Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    4632_net

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 45

    4632_net

    ☆quiet follow

    【うつせみ】第四部①
    1年を振り返る魏嬰。その先には……というところで終わります。短いですが、繋ぎとして……。

    うつせみ:第四部①『感光膜』①

     藍湛が俺のことを好いているのに気が付いたのは結構早い段階だったと思う。何となく、視線とは云えない視線を感じていた。それがレンズ越しの視線なのだと気付いたのは一年の一学期も終わりのことだった。体育館の窓ガラスに反射した光の粒。その光源をそっと辿った先に、カメラを構えた男子生徒の姿を見付けたのだ。
     最初は俺を写しているとは思わなかった。広報か何か用の、生徒の活動の様子を写真に収めているだけなのだろうと、そんな風に軽くしか考えていなかった。だけど、俺は人の気配に人一倍敏感な性質で、一度覚えた人間の気配は忘れない。あちらこちらで感じるようになった同じ気配。
     これまた典型的かつ目新しいストーカーだなと思った。少し彼のことを探ってみれば、部活自体が幽霊化している写真部に所属しているという。しばしば部室に出入りする姿を視認されているその生徒は、一人で真面目な写真部部員をしているようだ。
     そのストーカーが一人真面目に部室への出入りを繰り返す理由は割と呆気なく知れた。藍湛の下校を確認した後、俺は部室の鍵を教師に借りに行った。色んな部活に出入りしている俺だったから、深く疑問には思われなかった。
     写真部の部室の鍵はふたつぶら下がっていた。ひとつは部室自体の鍵。もうひとつは、
    「……何だ? この部屋?」
     部室の中にはもう一枚鍵が必要な扉があったから、その扉の鍵なのだと知れた。スライド式ではなく、ノブ式の扉。鍵を差し込んで捻っただけでは開かなかった。うーん、と腕を組んで僅かな思案。こんな感じかな? と少し工夫をしてみたら、上手いこと開いてくれた。嬉々として扉を引く。中は蒸し暑く薄暗い小さな部屋だった。
     その壁面を見て、俺は驚いた。壁面に貼られている写真の一枚一枚すべてに、俺の姿があったからだ。普通なら気持ち悪い、そう思ったかも知れない。けれども俺は何だか無性に面白い気分になった。こんなにも古臭いストーカーがすぐ近くに居るだなんて、逆に笑い話の種じゃないか。
     パッと見の写真は殆どブレていて、決して撮るのが上手いとは思えなかった。けれどもよくよく見てみると、ブレているのは全景だけで、俺にだけピントがしっかりと合っていた。一瞬背筋がぞくりとしたのは恐怖ではない。込み上げたのは、何て面白いことをする奴だ、という感動にも近い感情だった。
     それからというもの、俺は度々レンズ越しの視線を自然と感じるようになっていた。敢えて隠し撮りをさせるよう、レンズの方へ視線は遣らない。だけど、一度だけ驚かせてやろうかという悪戯心が芽生え、級友たちと青空の下で輪を作っている時に、斜め後ろへニヤリと笑ってやった。
     それが一枚の写真に収まったかを当時の知る術は俺にはなかったけれど、後日廊下ですれ違いざまに向けられた藍湛の流し目と蒼白の顔色で、あの写真はきっとあの写真はしっかりと現像されたのだと確信した。ストーカーの心理として、相手を好いていないという理屈は些かアンバランスだ。
     相手を密かに慕っていなければ、ストーカーなんてしないだろうというのが俺の主観だし、一般論でもあるだろう。藍湛の俺に対する好意が隠し撮り以上にエスカレートする気配はなかった。危害を加えられるような様子もない。隠し撮りされているくらいなら別に放っておいても問題はないと、俺は特段嫌悪を示すこともなく藍湛の好きにさせていた。そうして迎えた一年の秋。いつまでも無言のストーカーをちょっと揶揄ってやりたい衝動に駆られた。少しマンネリを感じたからなのかも知れないし、はたまた俺は絶対にお前には振り向かないという牽制をしたかったのかも知れない。
     俺は物心ついた頃から、誰かを特別好きになるという感情が欠如していた。小学生も中学年頃にでもなれば、何組の誰それが可愛いだの、好きだのという話題も出てくる。誰それが可愛い、そういう話題には乗れた。けれどもお前は誰が好きかという問いには答えられなかった。
     誰かを好きになる。恋愛感情として、誰かを好きになるという気持ちは全く判らなかった。そもそも恋愛感情というものが自分には欠如しているんじゃないかと、まだ未発達な心で既にそう思っていた。それが些か違うと気付いたのは中学に入ってからのこと。
     幼少期から、俺はたまに同じ夢を見ることがあった。時代錯誤な夢だった。景色も、登場する人物も現代のものではなかった。まるで歴史の教科書に載っているような、そんな風景と人物。その夢の中の俺は大人だった。少なくとも、高校生よりは上の年齢だったように思う。
     そんな俺の傍には、必ず同じ人物が居た。同じ年頃の男だった。長年見ている夢なのに、その人物の顔はずっと曖昧で、ただ凛とした雰囲気を纏っているということだけしか判らない。
     絹のような黒い髪と対比するよう、着ているものは真っ白で、いっそ死人かなにかかと思ったことさえある。
     けれどもその白装束の男は俺のことを随分と慈しんでくれているようで、時折触れる指先の温度には愛おしさが含まれている気がした。きっと、この夢の中の俺は、白装束の男のことが好きなんだろうと思った。そしてそれは逆も然り。きっと夢に見る俺たちは好き合って居たのだろう。
     その感情を俺は引き継ぐようにして、夢の中でしか会えない男に懸想し続けているのだと感じたのが高校に入る前だ。あの夢はただの夢なのか、それとも悪戯な云い方をすれば、前世の記憶か何かか。もし前世の記憶なのだとしたら、俺はその遥か昔の感情に囚われたまま現在での恋が出来なくなっている、と。そういうことになるのだろう。前世の記憶がそのまま引き継がれているだなんて、小説じゃあるまいし。そう笑い話に出来れば良かったのだが、現実で誰かを好きになろうと思えば思う程。その白装束が脳裡を過ぎって俺の故意的な恋心を破損させていった。まるで、自分だけを愛せとでも云うように。
     だから、俺はきっとその白装束のことをずっと昔から無意識下で好いていて。思春期真っ盛りになっても俺の恋心を他に手渡すことをさせなかった。俺はその白装束のことしか好きになれないんだな。そう悟ったのは高校生になって、周りが彼女を作り出すようになってからのことだった。
     女子に告白されても何の感情も揺れない。ただ脳裡に浮かぶ白装束。厄介だなと思った。夢の中の人物に心を奪われているだなんてそれこそただのお笑い種だ。頭のネジが一本外れているんじゃないか? と揶揄されてもおかしくない。そんな感じ。
     そんな俺だったから、「俺は誰かを好きになることはない」と自ら吹聴するようになった。その方が冗談めかしていて、俺のお調子者な性分と合っていたからだ。
     そんな折に、気付いた藍湛からの視線。初めて気が付いた時に心臓がひとつ大きく跳ねたのは今でも記憶に新しい。これは何だ、と戸惑った。
     戸惑うと同時に、何となくだけど、彼なら俺が恋焦がれている相手を探し当ててくれるのではないかとも思った。だから俺は藍湛にゲームの話を持ち掛けた。
     俺は夢の中の男に恋をし続けていて、他には恋心を抱けない。そんな情動を、藍湛がひっくり返してくれるのではないだろうかと、勝手に期待してしまった。
     藍湛に何を求めているのかは自分でもよく判らなかったけれど。どうしてか彼と関わりを持ちたいと思ったのだ。藍湛と関わることで、自分の不可解を解消出来るのではないかと思ったのは浅慮だろうか。それでもどこか縋る気持ちがなくもなかった。藍湛と関わることで、俺は自分の知らない自分を知れるのではないかと、ぼんやりとそう思ったのだった。
     どことはなし。夢の中の男と藍湛の雰囲気が似ているような気がしたのも要因のひとつかも知れない。藍湛なら、あの夢の中の男を知っているんじゃないかと、そんな馬鹿なことさえ考えていた。
     実際のところ、ちょっと期待し過ぎたかな、と思わないでもない。
     俺を好きだと云ったのは藍湛の方なのに、それらしい素振りが余りにも少な過ぎたからだ。
     でも、だからこそ、と云うべきか。キスをされた時はびっくりした。いかにも恋人らしい展開と、それを一ミリ足りとも嫌だと思わなかった自分に。
     触れただけのキスに味はなかった。だけど、その熱はその夜眠りに就くまで冷めることはなかった。
     キスをされたなら、その先の展開もあるのではないかと思ったのは自意識過剰ではないだろう。概ねクリスマスには何かがあるのでは? と思った。
     だというのに、藍湛の奴といったらキスひとつしてやこない。
     密室で二人きり。絶対何かあると思ったのに、藍湛は敢えてなのかそれとも本当に鈍感なのか。その疑問はすぐに判った。
     単純に、鈍過ぎるだけだった。
     拍子抜けした気持ちがあると同時に、ホッとした気持ちもあった。
     確かに俺は自分の、実は狭いパーソナルスペースに藍湛を招き入れようとしている。
     それでも俺は人並み以上に藍湛のことをまだ好いてはいないから、キスは許せてもそれ以上のことは許せないというか、正直怖かった。
     だからこそ、俺は余計に藍湛の接近を許してしまっているのかも知れないけれど。
     初詣の時に手を握られたのには少しドキドキした。藍湛の手が思いの外温かかったからなのだろうか。触れた体温が心地好く感じられた。誰かと体温を重ねて心地好いと思ったのは初めてだったから、やっぱり藍湛は俺の知らない何かを知っているのでは? なんて思ってしまった。喩えそれが潜在的なものであっても。
     藍湛との花見は楽しかった。毎年一人で桜の開花を待ち望んでいたから、その感動を分かち合えることが嬉しかった。
     それに、藍湛と桜を眺めていると不思議な気分にもなった。胸の奥がくすぐったいような、そんな感じ。
     あの時見た夕陽はまるで大きな宝石みたいで、多分一生の一度の大切な思い出になるんじゃないだろうか。
     新学期を迎えて少しした頃の合宿では改めて藍湛のストーカー気質が残っていることに呆れたけれど、あぁ何か久し振りに『らしい』なと思った。
     藍湛の執着は束縛的なのに、閉鎖的ではなかった。ただただ自分の目の届く範囲に居てくれと云わんばかりの、そんな執着だった。
     夏休みの写真部合宿も中々良い思い出だ。何年か振りに触った花火の柄を持ったら、楽しかった童心を思い出すようで。
     夜に抱き竦められながら寝たのはちょっとの落ち着かなさを感じないでもなかったけれど、彼が口ずさんでくれた曲はどうしてか、俺を優しく柔らかく包んでくれた。
     海へ行った時に怒られたことには本当にびっくりした。
     確かに俺は俺で軽率なことをしたかも知れないけれど、普段平静を纏う藍湛があんなに怒るだなんて思わなかったのだ。
     何をしているんだ、と呆れられるくらいはされても何にも感じなかっただろうけれど。あんな剣幕で怒られるだなんて思いもしなかった。その上、それから毎日連絡がくるようになるだなんて一体誰が予想出来た?
     そこで初めて気が付いた、藍湛の本当の性質。今までの朴念仁っぷりはわざとだったのか、と思わせるような強い執着心は、けれども俺に悪い感情を抱かさせなかったのだから全く以って不思議でしかなかった。
     どうやら藍湛はいつの間にか俺が他人に引きがちな一線をするりと超えて、狭いパーソナルスペースの内側に滑り込んできていたようだ。
     これは本当に何かしらの期待を持っても良いのではないのではないかと、そう思わせる感覚を得た瞬間だった。
     そうやって殆ど季節一周を共にした俺と藍湛だったのだけれど——。
     まさかこの先に思いもよらない転調が待っているだなんて、それこそ誰が予想出来たと思う?
     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ‼😭😭🎋ℹ📈📍♑🅰®👏💗💗😭😭💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works