蜜事「ねぇ、小次郎ってわたしのこと好き?」
「…」
はい。出た。またそういう顔をする。そんな不毛なことを聞いてどうする、とでも言いたげな顔。でも感情を確かめ合うのって大事な事じゃない?
「そういうマスターは?」
「好きだよ」
「そうか」
「じゃあ小次郎も好きなんだ」
「何も言っていないだろう」
「だって好ましくないなら好ましくないって言うでしょ?好きっては言ってくれないけど…」
大体彼のパターンは読める。好きって言葉は軽々しく言ってはくれないけど、嫌いな事なら好ましくない、とかはっきり言う。ということは、今の返事は少なくとも嫌いではないってこと。になるはず。
「不服ならはっきり言ってよ」
「何故そんな事をいきなり話す?」
話をそらされた。でもこれって照れ隠しみたいなものだとわたしは思っているので、とりあえず、小次郎の質問に答える。
「小次郎とえっちしたい」
「は?」
「小次郎もわたしのこと好きならえっちしたいです」
なんてすごい誘い方。でも他の誘い方が分からない。わたしには色気のある誘い方なんてできないし、かといっていきなり押し倒すわけにもいかないし。恥ずかしさを堪えてはっきり言っただけでもまだましだと思って欲しい。
「…好きなら誰とでも体を重ねるのか?」
「…それは…ないけど。特別だから…?」
「特別?」
「特別に好きな人とはそういう事をしたいって思うのは変?」
別に万年欲求不満とかそういうわけではない。ただ単純に特別に好きな人とは、そういうことをしてもっと色々知りたいって思う事は変じゃないと思っていたんだけれど…。変なのかな?
「小次郎は」
「サーヴァントには意味のないことだろう」
「そうだね」
「意味のないことをする必要はない。人間ならば、当然の欲求ゆえ…仕方がないと思うがな」
「じゃあわたしは人間なのでそういう気持ちもあるかもしれないです」
「では私でない特別な人間を選べ」
これは…遠回しに拒否されてない?わかるけど、彼の言っていることも分るけど、特別に好きだから、じゃだめなのかな。わたしは小次郎じゃなきゃ嫌なのにな…。
「わたしはサーヴァントとしてじゃなくて小次郎として抱いて欲しい」
「…」
生きていない自分には意味のないこと、と思っているのかもしれない。こういう欲求って生きている人間にとっては生命の本能、みたいなものだし。自分を道具と思えと言っている小次郎にとっては、したくない事の一つなのかもしれない。
「小次郎は、生きていることにならないから、嫌とか…?」
「単純に意味のないことだろう」
「わたしは意味があると思う」
何を言ったのか。正直どういう意味があるのか、それをすることによって何か意味を見出せるのかははっきり言うとわからない。ついそんなことを口走ってしまったのだ。
「…なんか、ごめん」
「意味がある、なぁ…」
「…」
「…」
「…」
き、気まずい…!何も言われないとあまりにもこの空気が気まずい…!あんな話題ふったわたしも悪いけど、もう少し何か…言って欲しい…!
「……小次郎が、わからないなら わたしが意味を教えてあげてもいい、よ…?」
「本気で言っているのか?」
「………本気、かも…?わっ!」
分からないくせにそんな風に答えると、ぐるりと視界が回って体が柔らかなシーツに倒れ込む。反射的につぶっていたまぶたを開けると、長い髪がさらりと視界の端に落ちてきて目の前の端正な顔にドキリと心臓が跳ねる。顔の近さにまぶたを閉じたくても閉じることが出来なくて、体が熱くなってきた。
「あ、あの…小次郎…」
「そこまで言うのなら、教えてもらおうかな。マスター?」
「ひっ」
情けない声だ。でもこんなこと言ってくると思わなかったから、今のわたしは思考が停止状態。何も考えられなくて、真っ赤になった顔ではくはくと口を動かすことしか出来ない。体はガチガチだし、まるで石みたいだ。
そのままで声も出せずにいると彼の指先がつと顔の輪郭を撫でて緊張感が走る。親指が唇をなぞってようやくまぶたを閉じることが出来たと思いきや、スッと人の離れる気配がした。
「…あれ?」
「そんな痛みでも堪えるような顔をされたら萎える」
「え…。じゃあどんな顔してればいいの?」
「もう少し普通にしていろ」
普通…にしていろって結構無理がある。誰だって緊張すればガチガチになるだろうに。緊張で顔が強張るのは許して欲しい。
「ていうか、良いの?なんか色々言ってたくせに」
「…少し興味がわいた」
「わたしに?」
「マスターには元々興味があったぞ?」
「じゃあ何に興味がわいたの?」
話しながら起き上がってベッドの縁に腰かける彼に少し近寄ると、やんわりまた体が後ろに倒れてドキドキ心臓がうるさい。のしかかる体は重いけど、小次郎の重さなら全然に苦にならないのは好きだからなのかな。
「普段のその小娘の顔がどのように変わるのか、興味がわいた」
「小娘って…」
「間違ってないだろう」
確かに小次郎から見たらわたしなんて小娘ですけど、改まってそう言われるとちょっとムッとする。そんな彼に言い返したい気持ちはあれど、本当に小娘なんだからうまい言い返しも思いつかない。
「…とりあえず、優しくしてください」
「努力はする」
「じゃあわたしも努力する」
「何を?」
「小次郎に意味を教えられる様に頑張る」
まあ、経験ないんだけど。それでも好きな人のためなら、いくらでも頑張っちゃう。
「…生娘のくせによく言ったものよな」
「うるさいな!」
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