タコスチューズデイ!「ジェイミー、今日は何曜日だ」
「…は?」
正面に座るルークが至極真面目な顔をして、ジェイミーに問いかけた。
「今日は…火曜日だな」
「そうだ!!」
バン!!と勢いよく机をを叩きながら立ち上がるルークに驚いて、ジェイミーは目を丸くすることしか出来なかった。
「火曜日といえば!?」
「…知らねえよ」
「火曜日といえば、タコスだろうが!!!」
「たこす」
タコスとは。
----タコスまたはタコ(スペイン語単数形:taco)は、メキシコ料理やテクス・メクス料理、ニューメキシコ料理の軽食である。(参考文献:Wikipedia)
「メトロシティ以外の都市でも結構タコスは人気でさ、タコスのチェーン店が火曜日にセールを始めたことから火曜日といえばタコスの日ってイメージがついてるんだぜ」
「へぇ、そういう文化もあるのか」
アメリカには住んでいた事もあったが、そんな話を聞いたのは初めてだった。そもそも、幼少時にそういったファストフードを口にしたことも無かった。ルークの話を聞きながら、ジェイミーは中々商売根性旺盛なもんだ、と感心していた。
「というわけで、今日の晩飯はタコスだ」
「んじゃ、今から食いに行くってことか」
「いや、家で作る」
「は?」
家で?この家でか?お前が自炊してる所は、この家に長く居座ってるジェイミー様でも見た事ねぇが?
その言葉を聞いたジェイミーが明らかに胡散臭そうな顔をするが、ルークは胸を張ってドンと叩く動作をする。俺に任せろと言いたいのだろうが、お前にこそ任せられない。
「大丈夫だ、切って焼くだけだから俺でもできるぜ」
「ホントかよ」
ゴソゴソと冷蔵庫を漁るルークが取り出したのは、何やら大きな袋だった。
「なんだそりゃ」
「スーパーマーケットに売ってたタコスセット、これにタコスに必要なものは殆ど入ってるから肉焼いて野菜切るだけ、イージーだろ?」
「…ちょっと安心したわ」
本当に一から作るわけではない事にジェイミーは胸を撫で下ろした。もしそうだとしたら今日は夕飯は深夜になるかもしれないと思っていた。
ルークはまた冷蔵庫を漁ると、レタスとトマト、挽肉のパックをドンと用意していたまな板の上に置く。
この家にまな板があったんだ、という独白は置いといて、そもそもこいつ包丁使えんのか?と準備を黙々と続けるルークを見て、ジェイミーは不安で仕方がなかった。
「えーと、まずレタスを細切りにするんだと」
「その前に洗え」
レタスをそのまま切ろうとするルークを抑え、使う分の葉を千切らせてから水洗わせた。やっぱりというか、予想通りルークは料理のりの字も分からないようだ。
ルークはザッと洗い終わった所でレタスをまな板に乗せると、包丁を大きく振りかぶった。それを見たジェイミーは、ルークが振り下ろそうとした瞬間に大声を上げた。
「わァーッ!バカ!バカ!危ねぇだろ!」
「あ?細切りだろ?適当にザクザクやれば…」
「指無くす気か?!あーもう、いいから貸せ!」
ジェイミーは怒鳴りつけて、振りかぶっていたルークの手から包丁を奪い取る。ルークの行動は予想通りだったと言えば予想通りだったが、ここまでとは思わなかった。
大きなため息を一つついて、包丁を手にしたジェイミーは手馴れた手つきでレタスを纏めて細切りにしていく。新鮮なレタスはシャキシャキと心地いい音を立てて、丁度いい細さに刻まれていく。ルークはその様子をジェイミーの後ろから顔を出して、まじまじと見つめていた。
「おお…」
「お前は肉でも焼いとけ、焼くくらいなら脳筋君でも出来んだろ」
「…へーへー焼きますよーだ」
「トマトは細かく刻めばいいんだろ?」
「そーですよ…」
ジェイミーに指図されるのは癪だったが、何も出来ないのも事実だった。
口を尖らせるルークは大人しく真新しいフライパンを棚から出すと、今度はそのまま挽肉を入れようとしていた。
先程の行動からルークのやる事を見張っていたジェイミーは、直ぐに口を出した。
「出したてなら洗ってから使えよ、後肉入れる前に油引いてあっためてからにしろ」
「…へーへー分かりましたよ!!」
指摘されたルークは大声で返事をしながら、ジェイミーに言われた通りに挽肉を焼き始める。
挽肉が色付いてきたところで、既に肉の美味しそうな匂いがしてきていた。そして、ルークはセットに入っていた挽肉用の調味料を掛けて混ぜるとら更に香ばしい匂いが漂ってきた。
ジェイミーとルークは食材の準備が出来た事を確認し、切った野菜や焼けた挽肉を皿に盛り付ける。ルークが気づかぬ間に温められたタコシェルも、皿に並べてテーブルに運ばれた。
セットに入っていたサルサソースとチーズも一緒に置いてやれば、手作りタコスセットの準備は整った。
「完成だ!!」
思ったよりも上々な仕上がりに、二人は目を輝かせていた。二人ともソファに座れば、早速タコスの具材を手にした。
温めたタコシェルにスパイスの効いた挽肉とレタスをたっぷりと乗せて、上にサルサソースを満遍なく掛けてやる。
かぶりつく。
「ん、うまい」
「うーんうめぇ!やっぱサルサソースがないとなぁ!」
ジェイミーは作ったタコスを口いっぱいに頬張ってニコニコと笑うルークを見て、リスかよと思いながらまたタコスに齧り付く。
「タコスを家で作るイメージ、あんまなかったな」
「案外いけるんだよな、他にも挽肉で作ったり鶏肉を挟むのもあるらしいぜ」
「へぇ、美味そうじゃん」
「じゃあ来週もうちでタコスだな」
「え、オレ様毎週タコス食わされんの?」
「いやタコスじゃなくてもいいけど」
「それじゃ意味なくね?」
タコスを口にしながら、ルークと淡々と会話を交わす。しかしルークの食い下がるような話に、ジェイミーはどことなく違和感を感じていた。
「いや、だから…」
「なんだよ」
言い淀むルークに、ジェイミーは訝しげな表情を向ける。そして、ルークが顔を赤くしながら声を張り上げた。
「め、飯に誘ってんの!」
ここでジェイミーは、違和感の正体にようやく気付いた。
「…あー、そういう?」
ルークの言わんとすることを察したジェイミーは、思わず口元が緩む。
ルークは、アプローチしているのだ。このオレ様に!
「お前下手すぎだろ」
「うるせー」
ジェイミーに笑われていることが恥ずかしいのか、ルークは視線を逸らす。そしてルークはまた、口にタコスをめいっぱい頬張る。照れ隠しでする行動が子どもっぽいが、それすら見てて飽きないのはもうこいつに惹かれているからなのかもしれない。
「いーぜ、火曜くらい一緒に飯食ってやるよ」
その言葉を聞いたルークの顔が、こちらを向いてぱぁと明るくなる。
「へへ…やったぜ、約束だからな?」
口にソースを付けたまま笑うルークが、悔しいくらいに可愛く見えた。