとは思っていなかったのか、触れている迅の体温が急激に上がっていく。自分からこどもを名乗っておきながら、どうやら恥ずかしくて仕方がないらしい。
耳まで赤く顔を隠す様子にほんの少しの可愛げを感じ、なんならそのまま揶揄ってやるのも面白いなとヒュースが迅の願いの通りに頭をギュッと抱きしめ撫でてやる。
「えっ、ちょ」
「よしよし、いいこだな迅は」
迅の頭に頬を寄せて、ぐずる子供をあやすように背中をトントンと規則正しいリズムで叩いた。髪の流れに沿って手を動かし、いいこ、いいこと囁いてやる。迅はというと照れているのか高い体温を有したまま、体の力がそっと抜けていく。幼い陽太郎にでさえこんな甘やかしをしたことはないというのに、なんともこいつは贅沢な奴だ。
「……」
「落ち着いたか?」
返事の代わりに迅が体を起こす。今日初めて見るその顔はどこか寝起きのように無防備で、柔らかい笑顔でありがとうと告げた。
「あのさ」
「何だ」
「……キス、したい」
返事も待たずにすかさず顔を寄せる。それを寝そべったまま手のひらで受け阻止すると、抗議するように眉が眉間へと寄った。どうやらやっといつもの調子に戻ったらしい。
「なんで拒むわけ」
「ゲンキンな奴だな貴様は」
「だってせっかくの二人きりだろ?」
隙あらばイチャイチャしたい厄介な相手に再び乗られては敵わないので、顔を押し除けつつ起き上がる。隣に座る距離感は先程までの密着を思うと随分と遠くなったような気もした。甘え足りないなんて言葉が誰の為にあるのかなんて。そんなくだらないことを考えて、ヒュースがフと笑ってしまう。
「そうだな。ここなら、許してやろう」
迅の顎を掴み引き寄せて、頬にちゅと口付けた。まだ高いままの迅の体温が伝わって、顔を見合わせると再びこどもに戻ったような顔をしている。
「陽太郎よりも幼いオコサマに、唇はまだ早い」
「大人」になったらな。意味深に口角を上げて揶揄うと「夜には大人に戻るから」だなんて。大人の片鱗を覗かせたこどもが、上目遣いで懇願した。