エキスパートアグレッシブランジェリー きっかけというものは、往々にして些細なものであることが多い。今回も例外ではない。ブラッドが唐突にそのいかがわしいモノを買ったのは、【マンネリ解消】という目的にほかならなかった。
恋人との関係をブラッドは最近いささか、生暖かくなったと感じている。キースとの確執めいたものが解消されてから、ようやく正しいかたちでの“恋人”になった彼との関係は至って良好である。
それはもう、恐ろしいくらいに。
それにブラッドは、多少の不満があった。ありていに言えば、欲求不満なのである。その原因は、キースに、ある。いかんせん、彼はこの頃、ブラッドに対して優しすぎるのだ。
二人の関係が今のように平和なものになったからこそ、キースはブラッドに対して甘いところが押し出されている。もちろんブラッドだって、距離を取りたいわけではない。
キースが、ブラッドに怠惰なまま甘えていた四年間を、取り戻すように真綿のような優しさを向けてくれているのは理解している。
ブラッドはそのキースの優しさに強く出れない。
だが、それとこれとは別問題である。
別に優しくなくてもいいのだ。ブラッドだってキースのことを好きなのだから。
どうしたって優しいだけでは物足りないときもある。
男同士、気兼ねなく、欲望を貪ってくる獣じみた男をブラッドはもう知っているのだ。
だから、今さら包み込むような優しさだけを与えられても気恥ずかしことこの上ない。
ブラッドは、絶対にキースを籠絡してやるという明確な意思のもとで、とある通販の購入ボタンを押した。
その商品は、あっという間にブラッドのもとに、ではなく安全を期してにキースの自宅に届けられた。
「珍しいなお前が通販なんて……」
久しぶりに二人のオフが重なった夜に、そのブラッド宛の荷物を彼に渡してきたのはキースだった。
彼は、その荷物に興味深々といった様子だった。
「……必要なものだ」
「ふぅん」
「ふっ、……すぐにわかる」
直接的に、キースの為に買ったのだとは言えない。
しかし、ブラッドは浮ついた心を隠しきれない。
柄にもなく浮かれているらしい。
「は?」
ブラッドは、キースの驚いて間の抜けた顔を横目に、ふふと意味深に笑う。届いた箱を抱えて、バスルームへ向かった。
手早く制服を脱ぎ捨てると、バスルームの扉を開けた。勢いよく少し熱めのお湯を出すと、ヒーローとしてよく働いた一日の汚れを、ゆっくり丁寧に落としていく。
このシャワーを浴びる行為こそが、抱かれるための、ブラッドのルーティーンである。
心地よいシャワーの音が耳元をくすぐっていく。
「……はぁ」
キースの家には、ブラッドの私物はあまり置かれていない。特にアメニティについては、効率性を考えれば、わざわざ持ち込むまでもない。
それが、ブラッドの建前だ。
ブラッドは、キースが普段使ってるボディソープを使って、シャンプーもトリートメントも彼と同じものを、使う。そうして、自分の身体が彼と同じ匂いに包まれるのはなんとも言えない優越感をブラッドに与えてくれる。
この瞬間がどうしようもなく好きだった。
否応でもなく、自分を抱く男のことを意識させられる。
全身がキースと同じに香りに包まれたところで、ブラッドは満足そうにシャワーを終えた。
ここまでは普段通りのルーティンだった。
だが、今日はこれでは終わらない。
しっかりと柔らかいタオルでしっかりと濡れた体を拭くと、例の箱をゆっくりと開けていく。
中には、刺激的なスパイスが入っている。
「ふむ、悪くない」
時間をかけて吟味しただけあって、着心地も悪くない。サイズもあっている。
ブラッドはしっかりと全身を鏡でしっかり確認すると、ぱさりと薄手のバスローブを一枚羽織る。
「ふぅ……」
ほんの少しばかり湧き上がった羞恥心は投げ捨てて、ブラッドはリビングのキースの元へと戻った。
「……お、やっときた。ずいぶん遅かった……な……」
リビングに戻ってきたブラッドの姿を見て、キースは文字通り絶句した。
「どうだ?似合っているか?」
そう言いながら、わずかばかりに肩から羽織っていたバスローブを、床にはらりと脱ぎ捨てた。
「……はぁ?!」
「うるさいぞ、近所迷惑だろ」
突然の大声に、ブラッドは思わず耳を両手で塞ぐ。
キースは目の前の状況をうまく飲み込めないでいた。
「なんだ、その顔は」
「いや、お前っ……いきなり……な?え?」
「いいだろう?」
ブラッド渾身のドヤ顔である。
「わざわざ買ったのか?え?!お前が?」
「お前が買ったのでなければ、俺が買ったのだろうな」
「……なんで??!!」
キースが驚くのも無理はない。
ブラッドは、ランジェリー姿で彼の目の前にいる。
だが下着というにはどう見てもその機能を果たしていない過激なデザインのものをブラッドは着用していた。
この下着、ランジェリーこそが、通販でブラッド自らが購入したものである。
下着のほとんどが、いやらしい光沢をもった黒い合皮でできていた。
首輪のように一枚。丸い金具がついていて、センターラインを強調するように、ベルト状の布が伸びている。
その途中から、ブラジャーのように上半身へ、わずかばかりの布があしらわれていた。
横に巻かれた三本の細長い紐状の布だけで、か細く覆われていいる。少しでもずらせば簡単に、隠された頂点が見えてしまうだろう。
下半身に目を向ければ、同じように心許ない布量で覆われている。合皮がぴっちりと肌に張り付いていた。前面には、首から伸びている布が続いているが、腰の肌色がのぞいているので、おそらく背面はもっと布地が少ないはずだ。
合皮という伸縮性の少ない素材のせいで、ブラッドの肌に食い込み、肉厚さを強調していた。
そして、なぜかブラッドは手に鞭を持っていた。
「……いや、なんで、鞭なんだっ!」
「なぜだ?……こういう物は、こういうプレイのために着るものではないのか?」
「いや、鞭はやめろ。いてぇのは嫌だし……ちょっとマリオンが頭をよぎる」
「む……それも確かに……」
赤髪の後輩のことを思い出して慌てたキース。
ブラッドも思い至らなかったと言う表情だった。
しぶしぶ鞭は下ろした。
「それで……女王様プレイがしたいってことか?」
「……そういうわけではない」
キースは困ったように、後ろ手で頭をかいた。恋人の奇行に混乱していた。
「どちらかというと、したいのはお前だろう」
「はぁっ?」
その発言は許容し難い。
「お前の部屋にあったいかがわしい映像を参考にしたのだが、何か間違えていただろうか?」
「あーーー、いやあれは……、その……お前なぁ……。」
私物を参考にしたと言われてしまえば、たとえそれが、キース自身が購入したものではなくても、反論は難しい。
実際、キースはしっかりいつだったかフェイスに押し付けられた
「すみませんでした……」
「……別に怒ってはいない、いい参考映像だった」
「っ、お前見たのかよ?!いや、やっぱ怒ってんだろ!」
「怒ってなどいない。……これは、マンネリ解消のいい機会だろう?」
そういうと、ブラッドは問答無用でキースをリビングのソファに押し倒した。
かちゃりと金属音が鳴る。
キースの片腕に、固い金属でできた手錠がはまった。
「っ……おい……」
「悪いと思っているなら、ほら……もう片方も大人しく差し出したらどうだ?」
「あー、はいはい。もう、それでいいよ……」
強引なブラッドの様子に、キースは観念した。キース自身には、ブラッドのこの奇行の原因に心当たりがなかったのだが、こういう時のブラッドのことは、下手に、刺激しない方がいいと長年の付き合いでわかっている。
大人しくもう片方の手首を差し出す。
ブラッドは楽しそうに、その手に手錠をかけた。
かちりと、錠が閉まる。
キースを拘束することに成功した。ブラッドは、気分よく彼の制服を一枚一枚、多少手荒く剥ぎ取っていく。