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    jiatu0527

    忘羨中心に小説を書いています。
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    jiatu0527

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    香炉ifWEB企画参加作品

    セピア色の世界 事の発端は些細なけんかだった。
     不意に袖があたり魏嬰が大切にしていた辛味の調味料をひっくり返してしまった。床に広がったその赤い粉は元々入っていた器のほとんどであったようで、一面が砂が撒かれたようになってしまった。
    「わぁ、……お前にしては派手にやったな」
    「すまぬ」
    「別に腐るもんじゃないし、拾って食べれば大丈夫だ」
    「いや魏嬰、新しいものを買おう」
     魏嬰に腹を壊されると困ると落ちたものを全て処分してしまった……そして怒られた。

     ***
     
    「含光君がこんなにものを大切にしないやつだったとは知らなかった」
     怒った彼は縁側に座りながら、こちらを見ようともしてくれない。
    「別に部屋の中だったしお前がいつも綺麗に掃除してくれているんだから汚くなんてないだろ。残念ながら俺もこの体の莫玄羽だって碌な生き方してないからお前より胃腸が弱いとかは、ない」
     いつものように昼間から天子笑を口の端からこぼしながら豪快に飲んでいるが、全くこちらを見てくれようとしてくれない。
     私は正直、焦っていた。
     彼が私を怒らせる事は座学の頃からあったが、彼が怒るというのは数えるほどしかないのだ。しかもどれも思い出したくもない結末のものばかりだ。だから慎重にどうやって彼を慰めようと考えて黙ってしまった。でもそれがよくなかった。
    「いいすぎた、もういい」
     彼は天子笑を片手に静室を出て行ってしまった。
     私はすごく焦った。
     取り敢えず彼の機嫌を取るべく、好きな献立を思い浮かべ、あとで厨に材料を取りに行かねばと考えた。
     しかし日が暮れる頃になっても彼は帰ってこない。兄に見つかれば、珍しい姿だね、と言われそうなほど、我ながらションボリしながら雑用を片付けているとようやく夜半になって彼が帰ってきた。街でたらふく飲んで食べてきてのか、珍しく酔った魏嬰はフラフラと軒先まで上がってくると私のことをジッと見下ろしてくる。
    「おかえり魏嬰」
    「……ただいま」
    「着替えと湯浴みを用意してある」
    「お前の世話にはならない」
     そういうと覚束ない足取りで寝台に向かってしまう。
     その時だった。
     例の香炉に蹴躓いてひっくり返してしまい、彼が煙に包まれた。

     ***
     
     あれ、俺。……ここどこだ?
     静室まで帰ってきたのは覚えている。しかし気づけば、周りがよく見えなくなっている。邪崇の仕業か、はたまたあの妙な香炉のまやかしなのか。俺はとりえず自分が置かれている状況を把握することに努めた。まず両手で頭を触ってみた。
     ……兎の耳が生えている。
     ぴょこぴょこと耳を動かして、周いの様子を探る。あと目がよく見えない。正確には見えづらい。手のひらを顔を近くに寄せるとようやく見えるようになった。つまりひどい近眼なのか……しかも世界がくすんで見えるのだ。
     今度は、鼻は効くか、とヒクヒクさせる。
     そうすれば人間の時には感じなかった鮮明な情景が頭の中に描かれる。脳内に描かれる様子と記憶の中の部屋の配置を照らし合わせながら認識を一致させていく。
     手で触った感じでは体は人間のままだし、衣着ていたけど、……なぜか立ち上がる気にはなれなかった。移動しようとして己の手は勝手に床をついた。
     そこでふと思ったのだ。
    ──これはまさか、体はそのままでうさぎになってしまったのか。
     それならそれで、と慣れない動きだったが、兎のように飛んで跳ねて周囲の観察を行う。四つ足で地面を蹴りながら、時折止まってはあたりをよく見渡すように立ち上がり、耳と鼻を使って情報を集める。何がわかりにくいって視覚が頼りにならない上に世界が平面に見えるのだ。勢いよく走ると物にぶつかりそうになる。
     そうしていると靄の向こう柄から、よく知った匂いが近づいてきた。
     扉を開けて現れた藍湛は、いつもと違う俺の様子に気づくと近くにしゃがみ込んだ。
     藍湛、と呼んでも自分の声帯から声が出ない。あれ、と思って両手をで喉を引っ掻くと、やめなさい、と藍湛に手を下ろされた。
    ──なんだよ、藍湛のやつ。もっと驚いていいだろ。
     こんな時にも事態の把握が早くて的確な藍湛の様子に腹が立って、お尻を向けて両足を大きく振り上げる。タタタタッと左足を強く床を踏みながら、ぴょこぴょこと藍湛から離れてた。
     後ろから「魏嬰、待って」と声をかけられた気もしたが、俺は面白くなくて隠れる場所を探した。
     部屋を出て庭の前には生垣と窪んだ茂みがあるのだ。俺は直感的にあそこの穴を掘ろうと思った。
     藍湛が来る前に、と両手で土を引っ掻き、足でガシガシと穴の外に土を掻き出す。ちょうど自分の体半分が収まるくらい掘ったところだっただろうか。「魏嬰」と呼ぶ声が聞こえた。
    「魏嬰、手を怪我するから。さぁこちらへ」
     差し出された手に、なんだもう追いついたのかとイライラしながら掘った穴の中に隠れる。掘った深さが俺の体には小さくて、上半身はでてしまっているが、なんとか威嚇するために足で地面を蹴った。ダンダンと地面を叩きながら声の出ない喉からシャーと乾いた音を鳴らす。
     ふと上を見上げると、そのまま腕をとられ抱き上げられた。体は人間のままなので上半身だけみっともなく抱き上げられて、ダラーンとしていると、藍湛は何を思ったのかその場に座わり、俺の頭を膝の上に乗せてゆっくりと頭から背中へと撫で下ろしはじめた。俺はなんだか面白くなくて、じっとうずくまって丸めた両手でコシコシと彼の太腿を引っ掻いてみる。
    「魏嬰」
     俺のやっていることが面白かったのか、藍湛は、フフと笑うと俺の耳ごとゆっくりと撫でてくる。兎の耳は敏感だとは聞いていたが、手を伝って、藍湛の心音が聞こえてくる。それは最初、とても早かったが、俺が膝の上に乗ったあたりからゆっくりと、トットッと繰り返される。
    「魏嬰、……よかった。逃げないでいてくれて。……私もその、人並みには驚いている」
     少し瞳を上に向ければ、安堵と焦燥が入り混じった色が藍湛の目に宿っていた。耳を撫でる手は先ほどよりも僅かに力が抜けていた。
    ──なんだよ。俺だけ怒って、不貞腐れてるみたいにしてるの滑稽じゃないか。
     藍湛の手の温かさと規則的な彼の心音を聞いていたら、いつの間にか、俺の全身の力も抜ける。目の前の膝の上でンーッと伸びをして、一旦膝から降りて両手を膝頭の上に乗せる。ちょうど、藍湛を見るには上目遣いにならなければいけなかったのもあって、いつもとは違う角度から彼を眺めた。そこには心配そうにしながらも、どこか安堵している表情があって、俺は自分が怒っているのが本当に本当にバカらしくなってきた。
    ──俺も部屋を飛び出しちゃったし。もっとちゃんと話せばよかった。藍湛は俺の事、考えてくれてなんだよな。わかってるけどさ。
     声が出せない代わりに彼の膝に額を擦り付け、心の中で、ごめん藍湛、と呟く。藍湛が俺の様子に気づいたのか、「私こそすまぬ。考えが足りなかった」と告げてきた。そのまま丸めた両手で膝を掻く仕草をすれば、藍湛が自分の胸に寄り掛かるように抱き上げてくれた。ちょうど彼の喉あたりに鼻を寄せてヒクヒクと嗅ぐ。そして耳を上下に動かして彼の頬をペシッと叩いた。上がったままの耳ごと頭を藍湛の大きな手で撫で下ろされ、ペタンと耳が下に下がる頃には彼の首元に擦り寄り、額を擦り付けた。
    ──結局、藍湛が一番、
     抱き抱えられながら背をゆっくりと撫でつけられ、やがて眠気がやってきた。
     彼の体温がすごく安心できて、俺はいつの間にか意識を彼方に放った。

     ***

     目が覚めれば静室の寝台の上で、俺はいつもの掛け物をかぶって寝ていた。まさか夢だったのか、と思って起き上がると、藍湛が床に座りながら傍に眠っている。その寝顔がなんとも嬉しそうで、俺はそっと額に口づけを落とした。
     ゆっくりと瞼が開いた彼の瞳にいつもの自分が映る。
    「おはよう、寝坊助さん。お前の愛しのうさぎはちゃんと戻ってきたぞ」
    くく、と喉で笑いながらそっと首筋に口付けて彼の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
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