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    osatousarasara

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    osatousarasara

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    弁当屋が惚気に当てられた話です

    子犬の顔が見てみたい後述

    これは、都会の片隅で起きた、なんて事のない、ありふれたおいしいご飯のお話。

    「すみません、生姜焼き弁当ひとつ下さい」
    お、また来たか、と入り口を見やると、やはりいつものあの子だった。
    この土地に根差して弁当屋を始めて早幾年、『味が一番、安さ一番、三四が無くて盛りも一番』をモットーにした商売をしていると、自然、限界まで腹を空かせた学生達が寄ってくる。
    この子も春頃から顔を見せ始めたので一年生だろうか?
    線が細くておっとりとした、育ちかけの末っ子子犬のような見た目に、三回目の来店時だったか、『ウチの盛り、結構多いでしょ、大丈夫?』などとお節介を焼いてしまった。
    想定外の声掛けに子犬くん(便宜上、以降こう呼ぶ。本人は不服かも知れないが)は目を丸くしていたが、ええと、と口淀んでから、
    『大丈夫です。その、凄く美味しいので…』
    と、照れたような、困ったようなはにかみ顔の、抜け切れていない関西言葉で答えてくれた。
    おっいいね、実はイケる口だね?とついつい嬉しくなってしまい、子犬くんが来るとポテトサラダの盛りを増やしてみたり、唐揚げをひとつ多く入れてみたりしている。
    子犬くんに告げると、いつもの困りがちはにかみ顔で御礼をしてくれるので、大きく育てよと思いつつ勝手なお節介が止まらない今日この頃だ。
    余談、顔付きからして一番喜んでいるのは肉類のオマケである(当社比)。
    もしや存外肉食なのか。そういえば注文も肉系が多いような。


    承前

    近所の家庭から流れる程良い湿度と石鹸の匂いが鼻腔をくすぐる。
    仕事帰りのお父さんお母さんが家路に着き、学生達も各々の住処でウチの弁当を突きながら明日の講義は何だっけ、などと思いを馳せる、そんな折。
    そういえば今日は子犬くん来てないな、最近はバイトでも始めたのか、随分遅くに来たりはたまた来なかったり、元気な姿が見られないのは残念だが学生生活を満喫しているのであればそれが何より一番だ。
    そんな事を独り言ちながらそろそろ締めようか、と腰を上げたその時。
    「こんばんはぁ、まだやってます?」
    語尾上がりの関西口調。
    入り口を見やると、墨染めのように真っ黒な出立ちの色男が、妙に圧の強い笑顔で立っていた。

    「すんませんなぁ遅い時間に、新幹線が遅れてもうて」
    店内に招き入れると、男は品書きをぐるりと検分し、うぅん、とひと唸りして
    「一個はチキン南蛮、ご飯大盛りにして貰えます?もう一個、は…何かオススメあります?野菜系がええかな」
    品書きから目を離した男とバチリと目が合ってしまい、少しだけ身をすくめてしまった。
    丁寧に横に撫で付けた髪、姿勢の良い身にまとうスーツはパリリと糊が利いて、色男、と辞書を引けば飛び出してきそうな風体……ではあるが。
    それにつけても、身にまとう空気は絶対に堅気のものではない。特に目力がヤバい。あと、その目元の隈。
    人ひとり、いや数人は山に消していても納得するしかない。ご職業は、なんて口が裂けても聞けない。
    駆け巡る諸々の不安を隠蔽しつつ、弁当屋の矜持を保つため、野菜炒めか茄子味噌炒めなら、とおずおず勧めてみる。
    「おっええな、じゃあ茄子味噌、ご飯少なめで。すんませんね〜、こんな時間にバラバラなもん頼んで」
    労われた…?あと、そっちはご飯少なめなのか。流れからして自分が食べる分だろうに。
    少々お待ちを、と言って調理場へ向かったものの、狭い店の中に二人、正直、気不味い。もう少し広い店を構えれば良かった。
    早く帰って欲しい…この空気を何とかしたい。やけくそ気味に、これからどなたかと夕飯ですか?とエイヤッと聞いてみた。
    「わかります〜?」
    いや、弁当二つ頼んでおいてわかるも何も
    「いやネ、連れがこの近くに住んどるんですよ。ここもその子に教わりましてん。弁当ならここ以外よう食わん言うし」
    へぇ、そりゃありがた
    「ここなら味も盛りも完璧や言うて、しょっちゅう通わせてもろてるみたいで」
    そりゃ随分とご贔屓いただいて、ありがt
    「その子、こ〜んなちっさい頃から知り合いなんやけど、可愛らしい子犬ちゃんみたいな見た目してえらいよう食べる子なんですわ。見てるこっちが気持ちええな〜って位で、僕はもう歳やし量いかれへんけど、その子が美味い言うて食べるの見てんのが楽しいしまぁええかなって」
    ふーん、そんなよく食べる女の子お客さんにいたかn
    「野菜も食べなあかんよっていろいろ食べさせてたら、まぁおかげさまでね、ポッケに入るんちゃう?位からまぁ収まりの良いサイズになりましてなぁ……」
    エア子犬の撫で回しが始まってしまった。待って欲しい、途中からキャラが変わってないか。緩い、緩すぎる。さっきまでのバリバリ気迫は南米へでも吹っ飛ばしたのか。そしてそもそもこの男、こっちの話は微塵も聞く気が無い。ただ自分の愛しの子犬ちゃんとやらの話がしたいだけだな。とどのつまり惚気。子犬ちゃんとやらが聞いたら、多分食わない。だって犬だもの。
    詰め終わった弁当二つをそっとカウンターに差し出すと、あ、どーもぉ。とゆるゆるのまま高そうな革財布から札を抜いて寄越す。このまま穏便に帰ってくれれば御の字。締めの大一番、決めてみせよう、大御世辞。
    お兄さんみたいな色男にそんな顔させるなんて、さぞかし可愛い子なんでしょうねぇ。
    「ええ、そりゃあ、もう」
    ははは、と笑って釣り銭を受け取ると、おおきに、また来ます〜とヒラヒラ手を振って踵を返す。また来るのか……と溜息が
    「あ、忘れとった」
    !?
    「恥ずかしいから外でそういう事よう言わんでって言われとったわ、すんません、今の話はこれ、で」
    しぃ、と人差し指を口に当て、ナイショ、の仕草をする。安心して欲しい、死んでも言わないし死ななくても絶対に、言わない。


    承前啓後

    閉店前にとんでもない嵐が過ぎ去っていった。
    あの男、また来ますと言っていた。また来るのか。いつ来るのか。
    件の子犬ちゃんとやらも、そのうち連れてくるのだろうか。
    それだけは、少しだけ興味がある。触れれば裂かんばかりの白刃のような男を、溶けかけのアイスクリーム寸前まで変えてしまえる子犬ちゃんとやらは、まったくどんな子なのやら。
    親の顔、ならぬ、子犬の顔が見てみたい。

    子犬。

    子犬?

    子犬、関西言葉、ああ見えて肉食、大食らい。

    ……いや、無い。
    さすがにあり得ない。繋がるわけがない。

    何にせよ、学生からご家庭まで。
    ヤのつく方から子犬ちゃんまで。
    誰も彼もへ幸せを作り、届けることが出来る。
    それが、しがない弁当屋の私が出来る、唯一の仕事であり、誇りである。
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