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    ネムリブカ

    @oysm_nemuribuka

    深海の片隅で文章を書くネムリブカです。
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    ネムリブカ

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    2024年バレンタイン💝
    現パロ葬台+牧台です。

    愛があふれる水曜日 ニコラスは、オーブンから鉄板を取り出す広い背中を祈りながら眺めた。祈ったところで結果が変わるわけではないと分かっていながらも、そうせずにはいられなかったからだ。
    「……ニコ」
    「ど、どうや」
     自分の名を呼んだ兄が、神妙な表情で振り返った。鉄板はこちらからは見えないものの、じきに答えは分かるだろうとニコラスは兄の顔を見上げる。
    「おめでとさん」
    「そ、そんなら──!」
     兄は、ニコラスと目を合わせると、にこりと笑った。彼はそれに表情を輝かせるが、しかし次の言葉で床に崩れ落ちる。
    「今回も見事なダークマターや」
    「なんっっっでやねん!!!!」
     身体を退かして見せられたテーブル、鉄板の上には、真っ黒い物体が鎮座していた。
    「どないしてお前にはできんのや? ワイの弟のくせに」
    「なんやその言い方。兄貴は親とちゃうやんけ」
    「はぁ~? お前なぁ、兄弟いうんはほぼ同じDNAやねんぞ。せやから、ワイにできてお前にできんことあるかいな」
    「人には得意不得意があるんですぅ~」
     ダークマター、もとい、チョコケーキになる筈だったもの、を処理しながら溜息を吐く兄にニコラスは子供のような悪態をつく。食べ物を粗末にするのはウルフウッド家の主義に反する行いだが、流石にこれは食べられそうにない。
     ビニール袋に丸ごと放り込んだこれは、次のゴミの日にはゴミ捨て場に並ぶのだろう。勿体無い気持ちと己にガッカリする気持ちが半々で、ニコラスは兄以上に深い溜息を吐き出した。
    「料理はそこそこできるのになぁ……」
    「そこそこ言うなや。これでもバイト先では上手い方やて言われとる」
    「ほうか」
     ぐしゃぐしゃと髪を撫でられる子供扱いに、ニコラスは余計にぶすくれる。外では兄貴分として慕われているニコラスも、十歳近く歳の離れた兄には、どうにも甘えが出てしまう。
    「なぁ、何がアカンのかな」
    「うーん……材料も手順もおかしない。なのに、なんでか失敗する。これはもう……」
    「もう?」
    「ある種の才能かもしれん。諦めろ」
    「クソ兄貴!!」

     今年高校二年生になるニコラスには、好きな相手がいる。幼馴染で同級生の、ヴァッシュ・セイブレムだ。
     そして、顔も人当たりも良いお人好しの彼はとにかくモテる。男女問わず彼に惹かれる人間は多く、最近では幼馴染というアドバンテージも役に立つのか怪しくなってきたところである。
     高校に入学してから暫く、そんな様子をハラハラと見守ってきたニコラスであったが、去年の末にとうとう覚悟を決めた。というか、この兄にケツを叩かれた。
    「モタモタしとったら、持ってかれるで?」
     確かに、入学してから年末までがあっという間であった。このままでは、またあっという間に年が明けて、大人になって、ヴァッシュとは離れ離れになってしまうかもしれない。
     そうしてニコラスは、今度のバレンタインに勝負をかけることにしたのであった。
     最初は、彼は花が好きなので花束でもと考えたが、どうにも気障ったらしいと恥ずかしさが勝ち、無難なチョコレートにすることにした。
     だがそれも、市販品では他と同じになってしまう。昨今は色々な意味合いのチョコレートも増えているし、やはり手作りが良いのではないか、と考えたニコラスは、料理が得意な兄に師事することになったのであった。
     しかし、それがどうにもうまくいかない。
     何度やっても、何故か食べられるものができあがらないのである。
    「なんでや……ワイには菓子を作るな言うことなんか」
    「どうやろなぁ。まぁ、機械触ったらなんでも壊すやつがおるみたいに、ニコは菓子作ったらなんでもダークマターになるのかもしれんな」
    「笑い事ちゃうねん」
     休憩しようと、二人で潜り込んだコタツでみかんを食べる。天板に突っ伏するニコラスの頭に、兄は面白がってみかんを積んできた。
    「やーめーろーやー」
     口では抵抗しつつも、ニコラスは頭を動かさない。彼の丸い頭にうまくみかんを積むのが、兄のちょっとした楽しみでもあり、ニコラスの楽しみでもあったからだ。
    「お、誰か来たわ」
     そこへ、ピンポンと玄関のチャイムが鳴る。誰か来た、と言いながら兄は動こうとはしない。きっと誰なのか分かっているからだろう。案の定、鍵を開ける音がして、すぐにリビングには金髪の男性が入ってきた。
    「外寒いよ~。僕もコタツ入れて入れて」
    「コートくらい脱がんかい」
    「あはは。あ、ニコ、遅くなったけど明けましておめでとう。今年もよろしくね」
     兄に突つかれて防寒具を取り外すのは、彼の恋人であるヴァッシュ・ザ・スタンピードだ。みかんタワーの土台になったニコラスに挨拶をして、そこからみかんを一つ取っていく。
    「トンガリ兄、お年玉は?」
    「手、出して」
     土台になったまま手の平を上向けて天板に乗せれば、ポケットから何かを取り出した彼は、その上で握った手を開いた。
     ぽとん、と落ちてきたのはビー玉で、ニコラスは思わず身を起こす。みかんが雪崩を起こしてこたつの天板に転がって回った。
    「なんやねん!」
    「落とし玉~」
     けらけらと笑うヴァッシュに文句を言おうと口を開きかけると、目の前にぴっと何かが差し出される。近すぎて焦点の合わないそれから少し顔を離すと、今度こそちゃんとしたポチ袋が目に入ってニコラスは開いた口を閉じた。
    「ちゃんと用意してるよぉ」
    「……ありがとうな、トンガリ兄」
    「うーん! きちんとお礼が言える! えらい!」
     またくしゃくしゃと髪を掻き混ぜられて、されるがままのニコラスは、この二人はこういうところが少し似ている、と眉根を寄せる。
    「ところでなんか甘い匂いしてるけど、お菓子でも作ってるの?」
    「作ってた、やな。完成品はここや」
    「えっ、美味しそう! カップケーキだ!」
     ヴァッシュがニコラスにかまけている間にキッチンから持って来られたのは、兄が作ったお手本のカップケーキだ。生地はチョコとプレーン、どちらにもチョコレートがごろごろと入っている。
    「食べていいの?」
    「バレンタインの予行練習や。どのみち全部おどれのもんやで」
    「えー? バレンタインにも作ってくれるの?」
    「本番はもっとちゃんとしたケーキ作ろかな」
     にこにこと幸せそうにカップケーキへかぶり付くヴァッシュを眺めて、ニコラスは自分の想い人である幼馴染を思い浮かべる。紛らわしくも名前が同じであるこのヴァッシュと幼馴染は、従兄弟同士なのだ。そっくりというほどではないが、面影はあって、ニコラスは複雑な気分になる。
    「……なぁ、トンガリ兄」
    「ん、なんだい」
    「こっちのヴァッシュも、そのケーキ好きなんかなぁ」
     思わず零れ落ちた言葉は思ったよりも寂しげな響きをしていて、ヴァッシュの目を丸くさせた。きょとんとしたその表情に、今しがた自分が口にした言葉を自覚したニコラスは、誤魔化すようにみかんを拾い集める。
    「なっ、なんでもない! 今のはちが──」
    「あのね、ニコ」
     ヴァッシュの前に転がったみかんへ手を伸ばしたところで、その手首あたりに彼の手がそっと載せられた。優しい声音に促されるように顔を上げれば、声と違わぬ瞳のヴァッシュがニコラスを見つめている。
    「親戚の贔屓目もあるけど、それを抜きにしてもあの子は優しい子だよ。ニコが一生懸命用意したって分かるなら、きっと何だって喜んでくれると思うな」
    「トンガリ兄……」
    「ま、要はハートだぜ、ハート! ガツンといこうぜ!」
    「急に雑」


     最後はともかく、ヴァッシュのアドバイスはニコラスの背中を押すには充分だった。分かっていたつもりで、ニコラス大事なことを見失ってしまっていたのだ。初心に返り、彼は当初の目的を果たすために決意を固めた。
     そして迎えた、バレンタイン当日。
     今年は週の真ん中、平日も平日である。最早餅投げの勢いでチョコを渡されていたヴァッシュは帰宅する頃には疲れ切っていたが、帰宅後、公園へと呼び出したニコラスを拒否はしなかった。
    「……今日はどんくらいもろたんや」
    「どのくらいだろう……あ、でも手作りは受け取るなってナイに注意されたから、その分は少ないよ」
     二人でブランコに並んで腰掛ける。思い出すように空を見てから、ニコラスを見たヴァッシュは眉尻を下げて笑った。
    「おどれの兄貴、事前にお触れ出しとったもんなぁ」
    「お触れって……まぁ、そんな感じだったけど」
     生徒会長となった兄の宗教じみたカリスマ性を否定はできないのか、ヴァッシュは少し苦い顔をする。二月に入るなり『バレンタインについて』と掲示板に大きく掲示されていたのだ。
     教師と話はつけておいたので、持ち込みは可。ただし、不特定多数から渡される可能性のある人間は手作り品を拒否する権利がある。
     そんな内容と共に、理由などが明記されたポスターが学校中に貼られた。
     本来校則で没収されるものを許されているのだから、生徒たちは下手に文句も言えない。文句があるなら全面禁止、となってもおかしくないからである。
    「……ともかく、今年は変なの混ざってなさそうで良かったやん」
    「うん。申し訳ない気持ちもあるけどね」
    「アホか。お人好しすぎるわ」
     ニコラスの口から吐息が白くたなびいて、それきり沈黙が落ちた。
     キィ、キィ、とブランコの鎖が軋む音が響く。ニコラスが、落ち着かなく揺らしているからだ。ヴァッシュは、それを咎めるでもなく、帰ろうと言うでもなく、じっと俯いていた。
    「……なぁ」
     やがて、一度深呼吸をしたニコラスが立ち上がり、ヴァッシュの目の前に立つ。
     ガシャン。乱暴に放り出されたブランコが悲鳴をあげて、大きく揺らいだ。
    「うん」
    「……これ、受け取ってくれや」
     トートバッグの中でずっと出番を待っていたものを取り出して、ニコラスはヴァッシュにそれを突き出す。二十センチ四方程度の白い箱は受け取ると彼の予想よりも重たく、そして。
    「あったかい」
    「開けてみ」
     促されるままにラッピングを紐解けば、中にはラップが敷かれた上に置かれた、ハート型の茶色い物体があった。
    「……お好み焼き?」
     それは、ソースでコーティングされ、マヨネーズで彩られたお好み焼きだった。箱の隅には、ご丁寧に削節も一パック入れてある。説明を求めるようにニコラスを見上げると、彼は恥ずかしそうに目を逸らす。
    「……菓子は、どうやってもうまく作れへんかった」
    「うん」
    「だから、得意なもんで勝負しよ思て」
    「うん」
    「チョコは作れんけど、ワイと付き合うてや!」
     びしっ、と腰を九十度に曲げたニコラスが、握手を求めるように片手を差し出した。ヴァッシュは暫くぽかんとして、目の前の手とお好み焼きとを交互に見比べていたが、そっと箱の蓋を閉じると、ニコラスの手を取って立ち上がる。
    「と──」
    「ごめんね、ニコ」
    「ッ……」
    「あっ! 違う、そういう意味じゃなくて! ……あの、」
     力の抜けかけた手を握り返して、ヴァッシュは慌ててニコラスに言い募った。頬を染め、困ったように瞳を潤ませる。
    「気付かなくてごめんね、って意味で……あと、僕も好きだよって言いたくて……いっぱい悩ませちゃったみたいで、ごめんねって意味もあって……」
    「まっ……ぎらわしいんじゃ! アホ!」
    「だからごめんってば~……」
     握った手に力を込めるニコラスに、ヴァッシュはへにゃりと笑いながら謝罪した。ひとしきり握ったあと、不意に緩んだ手を見つめていると、唇を尖らせたニコラスはぼそりと呟く。
    「……そんで、付き合ってくれんの」
    「う、うん」
    「ホンマやな? ワイとキスとかするんやな? どっか付き合って出掛ける意味ちゃうぞ」
    「分かってるってば……ねぇ、これ食べていい?」
    「はぁ?」
    「冷めちゃう前にさ、一口だけ」
     凄むニコラスから逃れるように、ヴァッシュは手中の箱を指した。家を出る前に作ってくれたのか、温かいそれも、この寒さの中では冷めてしまうだろう。あとで温め直すこともできるが、出来立てのうちに食べてやりたいと思ったからだ。
    「……好きにせえ」
    「ありがとう!」
     箸はなかったので、器用に直接かぶり付いたヴァッシュは、「美味しい」と嬉しそうに笑った。
    「そか」
    「うん」
     そうして仲良く帰路に着いた二人は、翌日から晴れて恋人同士となったが。
     
    「そういえばね」
    「ん?」
    「ナイが、甘いものばっかりだからお好み焼きなのは良いって。美味しいって喜んでた」
    「何食わせとんねん!」
    「美味しかったから、つい……」
     仲の良い兄弟に、ニコラスは今後も悩まされそうであった。
     
    「あとね、レムいない時にご飯作りに来ていいよって言ってたよ」
    「いや、家政婦ちゃうねん」




    +++
    ※以下、牧台のターン


    「こんばんは、ウルフウッド。ケーキ食べに来たよ」
    「おう。コーヒー入れるから座っとき」
     自宅のように入ってきた恋人を迎え入れて、ウルフウッドはリビングを示した。合鍵を渡しているので、彼にとっては半分自宅で間違いないのかもしれないが。
    「昼間はあったかかったけど、夜になると冷え込むねぇ」
    「まだ二月やからな。今年は暖冬言うけど、この前は雪も降ったし」
     言いながら、こたつへ潜るヴァッシュへウルフウッドが持ってきたカップの中身はコーヒーで、ハート型のマシュマロが浮いている。随分と可愛らしいことをするものだと見上げれば、今度はハート型のケーキが目の前に置かれた。
    「ハート尽くしじゃん」
    「──ニコがな、散々色んなモン作ったから、余り物がぎょうさんあんねん。ハートのマシュマロはなんや……飾り用だったか? そんで、これも」
    「えっ? すごっ」
     目の前で半分に切られたチョコレートケーキの中からは、これまたハート型のクッキーがこぼれ出る。そのクッキーも、プレーン、ココア、イチゴと妙にカラフルである。すごいすごいとはしゃいだヴァッシュが写真を撮っていると、自分の分のカップを持ったウルフウッドが隣へ腰を下ろす。
    「あはは、狭い」
    「ええやろ。ダークマターと戦っとったワイを労れや」
    「ニコは、こういうクッキーとか作ろうとしてダークマター製造機になってたの? もう才能じゃん」
    「せやろ」
     ワイもそれ言うたわ。笑ったウルフウッドはヴァッシュへと体重を預けてくる。重い、と文句を言いながらも、受け止めたヴァッシュは黒髪を撫でてやった。
    「それで、今日はうまくいったのか?」
    「明るい顔しとったし。大丈夫やろ」
    「聞かないんだ?」
     ケーキの中から顔を出すクッキーを摘んで、ヴァッシュは笑う。さくさくと軽い感触のクッキーは、売り物と比較しても遜色ない味だ。
    「思春期やで? あんまり構っても怒るやん。向こうから言ってくるまで、ええわ」
    「いいお兄ちゃんしてんじゃん」
     クッキーを二つ、三つと口に放り込んで、マシュマロが沈みかけたコーヒーに手を伸ばす。きっとこれも、チョコレートに合うものを選んでくれていたりするのだろう。香りがいいことくらいしか、ヴァッシュには分からないけれど。
    「せやろぉ? ご褒美くれてもええねんで」
    「えー? 俺に利益ないじゃん!」
    「可愛い従兄弟の恋が実っとるやろ」
     横からぎゅうと抱き締めてくるウルフウッドの鼻先が、ヴァッシュの首筋に擦り付けられる。普段は煙草の香りがするのに、今日は甘い匂いしかしていないことに気付いたヴァッシュは小さく笑った。
    「しょうがないなぁ」
    「しょうがないことあるか」
    「混ぜっ返すなって。ほら、あーんして」
     自分の荷物から小さな箱を取り出して、チョコレートを一粒取り出したヴァッシュは自分の肩に乗った顔に近付ける。餌付けされた雛鳥のように、口を開いたウルフウッドがチョコレートを口に含んだ。
    「うまっ。これいくら?」
    「一粒千円」
    「高すぎるわ」
     しっかりと食べ切ったウルフウッドが、べえと舌を出す。まだ甘さの残るそれを舐めて、ヴァッシュは艶やかに目を細めた。
    「君への愛情だと思えば安くない?」


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