逆転の狼煙をあげろ前回までのあらすじ。
北欧から留学してきたナギと食事に行ったら、次の日なぜか殺人犯に仕立て上げられていた!
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どうしてこんなことに、と言いたげに紺碧が真直ぐ俺を見つめている。その視線に応える術を持たない俺は、耐えられなくなって顔ごと視線から逃げた。優秀な法の番人であるこいつには、今の俺はどう見えているのだろう。可哀そうな友人か、それとも───この期に及んで言い逃れをしようとする、極悪人か。
だって、本当に自分でも訳が分からないのだ。ナギと食事をして、久しぶりの高級肉を堪能して。急用のために先に店を後にしたナギに別れを告げて、自分はナギの分までデザートを平らげて。あとは真直ぐ家に帰って、見慣れた薄い煎餅布団に身を委ねた。
そしてまた、いつも通りの朝を迎えるはず、だったのに。
日が昇り、荒々しいノックと共にやってきたのは、身に覚えのない証拠とそれによって発行された逮捕状を携えた警官だった。
「…改めて確認します。アナタが殺したのではない、そうですね?」
「俺じゃない!俺は絶対、人殺しなんてしてない!信じてくれ!」
ナギの問いに、はじかれたように叫んだ。部屋の入口で見張りをしていた係員が何事かと構えたが、俺はそれどころではなかった。
「証拠だって言われた凶器のナイフだって触った覚えがないし、被害者だって初めて見る人だった!なのに、なんで…!」
「ヤマト」
「、」
名前を呼ばれて、はっとして口を噤んだ。いくらわめいても、嘆いても、どうしようもない。逮捕状が出ているのだ。信じてくれ、なんていったところで誰が俺の言葉に耳を貸すだろうか。
ナギがどんな顔をで俺の言葉を聞いているのか、確認するのが怖い。じわりと目頭が熱くなる。あの美しい青に呆れや軽蔑の色が滲むのを見てしまえば、判決を待たずにここで果てたくなってしまうだろう。
ぐるぐると結論の出ない思考を続けてどのくらいたっただろうか、頬に温かいものが触れて、無理やり視線を上げさせられる。
顔を上げた先にあったのは、ナギの、どこまでも澄んで煌めく瞳。その瞳を見つめるのがあんなに怖かったはずなのに、目が離せない。
「ヤマト、安心して。アナタを信じます」
なんの誤魔化しもない、力強い言葉に、ぼろり、と堪えきれず涙が零れた。嘘でもその場しのぎでもない、心の底から信じているのだと、この世で一番綺麗な瞳が言っている。それが、ただただ嬉しかった。
ナギがいてくれてよかった。
この裁判の結果がどうなるかはわからない。けれどもし、万が一この圧倒的に不利な状況をひっくり返すことができたなら、その時はナギの大好きな魔法少女の映画に何度だって付き合ってやろう。
なんとか礼の言葉を絞り出すとともに、ず、と鼻を啜ったその時、しかし、とやけに芝居がかったナギの声が響いた。
「ワタシが責任を持ってヤマトの無罪を証明します。……といいたいところですが、生憎ワタシにはそれができないのですよ」
「…………は?お前さんが弁護してくれるんじゃないの」
「ワタシが弁護士として法廷に立つことはできません」
「え、だってお前さん、向こうで飛び級で弁護士資格取ったって、」
「それは母国での弁護士資格です。この国で弁護をするには、改めてこの国の弁護士資格を取る必要があるそうで」
ふう、と頬に手を当てて、愁う顔もやけに様になっている。いや、そうじゃなくて。
「……つまり?」
「ワタシは今回、アナタの弁護人として法廷に立つことはできない、ということです」
あ、俺の人生終わった。
ざ、と血の気が引く音とともに、目の前が真っ暗になる。弁護人もいない裁判なんて、勝ち目はほぼゼロ、というか皆無。有罪判決は確定したも同然だ。
こんなことなら、タマとイチの学生コンビをからかったりしないで、好きなものでも奢ってやればよかった。ソウとミツともっと酒を飲みに行けばよかった。リクの真直ぐな誉め言葉を素直に受け止めていればよかった。そして、ナギに、ちゃんと。
「悲観しているところ申し訳ありませんが、諦めるのはまだ早いですよ」
「え」
「ワタシができなくても、もう一人。優秀な弁護人がいるじゃありませんか」
ここに、と白くて長い指がトン、と胸を突く。意外と大きくて、がっしりとしたその手を見間違えるなんてあるはずもなく。
「…………俺?」
「ご明察です。ワタシができないなら、アナタがアナタ自身の弁護人を務めればいいのですよ、ヤマト」
ナイスアイディアでしょう、とまるで絵本の王子様のようなウインク。
嘘みたいな美貌から飛び出した、これまた嘘みたいな提案に、俺は天を仰いだのだった。