(音トキ)いっしょに寝る「……まったく、どうしたらこんな状態で出かけられるのか」
寝坊した! と朝から一人大騒ぎで家中を駆け回り、着替えだけを済ませて出ていこうとするものだから仕方なく朝食に準備したサンドイッチを包んで手渡した。
「ありがとう! 嬉しい!」
そんなのはいいから早く行きなさい、と言って追い出して。これがほぼ毎朝なのだから飽きれるのにも慣れてきた。
(私がここに来るまではどうやって過ごしていたんでしょうか)
想像できない、と考えたあと、いやいやと頭を振る。自分がいるから、なんて。そんな。
(……それにしても、これはさすがに目に余る)
掃除でもしようと部屋を回っている中、寝室が一番ひどかった。「俺がいない間は好きに過ごしていいよ!」とは言っていたものの、あまり私物に触れるのも良くないだろうとほどほどに整理して掃除をして。それだけで大半の時間を使ってしまった。
(天気が良くて幸いでした)
掃除の間に干していた布団を取り込んで、ベッドの上に敷き直す。もちろん、整えて。
「……」
目の前のふかふかの布団を前にして、何となく。そう、何となく。欲、というか。衝動、というか。そういうものが。
(……まあ、まだ当分は帰って来ないでしょうし。どうせここまで丁寧にセットしても気にせず眠るだけでしょうし? だったら……)
自分が先にこの極上の環境を味わってもいいのでは。
そう考えたら我慢する理由もなく、しかしやっぱりおそるおそる。干したばかりのあたたかな布団に潜り込む。
「……っ」
お日様の匂い、と一緒に、胸の奥が飛び跳ねるような匂いが混ざる気がして、ひとり何とも言えない気持ちになる。
先日のあれ以来、距離感をはかり損ねていたけど。本当はもっと。
……いや、あの時の自分の反応を見てそれから向こうも距離を置いているように感じたし、嫌気がさしたのかもしれない。
(現に愛島さんや聖川さんとは親しみやすそうにしてますし……)
自分と代わったらいいのでは、と思ったことも一度や二度ではない。自分は彼らのように愛嬌があるわけでもないし優しくもないし。そう考えて胸がちくちくするのもおかしい話だ。
悶々とする気持ちもあたたかな布団にくるまっていると逃避できるようで、気がつくと目を閉じていた。
(……今日こそ!)
毎日そう意気込んで、怖気付いて……を繰り返してきた。けど、今日こそ! と、思って帰ってきたのに。
「え、寝てる……?」
しかも、自分のベッドで寝ている。
あっ! そういえば使っていいと用意した部屋はここより日当たりが悪い。もしかして、あまりよく寝れてなかったとか?
(そういうところがダメなんだよなぁ……)
はぁ、と大きなため息をついて、でものぞく寝顔はかわいらしいのでときめいたりして。
(寝てる間に触ったら怒られるよなぁ)
ふわふわ揺れる長い耳。セシルは撫でられると気持ちいいと言っていたけど、レンがマサの耳に触ろうとして酷い剣幕で怒られたって言ってたし。人によるのかなぁ。
「……ん」
ギリギリ手を伸ばさずに済んだ。長いまつ毛が二三度揺れて、まだぼんやりした瞳がこちらを見る。
「えーと。おはよう?」
もう夕方だけど、と続ける前に跳ねるように身体を起こす。何もしてないよ! と言いかけてしまうくらいに驚いた。
「あっ、えっ? ね、寝てた……?」
「うん」
赤くなって青くなって、視線を落として小さくなる。
「ごめん、あの部屋じゃ眠れなかった? 今日からここ使っていいから」
「は? いや、そういうわけでは」
「でもこっちのがまだマシだと思うからさ。そうしなよ」
「あなたの寝る場所がなくなるじゃないですか」
「俺はどこで寝ても平気だし。身体だけは丈夫だから」
「人を軟弱みたいに言わないでください」
「そんなこと言ってない。いいからここで寝てよ」
「だったらあなたもここで寝たらいいじゃないですか!」
「……いいの?」
いいなら、正直、本音としては、それが一番嬉しいけど。
でもこの間の反応とか、今日までの距離の取り方とか。もしかして、嫌な気持ちになったところとか、あったりしたのかな? とか。思わないこともなかったんだけど。
「よ、よくなかったら、言いませんよ」
「そっか。うん。そうだよね」
無意識に顔がにこにこしてしまうのも隠せずにいたら視線をそらされてしまった。