手袋「ホンマ早いなぁ。まだ10分前なのにもう着いとんのか。」
1月も半ばの寒いお昼時、白い息を吐きながらオクザキが空飛ぶタクシーを背にツカツカと近づいてくる。
「30分前に着いたよ!早く出過ぎちゃった〜。手寒〜い!」
そう言いながらピーニャは冷える手を擦り合わせる。
「30分て…先どっか店入っとっても良かったんに律儀やなぁ……。あ〜もうこんな冷えてもうて…」
ピーニャのキンキンに冷えた手を掴み、幾分彼より小さな手がさすさすと撫でる。
「えへ…手袋無くてさ…オクくんサンキューね!」
日頃目つきが怖いと言われるような男が嘘のようにニコニコと目を細めて笑っている。
そう、事実この男嘘をついているのである。
手袋はきちんと自室のデスク上に置いてある。
今日も身につけているマフラーや耳当てと同じ所にきちんと収納場所が決められている。
なのに、どうして、彼はわざと置いてきたのだ。
「オクくん指先冷たかったらまたギュッとしてくれるかな〜♡」
前のデートで本当に手袋を忘れてしまった時に与えられたときめきに今も心ときめいているピーニャ。
頭のキレる参謀とはよく行ったもので、彼は天然系と養殖系を併せ持ったとっても賢いLoveときめきボーイなのである
「…良し。早めに準備出来た。…30分あれば充分だよね。行ってきま〜す」
そう扉を開けた彼の手は当たり前のように堂々と剥き出しであった。
「指先赤なっとるやん。も〜 もっと体大事にしいや?」
そう手を擦りながら寒そうだと心配するオクザキに対して、ピーニャは30分待った甲斐があったな…!と心はホックホクなのだった。これがDJ悪事。
「よし。ほな手袋買いに行こか。」
「え!?!?」
思わず大きな声を上げてしまった。
いらない。手袋は既に家にある。
「デリバードポーチでなんか買うたらええやん。プレゼントしたるから好きなん選びいや。」
えっプレゼントしてくれるの…?♡
いや違うよ。いらないって!
2組も必要ないでしょ手袋は。カイリキーじゃないんだから。というかもうギュッてして貰えないなんてヤダ〜〜〜!ヤダヤダ〜〜〜!!!!!
「いらないし!あと数カ月したら冬終わるし!寒くないし!気にしないで!」
「さっき寒い言うてたやろが。ええから付けろ言うてんねん。ほら行くで!シャキッとせえ!」
バリアードのパントマイム並に手足をバタバタドキマギとさせたかと思えば、今度は病院に行く前のオラチフのように固まり、ちみちみと歩くピーニャの手を握りこっちやでと引っ張る。
今日のお買い物デートのメインは2つ目の手袋!キミに決めた!
…前の手袋?手持ちにあげようかな。5本指の子いないけど。
「こんなもんかなぁオクくん他に買うものある?」
「いや無いもんは全部揃ったで。夕飯なんか買うて寮戻ろうや。」
最近はもう金曜と土曜はオクくんの部屋に泊まるのが定番になってしまった。
受付のおばさんに手続きが面倒だからもう外泊許可証は出さなくていいと言われるくらいには。
「ほら、手袋ちゃんと付けような。手ぇ出しや。」
そう言ってオクくんは店員さんにタグを切ってもらったちょっぴり、でも自分じゃ買わないような上質な手袋をガサガサとバッグから出してきてくれる。
付けてくれるんだ優し〜。でもそうじゃないんだよなぁ…。
そう思いながらも渋々と手を差し出すピーニャは明らかに眉が下がり切っているのだった。
「ほら男前やで〜ピニャ坊!似合うとるやないの〜!な!ええやんええやん!な!」
靴を履きたがらない子供に言うような雑に大袈裟に盛り上げるような言葉をかけがちなのは、この可愛い恋人が一回りも年が離れているからなのかも知れない。
その言葉に眉の角度が徐々に正常に戻るも微妙に煮え切らず、手袋をはめてもらった左手をピーニャはじっと見つめてしまう。
暖かいな〜……。暖かいけどな〜…。けどな〜…。
「ほんでこっち借りるで」
自分にはちょっと大きい片割れの手袋を自分の右手に付けるオクザキ。
小さな彼の手にはやはり大きく指先の生地が余っている。
「ほんでこう。」
ギュッとピーニャの右手を握る。
「どうせピニャ坊の事やから手繋ぎたいから手袋付けたくな〜いとか何とか思ってたんやろ?ちゃう?」
「…最初から分かってたワケ?」
どうやらバレていたようだ。手袋を既に持っていることに関してはどうか分からないが、少なくとも繋ぎたがっていたのはモロバレルだった。これにはタマゲタケ。いや驚いた。
でもそう。これ!これだよ!プレゼントとも嬉しかったけどボクが欲しかったのはオクくんの温もりだもん!
「えへ!えへへ!!!!オクくん帰ろ!!遠回りしよ!!イルミネーション見てから帰ろ!!」
「ええよ。見てから帰ろな。」
オクザキの手を握りこっちだよと引っ張る。行きと帰りでなんと歩幅の違うことか。